第16話 敗北の意味②

 入院してから五日が経過した。今だ体は痛むがなんとか自力で動き回ることができるまで回復した。もう少ししたら退院して自宅療養でもいいだろうと医者が言っていた。昔から怪我等の回復が早い方だったので、自分の体に感謝しなくては。

 回復の順調さもだが、他にも喜ばしいことがある。ショーが帰ってきたのだ。後輩のずっちゃんに半ばダメもとで頼んだところ、わずか数十分で持ち帰ってきたのだから驚いた。彼女はショーに興味が無かったらしく、一体それはなんのかとは聞いてこなかったのも助かった。あまり突っ込まれてもうまく誤魔化せる気がしない。

 ショーの話を聞くと、なんでも自力で私のもとへ行こうとはしたらしい。だが途中でカラスの集団に襲われ地面に叩き落とされてしまい、ちょうど着地地点にずっちゃんがいたそうだ。彼女に拾われた後、隙を見て逃げ出そうとしたが、途中で病院に向かっていることに気づき様子見をしていたら私に会えたと。

 手元にショーが帰ってきてくれたおかげで不安はひとつ消えた。だけどまだ安心は出来ない。私が回復しているということはあの宇宙人、ヤートもまた傷を癒している。宇宙人の回復力どうなっているかは分からない。遅いのか早いのか。漫画やアニメみたいに浸かれば即回復する謎液体が詰まったカプセルが存在しているかもしれない。奴がいつ攻めてくるか分からない不安はまだあった。

 私の完治にはまだ時間がかかる。本来なら安静にして治癒に専念すべきなのだが、私はなるべく動いて痛みに慣れることにした。もし完治する前にヤートが現れたら、体が痛くて戦えませんなんて言ってられない。痛む体で戦うしかないのだ。ならばせめて、痛みを我慢できるようにならくてはいけないと考え、連想した結果痛みへの慣れという結論に至った。

 だからといって激しい動きはきつい。当たり障りのないところから試すことにした。練習メニューの挑戦一発目は散歩だった。今の私が動ける範囲で歩き回ってみる。とりあえず痛みを感じながらも歩けるようにならくては。

 寝返りをうつだけで呻き声が出る状態だと、ベッドから降りるだけで一苦労だ。特に酷い場所にはあてぎのような物はもう外されていたので動きの邪魔をするものはない。だが再生中の筋肉達が動かさないでくれと悲鳴を上げて、私を邪魔してくる。それを無視して歩き出した。ロボットダンスみたいな動きが、徐々にぎこちなさを残しながらもまともになっていく。私の考えの通り、慣れによってなんとかなるものだな。かなり無理をしているが。

 通常なら十分かかならない距離にある病院の中庭に、三十分以上かけてようやくたどり着いた。設置されているベンチにすがり付くように座った。

「あ~疲れた……体がとういより精神的に……」

 軋む体を無理矢理動かしたことで負担がかかり、体力の消耗が激しい。痛みに体は力み、歯を食い縛っているのだから当然か。

 そよ風が吹き、中庭に植えられている木に繁る葉がささやかな音を出した。疲れた体に心地いい。

「なぜ願わない?」

 ポケットからショーの声が聞こえた。私はロングTシャツとサルエルパンツを着用している。母さんが持ってきてくれたものだが、あの人の性格でよくこれを選んだものだ。人前ではちゃんとした格好しろと五月蝿いのに。楽な格好のものを急いで集めたせいだろうか。私としては動きやすいからいいが。

 病室に一人にしておくわけにはいかず、散歩をする前にショーをポケットに突っ込んでいた。さすがに人の目があるのでショーを取り出さない。彼もまた学んだので、小声で話しかけてきた。

「舞の体のダメージを考えると、回復は最優先。これだ! という願いなのではないか?」

「しんどいのはたしかだけど、ノーサンキュー」

「何故?」

 軽くポケットを叩く。

「あいつが言ってたでしょ。ショーの力にはやっぱり代償がある」

 願いを叶えるたびにどこかで星が消滅しているという話だ。

「信用するわけじゃないけど、否定もできないあたり怖い。私の体もだけど、ショーや周りの人たちを守るために願いの力を使って、他の星を消費するなんて筋が通らない。それに運悪く地球に影響あったら本末転倒だよ」

「そうか」

 返事をしたショーの声は、小声のせいかもしれないがどこか元気が無かった。自分で唯一できることだと言っている特技を禁止されたんだ。無理もない。だけど我慢してもらわなければいけない。

 スターマインへの変身は問題ない。あれはすでに叶えた願いであり、そういうことになった事実。ショーに追加された新たな機能のようなもの。新たな個性を得たのだから元気を出してほしいが、彼自身まだ慣れていないのか指摘してもぴんときていない。

 体力の回復のついでに太陽光を浴びる。日向ぼっこなんて久しぶりだ。柔らかな光が体をぽかぽかとした温もりで包んでくれる。今の季節は夏の気配を感じる少し前。四季のなかで春が一番好きなので、私にとってもっとも寂しい季節だ。夏も好きだし、秋も好き。冬は寒いから苦手だが嫌いじゃない。だけどだんとつで春がナンバーワン。理由らしい理由はないが、一番体がよく動くのだ。

