第3話 初恋は永遠に儚く
エンケラドゥス・アコヤを回収できた。また、その体内からエンケラドゥス・サファイアも見つかった。良いことづくめのようだが、アンドロイドのララを破損させてしまった。ララではなく隊員を派遣していれば死亡事故につながった案件だ。あのような凶暴な生物がいた事は誤算だったのだが、この件は失態として厳しく糾弾されても致し方ない。
持ち帰ったエンケラドゥス・アコヤは月面の研究施設で飼育されることとなった。地球より月の方が、エンケラドゥスの重力環境に近いからだという。また、入手できたエンケラドゥス・サファイアはすぐに病院へと届けられた。
アレをどう使って治療に役立てるのか、素人の自分には分からなかった。しかし、病院関係者の喜びようは凄まじく、まるで何かのお祭りのようなはしゃぎ方だった。あの一かけらで多くの人の命が救えるのだという。
そして当然、美沙希も礼を言いに来た。俺が滞在していた部屋に入って来た時には、両手にプレゼントらしきものを沢山抱えていた。ビューティーファイブメンバーへの感謝の気持ちなのだという。
香織はそのプレゼントの山を抱えて部屋から出て行った。
こんな所で気を利かせる聡い副長だ。
そのおかげで美沙希と二人きりになってしまった。
俺は言葉に詰まる。しかし、美沙希は自然に俺の手を握った。
「ありがとうね。ギーお兄さん」
「礼には及ばない。義務を果たしただけだ」
「香織から聞いてるわ。お兄さんだけが反対していたんだって」
「反対してはいないさ。躊躇していただけだよ」
「公私混同だって?」
「ああ」
「お兄さんらしいわ」
そう言って俺に抱きついてくる。
俺も軽く抱擁する。
美沙希は俺の胸に顔を埋めながら聞いて来た。
「どうして告白してくれなかったの?」
「いきなり何を言ってるんだ」
俺は何か核心を突かれたような気がした。心臓は激しく鼓動しているが、極めて平静を装う。
「美沙希の事は妹のように思っているんだ。告白なんてするわけがないだろう」
嘘をついた。
告白しなかったのは自信がなかったからだ。
まず、自分の気持ちが分からなかった。本当の気持ちに気づいたのは美沙希が結婚してからだ。そして、美沙希の気持ちも分からなかった。彼女の心は宇宙へと向いていると、そう思っていたからだ。
その彼女が結婚した。
それは自分にとっては青天の霹靂で、ありえない事実だった。
彼女はいつも自分の傍にいた。そして宇宙について熱く語っていた。
他の男性の元へ行くなんて思ってもみなかった。
そんな自分は、彼女の目から見れば無関心だと思われていたのだろうか。
「そんな風に言うのね」
一言呟いて美沙希は背を向けた。
向こうを向いたまま、また一言呟く。
「そういう事にしといてあげる」
そして今度は俺の方を向く。
「明継はね。本当に一生懸命なんだ。宇宙の事にも、私の事にも、娘の事にも」
大体想像はついた。
自分は一生懸命ではなかった。美沙希に対しては。
だから、本当の兄であるかのように振舞うべきだと思った。
彼女の意志を、最大限尊重してあげようと。
俺は何度も頷いていた。
「ギーお兄さん。私は、本当はね……」
「言わなくていい」
俺は美沙希の言葉を遮った。
その一言を言わせてはいけないと思ったからだ。
美沙希は納得したように頷く。
「うん。ありがと。感謝してる。明継も感謝してた。一生感謝しても足りないって言ってた」
「ああ」
「ごめんなさい」
「謝ることなんてないさ」
「そうだね。そういう事にしとく」
美沙希は手を振りながら部屋を出て行った。
ハンカチで目元を抑えながら。
入れ替わりに香織が入って来た。
「何か、湿っぽい事でも話していたんですか?」
ギロリと睨まれる。
「何もないよ。唯々感謝されただけさ」
「そう?」
さらに睨まれる。
「まあ、あの美沙希さんが唯一認めている方ですからね。隊長は」
「そうなのか」
「ええ。彼女がリーダーの時も、田中隊長のお話はよくされてましたから」
「恥ずかしいな」
「それはそうと、チーム内恋愛は禁止ですから。メンバーに手を出さないで下さいね」
「分かってるよ」
「そうですか? 黒子の胸元を見つめる目つきが怪しいのですが」
「だ、大丈夫だ。そんな
「そうだと良いのですが、妊娠して脱落……等という様な不祥事は二度と起こしたくありませんからね」
「分かってるさ」
ネクタイを掴まれ睨まれた。
「お願いしますよ。隊長さん」
「ああ」
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
まあ、この副長がいれば風紀が乱れることはないだろう。
俺の心は軽くなった。
残念な気持ちなのか、それとも吹っ切れたのかよく分からない。
ただ一つ、はっきりと自覚したことがある。
自分が彼女を想う気持ちは変わらないのだと。
そして彼女も、自分を兄のように慕ってくれているのだと。
[おしまい]
初恋は永遠に儚く 暗黒星雲 @darknebula
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