ep.4

 その日は珍しく大雨が降り、俺とリリベルとロイスとブロスは家でそれぞれ時間を潰していた。


「ママ~。抱っこ~」

「私も~!!!」


「全く、ロイスとブロスは引っ付くのが好きだな」


「まぁ、子供だから」


「そういうものなのか?」


「そういうもんさ」


 子育ても大分板について来たリリベル。

 子供を抱いている姿は聖母に見えなくもない。


「こほっ」


「ん? どうした? 咳か?」


「咳? これは咳というのか?」


 咳をしたことがなかったリリベルは、俺に尋ねてきた。

 神様であるリリベルは当たり前だろそんな事。

 という事も知らない。

 いちいち突っ込んでいると話が長くなるので、俺は無駄なツッコミをしないようにしていた。


 俺とリリベルは魔法やスキルを最大限に極めた存在である。

 体調が悪くなったり、傷を負った場合は自動回復アウトエウロンのようなものが発動する。

 俺は、それを自発的に行わなければならないが、リリベルはそれを感覚的に行う。


 今日は少し体調が悪くても、明日になったら治っているだろう。

 俺は、楽観的だった。


「ママ~? 大丈夫?」

「大丈夫?」


「えぇ。大丈夫。少し疲れたのかも」


 疲れた?

 リリベルの口から初めて聞いたな。

 リリベルの体調は良くなるどころか、悪化しており、額を触るとまるで風呂のお湯のような熱が掌に伝わってきた。


「ロイス、ブロス。ちょっと、離れていてくれ」


 そう言うと、俺は、心配そうに母を見守る二人の子を俺の背後に移動させ、リリベルの胸の中心に右手を当てた。


「わぁ! すごい! お星様みたい!」

「しっ! ロイス! 静かに!」


 ”全てを見通す目”プロビデンスは俺の持つ力の中では最高クラスの力。

 未来・過去・現在の出来事、体調や精神状態なども知る事が出来る。

 神様であるリリエンには適用する力ではないが、得た情報を思惟し、憶測的な結論を出す事は出来るだろう。


『結論が出ました』


 頭の中でコダマする機械的な声。


「おお、どうだ? リリベルの身体はどうなっている?」


『継続的な魔縁の流出、遺伝子の変化による老化、意識の変化......』


「それじゃあ、よく分からん。簡単な言葉で纏めてくれ」


『対象個体はもう神ではありません』


「なに? 神じゃない?」


『はい。正確には神と人の間の存在であり、比率で言うと人間に近い存在です』


「そんな事あるのか?」


『私はそう言った事例を知りません。が、これは対象個体が望んでいる事です』


「どういう事だ?」


『はい。人間になるという事は対象個体の意志であり、対象個体の中の遺伝子はそれに従っているだけで______』


「______リリベル、リリベルは治るんだよな!?」


『現在は風邪のような状態です。適度な睡眠と栄養を与えれば回復するでしょう。ただ、人間化の現象は続きます』


「って事は......」


『はい。考えている通り、いづれ、寿命を迎え、対象個体は死を迎えます。因みに、対象個体の寿命は______」


「うるさい!!! それ以上、言うな!!!」


 強制的に”全てを見通す目”プロビデンスを解除し、頭の中が真っ白になった俺はその場に膝をついた。

 リリベルが死ぬ。

 人間であれば普遍的な事象ではあるが、神であるリリベルには無縁だと思っていた。


「うああああああ!!!」


 背筋に蛇が這うように、背中がこわばり、高温で熱した金具を心臓に押し付けられたように胸が熱くなった。

 瞳からは大粒の涙がこぼれ、連動するように口と鼻から汁が垂れるがそれらを拭う余裕が俺にはなかった。


「パパ! パパ~!!!」

「あ~ん!!!」


 丸くなる俺の背中を必死に掴む小さな手。

 悲しみの感情がまるで断ち切れない鎖のように、俺と二人の子を繋いだ。



 ◇ ◇ ◇



「寝たのか......」


 ロイスとブロスは泣きつかれたのか寝てしまった。


「幸四郎。そこにいるか?」


「大丈夫なのか?」


「あぁ。少し良くなった。人間の身体というのは不便だな」


「......聞いていたのか」


「そりゃ、私の中でごちゃごちゃ言われたら嫌でも耳に入るぞ」


「それも、そうか。あのさ、リリベル......」


「幸四郎。私はお前が望んでいる事を望んではいない」


 釘を刺すリリベル。

 リリベルの高圧的な顔を見るのは久しぶりだった。


「......」


「私は憧れたのだ。幸四郎を見て、幸四郎の話を聞いて、人間という生き物に憧れた。そして、私は思ったのだ。人間になりたいと」


「でも、死ぬんだぞ? 人間であるという事は病気にもなるし、怪我もする。それを回復するスピードだって、神であった時と比べ物にならない程に遅い。いづれ、魔法やスキルだって使えなくなって、不便で......」


「幸四郎。私は長く生きた。不便な事もなく、天敵もいない。もちろん、それが寂しい等と思った事はなかった。ただ、お前に会って、私は変わった。感情を知ったのだ。季節が変わるように、感情にも色がある。それを知る事が出来てとても満足しているんだ」


「......でも、リリベルが死んだら、俺、どうして良いか分からん」


「ロイスやブロスがいるじゃないか。それに、私はまだ完全な人間になった訳じゃない。数年で死ぬ訳ではない」


「でも、でも......」


 リリベルは身を乗り出し、俺の頬にソッと右手を当て。


「分かってくれ。幸四郎」


 触れられた事で再び、涙腺が崩壊し、俺は子供のようにリリベルの胸に飛び込んだ。


「......わ、分かったぁぁぁぁ~」


「おいおい。涙脆過ぎだぞ」


 ダメな夫を笑う元神様と元人間。

 降っていた雨は止み、黒い雲に隠れていた月も、意気地がない俺を笑うようにソッと顔を覗かせた。

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