 もし私の体のなかに葉緑素があれば、陽の光で光合成をして体の調子がよくなったりしないだろうか。昔遊んでいたゲームでそんな感じの回復技があったから、私の光合成のイメージは理科で習う本来の意味よりも回復のイメージになってしまっている。

 なんだか眠たくなってきた。どうにも睡魔というやつには弱い。私は将来自動車の運転免許をとってもいい人間ではないのかもしれない。

 微睡みで歪んだ視界で、なにか動くものをとらえた。子供だった。小学生くらいの男の子。最近の子供は見た目だけで年齢を判断するのは難しいので自信はない。男の子は辺りをキョロキョロと確認してから茂みの中に隠れた。かくれんぼでもしているのか。ほどなくして、看護婦らしき人が来た。

「雅臣君、どこにいるのー」

 なるほど、看護婦さんと遊んでいるのか。私はそう思い傍観していたのだが、どうも様子が変だ。遊んでいるにしては看護婦さんのほうに余裕がないように見える。

 声をかけようとしたが、看護師さんは中庭をさっと見渡してどこかへいってしまった。あれでは探していないと一緒ではないのか。なにか理由があるのかもしれない。私は話を聞くために男の子が隠れている茂みへのろのろと歩いた。茂みを覗いてみたがすでに男の子の姿は無かった。どこかへ移動したのか。

 どうにも気になる。探偵気分とは言わないが、好奇心を刺激させられた私は男の子を探してみることにした。だが、今の私のコンディションではどこにいるか分からない子供を探すのは無理があったらしい。すぐにばてた。笑う膝は本来の役割をこなす余裕はない。しょうがない。また明日探してみよう。



「雅臣君ー」

 昨日と似た時間帯、似たシチュエーションで同じ看護婦さんが雅臣という子供を探していた。呼ぶ声だけを張り上げてはいるが、探す行為自体は簡単というか、どこか手を抜いている風に見える。私は昨日余裕がないと判断したが、あれはどちらかというと面倒ごとをさっさと解決したい態度に見える。二日連続で同じ子供を探しているのなら、それよりも以前から同じことをしているのかもしれない。

 雅臣少年が隠れている物陰を見過ごし、看護婦さんは去っていった。追跡者をため息まじりに見送りながら、彼はまたどこかに行こうとする。

「やあ、少年」

 雅臣少年の進路を塞ぐように、私は彼の前に姿を現した。

「わあっ」

 彼は驚き、びくりと飛び上がった。ベタな反応だった。

 私はあらかじめ彼が隠れる場所を把握し、そのすぐ近くの物陰に隠れ様子を伺っていたのだ。

「な、なに」

 これまた分かりやすく警戒している。悪戯心を出しておどかしたのがいけなかったかな。

「なにしてるのかなーって思ってさ。昨日も看護婦さんから逃げてたよね」

「逃げてないよ」

「じゃあ遊んでるの?」

「遊んでないよ」

「じゃあじゃあ、何してるの?」

「なにもしてないよ」

 なんだそれは。両手のひらを上にして、どういうことだと聞く。

「あんたには関係ないよ」

 そっけないな。あと可愛げが足りない。

 雅臣少年は私のことを避け、歩き出した。そのあとをついていく。隠されたら気になるものだ。よたよた歩きだが、私の方が歩幅があるんだ。小学生くらいの子ならついていける。

 てっきり「ついてこないでよ!」と怒鳴られるかと思ったが、雅臣少年はわずらしそうにするだけで私を好きにさせていた。小走りにでもなればふりきれるだろうに。根は優しいのかもしれない。

 雅臣少年は自動販売機の前に立った。右のポケットを漁る。目当てのものが無かったのか左の方にも手を突っ込んだ。どうやらどちらにも無かったようで軽く舌打ちをしていた。自動販売機から立ち去ろうとした彼に、私は二百円を差し出した。

「おごるよ」

 彼は困った顔をする。知らない人から物をもらってはいけません、私も小さい頃よく言われた言葉だ。もちろん彼も言われたことがあるだろう、だからこんな反応をしている。二百円を差し出したのはほぼ無意識だった。差し出したあとにしまったと気付いたが、今さら戻す訳にもいかない。流れに身を任せた。

 雅臣少年はまっすぐ私を見つめてくる。私も目をそらさずにいた。

 短い沈黙が流れ、これはダメかなと諦めかけたが、雅臣少年が小声で「ありがとう」といって受け取った。声からはさっきの刺々しさが少しだけなくなっていると感じだ。

 硬貨を自動販売機に入れ、炭酸入りのジュースを買った。私も喉が乾いていたのもあり、コーヒーのボタンを押した。子供の手前かっこつけたかったが、ブラックは無理なので甘いやつにした。半端だなあ。

 私がコーヒーを買っている間に雅臣少年は移動しており、近場のベンチに座っていた。私も隣に座る。

「お金、あとで返すから」

「いいよ、おごったんだし」

 律儀なものだ。コーヒーに口をつける。甘いことは甘いが、苦味が気になる。

「あんた、足悪いの」

 雅臣少年が横目で私の足をチラチラ見てきた。

「え、なんで?」

「変な歩き方してたから」

「ああ、足というか、全身が痛くてね。私、肉離れで入院してるの」

「ふーん。地味だね」

 後輩と同じことを言ってきやがった。やはり可愛げがない。

「そういう雅臣少年はなんで入院してんのよ」

「……なんで僕の名前知ってるの」

「看護婦さんが呼んでたから」

 ああそっか、と雅臣少年は呟いた。彼は答えることはなく空を眺めていた。私は催促することなく、コーヒーをすすって待つ。聞いちゃいけない系の質問だったかな。

 なんで缶コーヒーは他の缶ジュースより小さいのだろう。もう飲みきってしまった。会話が途切れて暇なので、暇を潰すついでに空き缶を潰そうとして、指先に力を込めた。だが相手の体はスチールで出来ている。小さく凹んだだけだった。力んだ痛みのせいもあるが、私の力はこんなもんだ。ポケットの隣人を使えばこの空き缶を噛んだガムみたいにできるが、それは力の証明ではない。ただの怪力自慢だ。私が変身して得たスーパーパワーは高い身体能力と頑丈な装甲といったシンプルなもの。ショーに見せたスターマンは初代だったため、必殺技以外肉弾戦メインの戦闘ばかりだった。故にスターマインの能力も似たシンプルなものだ。シンプルな料理ほど作る人間の技量が出るという。私はスターマインの力を、はっきりいって使いこなせていない。

 私なりに分析したが、ヤートとの戦闘の敗因は経験の差だと思う。ヤートの一撃は鋭く重い。しかしスターマインの攻撃だって同じだ。事実、私の攻撃は当たりさえすれば効いていた。

 私は殴り合いの喧嘩なんてしたことがない。格闘経験だってない。あるのはアクション映画や漫画、特撮から得た知識のみ。だからこそ派手な攻撃を好み、初撃に失敗し、その後に影響するダメージを受けた。ならば派手な攻撃は止め、相手の動きを見切ることを意識すればいい。けれど問題がある。私にそれができるか、という問題だ。

 私には経験がない。スケボーの練習をしてある程度理解はしている、経験の積み重ねは時間と質が重要だ。挑戦し、失敗する。失敗の原因を考え、意識しながら再び挑戦する。基本的にこれを繰り返すことで自分に経験値として蓄積し、結果が出てくる。もし私に秘められた才能があり、前の戦いやヤートとの再戦で急速的に経験を積み実力が伴っていけばいいが、現実はそんなに甘くないし、そもそも成長スピードが追い付けなければ意味がない。

 きっと再戦の時は遠くない。それまでになんとか勝ち筋を見いださなければいけない。

 時間ができるとこんなことばかり考える。残念なことに根本的な問題のせいで良い案が浮かばないのだが。

「僕ってさ、サッカーが得意なんだ」

 うっすらと銀色が見えるプルトックを凝視していた私は、雅臣少年の声ではっと我にかえった。

「バスケも得意だし、鬼ごっこだってあんまり鬼にならないんだよ。ドッチボールはボールが飛んできてもキャッチできるし速く投げれる。あと野球はホームランを打ったことあるんだ。ちゃんとやったことないけどバレーや卓球だって得意なはずさ」

「運動、得意なんだ」

「あんたはだめそうだね。肉離れとかなっちゃてるくらいだし」

「は? めちゃ得意なんですけど。足は速いし、バク転バク宙お手のものなんですけど」

 子供に張り合うのは大人げないが、私の数少ない自慢できることなんだ。否定はしっかりしたい。

「僕が入ったチームは必ず勝った。みんな言ってだよ。雅臣くんは無敵だって。だから僕もそう思ってた。僕は無敵なんだって。でも」

「でも?」

「僕は無敵でも、なんでもなかったんだ」

 雅臣少年の声が一気に弱々しくなった。

「僕、あの事故現場にいたんだ。ネットで怪物が暴れたってやつ」

 彼の言葉に背中に冷水をかけられたような感覚に教われた。

「友達と遊びに行ってたんだ。そうしたら急に爆発が起きた」

「まさかその爆発に巻き込まれて……?」

 見た目は大きな怪我はないが、もしかしたらというのもある。

「うん。でもたいした怪我は無かったんだ。かすり傷しかなかった。だからやっぱり僕は無敵なんだって思った。でも検査したら、僕は、病気だったんだ」

 外傷は無くても、頭を打っていたりしたら大変だ。念のために検査をしたそうだが、彼が病魔におかされていることが発覚した。症状が出づらい病気らしく、発見が遅ければ命に関わるものだが、幸いまだなんとかなる範囲で、手術すれば助かると。両親は胸を撫で下ろしたが、本人には強い衝撃で不安にかられた。はじめての手術ならば怖いのも仕方がないが、どうやら彼にとって辛い部分は他にあるらしい。

「みんな、みんな僕を心配そうにみるんだ。いつもの目じゃない、弱いやつを見る目で。前までとは違う目で皆みてくる。それがすごくイヤ。友達は僕のことをすごいって言ってくれたのに、今じゃ大丈夫? とかそんなことしか言わない。僕はなんにも変わってないのに、別の人みたいに扱ってくる。おかしいよ、そんなの、イヤだよ……」

 子供の頃というのはどうしても世界が狭くなる。決して悪い意味ではない。狭い世界は子供たちを守る要塞のようなもので、守られながら知識と経験を積んでいく。彼らは箱庭のような世界で生きて、大きく成長して壁を飛び越え新たな世界を観るのだ。

 世界が狭ければ、視界が限定されていれば子供は万能感というか、自分は大きな存在ではないかと勘違いする。本当に大きな存在の種かもしれないが、だいたいは観てしまった現実にうちのめられてしまう。現実を知り、落ち込みながらも立ち上がるのもまた成長なのだが、これがまた辛いものだ。

 さてこの場合はなんて声をかけたらいいのか。こんな時に気のきいたことを言えるほど私はセンスがよくない。

 ところで、雅臣少年はなぜ今の心境まで私に話してくれたのか。彼と最初にあってからさほど時間はたっていないというのに、自分の心の内を話してくれるほど信頼が築けるとは思えない。何より私を煙たがっていたはずだ。

「なんでそこまで話してくれたの?」

 今の彼なら素直に答えてくれる気がして、聞いてみた。

「……あんただけは皆と違う目で、僕を見てくれたから」

 あの自動販売機の時のやり取りだろうか。自分がどんな顔をしていたかも意識していないので、どんな目で彼を見ていたなんて分かるわけがない。少なくとも、彼の話からして、彼が嫌がる目ではなかったのだろうが、事情も知らないのならで大きな怪我でもしていない限り、哀れみをもった視線は送らないはずだ。初対面の相手なら大体私と同じ反応だと思うが、子供が入院しているというだけで哀れむのかもしれない。幼いから故の敏感さが、過剰に反応し、接した人間すべてが自分のことをかわいそうだと思っていると感じ取ってしまったのか。だとすると私はどれだけ能天気な顔をしていたんだ。

「それって良いこと?」

「……うん、まあ」

「そっか。なら良いか」

 一応プラスに働いたのならいいか、と自分を納得させた。

「手術は怖い?」

「なんで?」

「看護婦さんから逃げてたから。怖いからかなーって」

「逃げてないし、怖くないよ。でも、手術をしたらもっとみんな見てくると思った。だから避けてたんだ」

 手術の決定権は彼のご両親にあるだろう。雅臣少年の行動は些細な抵抗だが、本人の意思を尊重しないのは問題になる。彼の手術の話がどこまで進んでいるかわからないが、遅らせることは出来ているのかもしれない。

 しかし助かる病気ならば手術はしたほうがいい。どうにか説得しなくては、とお節介な部分が顔を出した。彼にとって最善な説得方法はなんだろう。知り合って二日、会話をしたのはついさっきだ。彼の情報は少ない。かといって下手なことを言ったら逆効果になりかねない。あまりいい方法ではないが、私がどう励まされたらその気になるかと、自分の立場を置き換えて考えた。励ますという行為は実に難しい。正解の無いクイズ、というより後だしで答えがころころ変わる厄介な謎かけの近い。自分を鼓舞することすら満足にできない私に、最適解を導き出せるだろうか。

 ポケットの中でショーが微かに動いた。そういえばショーと出会ったばかりのころ、彼の力の使い方を間違えて落ち込んだこともあったな。そんなに時間がたっていないはずなのに懐かしくなった。あのときはスターマンを見て、自分を元気づけたっけ。あれのおかげでショーとの距離感も近づいたような。過去の過去回想をしているとはっと閃いた。

 病気で元気が無い少年少女の前にヒーローが現れて、元気づけるのはベターかつ王道なのでは、と。

 よく特撮でもそんなシーンが使われ、私も憧れたものだ。

「少年、スターマン知ってる?」

「まあ、うん」

 思い立ったが吉日というので、私は早速行動に出た。雅臣少年の待っているように伝え、その場を離れ建物の影に隠れる。周りに人の目が無いことを確認してからスターマインへと変身した。

 ヒーローが勇気を与える大前提として、対象の人物がそのヒーローを知っている必要がある。私もそこそこ知られてきたが、名前の知名度だけみたらまだまだだし、雅臣少年が認知していない可能性がある。スターマンを知っていたおかげで、例えスターマインを知らなくても似ている見た目のおかげでなんとかなるだろう。

「やあ少年!」

 スターマインとなった私が雅臣少年の前に現れる。彼は最初、きょとんとした顔をしていた。それがじょじょに目を見開き驚きのものに変わる。私はその変化がなんだか楽しくて、彼が第一声を放つまで待つことにした。

 驚きの表情だった雅臣少年の顔がさらに変化していく。目がつり上がっていくのを見て、私はなんだか嫌な予感がした。その表情はヒーローに向けられるのはとても悲しいものだった。

「お前のせいだ!」

 雅臣少年は私を指差し大声で怒鳴った。

 突然のことに頭の上に?マークを浮かばせ固まってしまった。どいうことか、と聞く暇を与えず雅臣少年は口を開く。

「あれは事故じゃなくて、怪物が暴れたからってみんないってたぞ。お前がもっと早く来てれば街はあんなにならなかったし、僕も病院になんか来なくて済んだんだ」

 雅臣少年はスターマインを知っていた。嬉しいことだが、今は手放しで喜べない。

「お前はいっつも遅いじゃないか。ネットでもいつも遅いって、みんないってたぞ。今回もお前が遅かったから僕はこんな目にあったんだ!」

 エゴサはしていたが、自分への批判は怖くて目を通していなかった。しょうがないじゃないか。私には事件を事前に察知する超直感なんてないのだから、行動はいつも後だしになる。それにヒーロー達だって、事件が起きてから駆けつける。そういうものじゃないか。

 でも少なくてもここは私が生きる現実。私だけじゃない、他の人だって生きている。しょうがないじゃすまされないんだ。おじいちゃんのことも、報道でその他大勢としてテロップに流れた被害者達も、目の前の少年も。

 励ますつもりが、年下の子供に押されまともに返事ができない。だけど彼は待っている。とりあえず言いたいことをいい、私がなんて返すかを睨み付けながら待っていた。子供に睨まれたってどうってことない、なんて強がりは今のスターマインにはできない。

 情けないがこの場を納めるために、とりあえず手術のことや、私の浅はかな考えは置いておくことにした。

「すまない。私にはいつ何が起きるかを予知できる力はないんだ」

 変身すれば私の声は男性のような、低い声になる。体型も違うのでぱっとみでばれるとは思えないが、念のために口調を変えている。

 素直に謝った。これだけで彼の怒りが収まればいいかなんて、都合よすぎる考えか。

「君のことは申し訳なく思っている。今日は謝りに来たんだ。本当にすまない」

 しまった、なんか余計なことを言った気がする。自分の身可愛さに嘘をついてしまった。だが普段練習していた演技と深々としたお辞儀は、雅臣少年に不信感を与えていないようだった。

 彼ただ私を睨んでいた。気まずさのあまりこのまま睨まれ続けて、そのうち石にされてしまうのかと本気で考えはじめていると、

「……ぷっ、あはははははは!」

 雅臣少年は腹を抱えて笑いだした。一体どうしたのか、怒りすぎて変なツボに入ったのかと不安になる。

「あはははは! 冗談だよ、冗談。ちょっと本気だったけど、冗談だって」

 どういうことだろう。ぽかーんと頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「噂のヒーローをからかってみただけだよ。有名人にあったらやってみたかったんだ、こういうの」

 どうやらたちの悪い悪戯だったらしい。人に怒られている時特有の、嫌な感覚が一気に抜けた。

 雅臣少年が私に手招きをして隣に座るように指示した。座ると、変身前に私と違ってぎいときしんだ音がベンチからした。体格が変わっているのだから、体重も変わっていて当然か。

「……少年、ちょっと本気だったとは」

 聞かなくてもいいものを、私は好奇心とは少し違う、怖いもの聞きたさに負けた。

「そりゃ、まあ、あんたがあんなことが起きる前になんとかしてくれてれば、僕は入院せずにすんだかもしなれいじゃん」

 もともと病気があったのなら、遅かれ早かれ入院していたのではないか。それに早期発見したのだからいいじゃないか。喉まででかかったが、なんとか飲み込んだ。

「すまない」

 彼の話を聞いて、申し訳ないという気持ちはあったので謝った。そんな安っぽく謝る自分に自己嫌悪した。

「ねえ、街で暴れた怪物ってなんだったの? どんなだった? そもそもあんたはなに? どこからきたの? 動画はほんとなの? テレビのヒーローみたいに、ほんとに動けるの?」

 子供特有の質問攻め。子供は嫌いではないが、普段なら困ってしまう場面だ。けれど、実はシチュエーションとしては憧れていたのだ。子供がヒーローに出会い、好奇心のままに質問を投げ掛けてくる。する方はもちろんだが、されるほうの立場になってみたかった。ひとつ夢が叶い、マスクの下でにやけた。

 私は答えられる範囲、できる範囲で彼の質問に答えた。怪物の正体は宇宙人だと教えたが、私のことは濁して伝えた。スターマインの出自の設定をしていなかったのでしどろもどろになってしまったが、宇宙から来たことにした。悪い宇宙人を追って正義の宇宙人が地球に来るのは王道的な展開だ。

 さっき私が忘れていったスチール缶を、噛んだ後のガムどころかパチンコ玉状にした。人間基準の怪力自慢だってここまではできないだろう。雅臣少年も目を丸くして驚き、そして喜んでくれた。

 彼の要望にできる限り答えたおかげか、こちらの私も打ち解けることができた気がする。雅臣少年も気分がいいのか笑顔が多い。ある程度得体の知れないものだからこそ、他人の前では出せない素の状態になれるのかもしれない。

 なにをしても喜んでくれるので、私もいい気になって当初の目的を忘れていた。

「ところで、あんたはなんでここにいるの? 謝りにきたってほんと?」

 雅臣少年のこの言葉で、私は目的を思いだし、同時に危機に陥った。ここまでは全部思い付きで行動していたので、なぜ彼の前に現れたか、その理由をまったく考えていなかった。素顔が隠れているので動揺の表情が隠れているのは助かったが、なんとかしなくては。無理矢理それらしい理由を絞り出した。

 小さく息を吐き、できるだけ冷静を装う

「それもだけど、実はね、君のことが気になったんだ」

「?」

「少年、君は現状のことで悩んでいるね」

「え、なんでそれを……」

「ははは、私は耳がいいんだ。たまたま近くにいたとき、たまたま話を聞いてしまってね」

 すごく無理があるがこれを押し通すしかない。声の調子と裏腹に、私はとてもテンパっていた。

「実は……」

 心配だったが雅臣少年は、変身前の私に話したのとほぼ同じ内容で教えてくれた。なんだか悪い気がしたが、うまくことが進んでほっとした。

「少年、君にも考えがあるだろうが、手術はした方がいい」

「でも」

 彼がなにか言う前に、彼の手を握る。成長途中の小さなてだが、彼なり生を感じた。この生はこれからも続いていかなければいけない。

「確かに今は嫌かもしれない。けれど嫌だからといって目を背け続けていられる問題じゃないだろう。時間がたてばたつほど、命に関わってくるんだろう」

「…………」

 雅臣少年は顔を背ける。私は手を離し、背けた顔をこちらに向けさせた。

「死んだら終わりだぞ。それこそ言いたいことも、したいこともできなくなるんだぞ。これで助かるなら、今は耐えて、生きるんだ。生きていれば良いことがあるさ。友達に今の不満をぶつけて、一緒に笑えることもできるかもしれない。その友達が今より大きくなっても友達でいられたなら、最高だ。時間を共有できる友達は、うまく説明できないけど、いいものだよ。これだけは絶対に言える。それに新しい出会いも、きっと素晴らしいさ」

 私は目線だけベルトにやった。バックルモードのショーは微かに動いたように思えた。

「生きていれば辛いことはある。どうしようもない。でもいいことだって絶対ある。君の未来は、続いていくべきなんだ。私はそう思う。少年のお父さんやお母さん、友達だって君の未来を待っているんだ。だから、君に生きる選択をしてほしい」

 たぶん私が言っていることは、説得力もなくて無責任な発言なんだろう。理不尽な価値観の押し付けだ。極端にいってしまえば、ヒーローとは自分の正義を他人に押し付けるもの。スターマインになりきっている私の口はすらすらと発言をした。

 他人が押し付けがましいと判断しょうと、これは私の願いだ。出会ってまもない、友達と言い切れない関係の少年に対する、生きてほしいという願い。流星に願うように、私の口は動いてくれた。

 ヒーローのスターマイン、これから友達になる私。二人の私の、二つの立場からの言葉を、少年はどう受け取ったのだろうか。

 少年の目は迷うように左右に動いていた。私から逃れたいという気持ち、受け止めなくてはいけないという気持ちがおりまざり、私を見たり虚空を見たりを繰り返した。

 私はそっと少年の顔から手を離す。

「私はあの宇宙人に負けた。自分に甘くなれば引き分けだったが、やっぱり負けたんだ」

「……だろうね。ネットにそう書いてあった」

「近いうち、またあの宇宙人は現れるだろうね」

「……勝てるの?」

「勝たなきゃいけない」

 胸をはって答えた。けどすぐに、力が抜けて猫背になる。

「だけど、正直自信ないなあ……コテンパンにやられちゃったし。怖いよ」

「……そんなこと言わないでよ。不安になるじゃん。ヒーローなんでしょ。じゃあ侵略宇宙人に勝てるの、あんたしかいないじゃん。あんたがそんなのじゃ」

「うん。だから、頑張るよ」

 彼に、というより自分の背中を押すために宣言した。

「頑張って勝つよ。君の未来、守りたい人の未来、知らない人の未来。護れるものは全部。……は難しいかもだけど、けど諦めない。もう負けない。手が届くすべての人のために、私は、スターマインは勝たなくちゃいけない」

 ほら、と手を彼に向けて伸ばした。

「私の手は、君に届く。でもできるのは護ることだけ。未来を照らすのは君の光で、未来を歩いていくのは君なんだ。だから、ね」

 差し出された手。私からも掴むことはできるが、今は彼から掴んでくるのを待った。それが雅臣少年の答えになるからだ。

 彼はまだ迷っている様子だが、それでも問題は理解している。私は信じて彼の決断を待つ。

 雅臣少年がゆっくり手を出してきた。彼の答えに内心喜ぶ私は、視界の隅になにか黒いモノを見た気がした。

「付き合ってもらおうか」

 聞き覚えの無い声が聞こえ、頭を動かすと正面に黒づくめの長身の人が立っていた。私はそれを見たことがあり、認識した瞬間に血が沸騰する感覚に襲われた。

 黒いフルフェイスヘルメットみたいな頭と、黒いロングコートみたいなスーツ。私がショーと一緒に倒したヘルメットマンだ。

 私は少年を庇うために差し出していた手を動かそうしたが、その前に首を掴まれた。息苦しさを感じる前に視界が反転する。自分が投げ飛ばされたのだと理解したのは、さっきまでいたはずの病院が離れていくのを見たからだ。私は今放物線を描きながら空を移動していた。自分の詳しい位置を把握するために辺りを見回したがスピードが速く、居場所を知る前に着地地点が迫ってきた。体制を立て直すために、必殺技を使うときに出す、推進力を生み出す謎エネルギーを手から地面に向かって出し、ついでに衝撃を殺して地面着地した。初めてやったが上手くいった。今度は戦闘に取り入れてみよう。

「ショー、ここは?」

「病院近くに作られた森林公園。その中でも林の成長が進んでいる端の辺りだ」

 人があまりやってこないから植物が育ちやすいのだろうか。青々と繁る葉のせいで薄暗い。

「病院からはあまり離れてないの?」

「スターマインは山なりに投げられた。距離自体に大きな変更はない」

「分かった。雅臣君は無事かな。早く戻らないと!」

 雅臣少年もだが、ヘルメットマンが病院で暴れたらまずい。私は足に力を籠めて跳ぼうとした。

「自分が用があるのはお前だ、スターマイン」

 声と共に、ヘルメットマンが空からやって来た。

 まっすぐに立ち、私を見るヘルメットマンからは知性を感じた。前にように手当たり次第危険な銃を乱射する気配はない。奴の言葉が本当なら雅臣少年にも手をだしていないはず。だが安心はできない。私の奴の印象は、危ない敵だ。

「なんでヘルメットマンが……バラバラにして倒したのに」

「…………まさかと思うが、今のヘルメットマンとは自分のことか? 嘘だと言ってくれ」

 前回と違い流暢に喋るヘルメットマンに違和感を感じる。前に戦闘をしたときはボロボロのゾンビのようだったのに。

 何も返さない私の沈黙を肯定と受け取ったのか、ヘルメットマンは頭を抱えた。

「ああ、なぜこの星の人間は自分に変な名前を与えるのだ。信じられん。いいか、自分の名は……なんだ? 五月蝿い、自分はその名前を認めていない」

 突然、ヘルメットマンは誰かと喋り始めた。一体どうしたのだろうか。滑らかだった動きも、徐々にぎこちなくなっていく。諦めたようなジェスチャーをした後、わかったわかったと言いながら頭を縦に振った。

「自分はヘルメットマンではない。自分は………………わかった、言う。言うから。自分の名はガンクロ。そう認識しろ」

 変な名前だと、素直に思った。なんでそんな名前にしたのだろう。ガンクロのクロは黒いからだろうか。ならばガンとは?

「……まさか、顔面が黒いから、ガンクロ?」

「…………ちっ」

 ヘルメットマン改め、ガンクロはばつが悪そうに舌打ちをした。図星だったらしい。というか顔だけじゃなくて全身真っ黒だろうに。

「自分の名前などどうでも、よくはないが、今はお前に用があると言っただろうスターマイン」

 そう言い、ガンクロは右腕を変形させた。前回は千切れた腕から銃口が覗いていたが、今は複雑な変形をし、腕の側面に銃口を作り出していた。それを私に向ける。私はすぐさま両手を胸の前で構えた。

「どういうつもりだ!?」

「こういうつもりだ」

 ガンクロは発砲してきた。三発の弾丸が私に向かってくる。スターマインの身体能力なら弾丸を見切り、弾くことも可能だが私は迷った。ここは端っことはいえ森林公園、どこに人がいるかは分からない。安易に弾丸を弾き飛ばしてもいいのか。しかもこの弾丸は爆発する。普通のものとは危険性が段違いに違う。

 シンキングタイムは短い。私は決断し、弾丸を三つとも掴んで手の平におさめた。

「ほう」

 右手で二つ、左手で一つの弾丸が爆発する。手の中が熱いし痛い。悲鳴を上げたくなったが、歯を噛みしめて我慢した。

「なぜそうした。お前なら、自分の弾をかわせたはずだが」

「前にそれをやって後悔したからだ」

 そう吐き捨て、反撃しようと体に力を籠めた。それに反応するように全身が痛んだ。そうだった。自分は今肉離れで入院している身だったんだ。思い通りに体が動かなくて歯痒い思いをする。

 私が隙を見せたので、ガンクロはまた発砲する。今度は一発。痛みで動きがぎこちないとはいえ、対処はできる。今度も掴もうとしたが、その前に爆発をした。爆炎に視界に遮られた上に、驚きで反射的にのけぞってしまった。

 爆炎の中から、黒い腕が伸びてきて私の顔を掴んだ。一息の間にガンクロが距離を詰めてきたのだ。のけ反った姿勢だったので、そのまま抵抗もできずに押し倒される。地面に叩きつけられ、後頭部に衝撃を感じて目眩がした。だがそれよりも、顔が熱かった。押さえ込んでいるガンクロの手は左手。奴の左手は高温に発熱する。

「ぐううう!」

 マスクの中が蒸される。夏の日差しやサウナの息苦しさがごちゃ混ぜになった苦しみだ。どうにかして脱出しなくては。ガンクロの腕を両手で掴んで握りつぶすことが頭に浮かんだ。ヤートの目を潰した時もそうだったが、私は咄嗟の判断を迫られると、残酷な方法をとってしまうらしい。私の眠っていた戦闘本能がそうさせるのか、それとも案外非道な人間なのかもしれない。あまりヒーローらしくない私の本性に自己嫌悪してしまう。

 よくある、押さえ込んでくる相手の体を蹴ってどかす、なんてのも考えたが少しでも成功率が高そうな方を選んだ。奴の腕を捕まえようとしたが、それよりも先に相手が行動した。

 地面押し付けていた私を持ち上げ、高校球児みたいな投球フォームでぶん投げた。驚いたが二度も投げられれば慣れる。さっきと同じように手から一瞬だけエネルギーを噴出してブレーキをかけた。地面に着地する。

 同じ敵のはずなのに、違う相手と戦っている気分だ。前回もがむしゃらに動いているだけではなかったが、数手やりあっただけで戦略性を感じた。これが本当のガンクロなのか。

「お前、どうやって復活した? 木っ端微塵に爆発したはずでしょ」

「ああ、そのせいで時間がかかった。事実、自分は今本調子ではない。ただでさ大きく損傷していたのに、お前に爆散させられたおかげで当分自己修復が追い付かんぞ」

「何……? 前より調子良さそうに見えるけど」

 答えることなくガンクロが距離を詰めてきた。腕が届く範囲、射程距離まで近づくと裏拳を振り抜いてきた。反応することはできたので防御体制をとる。裏拳は私の顔を狙っており、構えて前腕部で受け止めた。攻撃が当たると、全身を駆け巡る痛みに襲われた。打撃による痛みではないとすぐに分かった。衝撃によって肉離れに響き、体が悲鳴をあげた。

 くそ、やりづらい。

 そう悪態をつく間もなく、私のガードは破られ裏拳が頬に直撃した。踏ん張ることもできずに地面を転がった。顔も全身も痛かったが、まだ余力はある。二度転がった後、四つん這いになり地面にしがみついた。この状態からクラウチングスタートし、反撃しようとしたが力を込めれば痛みが邪魔してくる。思い通りに体を動かせない。激痛に力が抜け、膝をついた。スタートに失敗した私の顔面を、ガンクロが蹴り抜いた。あまり力を籠めていなかったのか、吹っ飛んだ後木にぶつかって遠くまで飛ばされることはなかった。

 そもそも普通に動くのだってやっとなんだ。ここまでできるのだって奇跡に近い。奇跡ならもっと力をくれ。願っても体は答えない。がくがくと足が震え、立つこともままならない。

「やはりスターマイン、お前も本調子ではないな。回復能力までは願っていないのか」

 ガンクロはベルトのショーを指差した。確かに見た目はほとんどショーのままとはいえ、ヤートには願いの力で気づかれなかったのに。私はショーを手で隠した。ガンクロがゆっくりと近づいてくる。

「安易に願いを叶えないのは良いことだ。それは評価する。故にお前がそれの所有をよしとしている。自衛もできそうだったからな。しかしその体たらくでは話にならんぞ。戦いは最悪なコンディションでもしなければいけない場合がある。むしろそちらのほうが多いくらいだ。体調不良は言い訳にならない」

 誰も言い訳なんてしていないと反論しようとしたが、ガンクロが屈みまた私の首を掴んで引き寄せた。

「だがな、スターマイン。自分はお前に期待している。お前にはセンスがあり、それでいて目の前の御馳走に安易にかぶりつかない自制心がある。まあ、つまみ食いは何度かしたようだが、許容できなくはない。心持ちが重要なのだ。目先のことだけではなく、何に影響するかを考えられる心持ちが。悪意がなければ尚良。少なくとも、バッシン兄弟を名乗る連中の手にそれが渡るよりはまし、と判断した。自分の自己修復が完了するまで、それを守りきれ」

「どういうことだ、一体お前はなんなんだ……!?」

「そうだな、詳しく話してもいいが……もう時間切れだ」

 ガンクロの体のあちこちから、歯車が上手く噛み合っていないような異音が聞こえ始めた。私の首から手を離し、二歩、三歩と後退した。

「目的は達した。また会おう。今度会うと時は恐らく、奴との再戦の時かもしれない。その日まで、あまり猶予はないだろうがな。お互いに生き残っていれば話してやろう 」 

 話す気があるのなら最初から話せ。文句を言おうとしたが、ガンクロは高くと飛び上がり見えなくなった。

 ガンクロ自体に与えられたダメージはあまりない。むしろ力んだときの筋肉の痛みのほうが酷かった。短時間の激しい運動で、良くなってきていた肉離れがぶり返した気がした。敵がいなくなったことで警戒を解き、木を背にして座り込んだ。

 予想はしていたが、想像以上にヤートとの戦闘で与えられた負傷が枷となっている。入院しなければいけないほどの肉離れなのだから、当たり前なのだが。

 ガンクロは再戦まで猶予はないと言っていた。私自身も何となく直感していたとはいえ、そう後押しされると不安になる。元気な時に挑んで敗北した相手に、この状態で勝てるのだろうか。ヤートは片手を失い、片目も潰された。状態だけみれば奴のほうが重症だが、それでもまだ私の実力を穴埋めするには不足しているだろう。

 ヤートに負けた。ガンクロにも軽くあしらわれた。勝利し続けてきた人生なんて華やかな栄光は持っていないが、自信がわく状況ではない。

 私の中で、、雅臣少年に手を伸ばすスターマインの姿は酷くおぼろげになっていった。

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銀河覚星スターマイン 東谷 英雄 @egorari28

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