第3話

 日が暮れはじめ、空にオレンジのグラデーションがかかり始めた頃、僕が住むミューズ王国の首都であるヴェッキオの街並みが見え始めた。

「この町に来るのは、師匠と別れて以来だっけか…」

 なんて独り言をつぶやき、夕日を見上げた。

 大会期間中、生活の拠点とする宿に到着すると、僕はある場所へと向かった。それは、ライサンダーとの修行場となった町の中心地から少し離れた高台である。ここに来ると、自然と師匠と過ごした日々が思い起こされる。でも、懐かしさも当然あるが、ここに来ることが必然だったような、そんな不思議な感覚の方が強い。

 高台から見える景色は相変わらずきれいで、僕はなんだか安心した。唯一変わったと感じさせるものを挙げるとすれば、ベンチができていることだ。しかし、ここは師匠のお気に入りの場所で知っている人は少ない。僕はそのさびれたベンチに妙な親近感が湧き、腰を下ろした。この町で一番最初にできた友達だと思った。

「よろしくな~。ベンチ君。」

 がさっ

 なんか後ろで物音がした。振り返ると、僕と同い年かそれ以下の女の子が、きれいな金色の髪を揺らしながら小走りに逃げていくのが見えた。僕はどうしたのか声をかけようとしたが、よくよく考えたらベンチに話しかけているところを目撃されたのだ。やばいやつ認定されたに違いない。そのうえで、声をかけたら彼女に恐怖を与えるだけだ。今回ばかりは、初対面の女子に気軽に話しかけるほどの度胸を持ち合わせていないことが功を奏したようだ。

 しかし、なぜこんなところに人が来たのだろう。改めて辺りを見回すと、ベンチ以外にもう一つ変化していたことに気づいた。それは、二つの石碑だ。師匠とおそらく師匠の奥さんだと思われる女性のお墓であった。供えられている花は生けられたばかりで、頻繁に人が来ていることが見て取れた。

 お墓をよく見ると、この世を去った日にちが刻まれていた。二人は同じ日に亡くなったようだ。師匠は戦争で亡くなったと聞いているが、奥さんも関係者であったのだろうか。奥さんのことは一切聞いていないので全く分からないが、二人とも若くしてこの世を去っている。胸が痛む。

 おそらくさっきここに来た彼女は、師匠と奥さんの娘さんなのだろう。師匠はよく自分の娘の話を僕にしていた。師匠は娘さんを溺愛しており、一度話をし始めるとなかなかその話が終わらなくて困ったものだ。次会ったときはしっかりとあいさつをしよう。そう心に決めて、ベンチから立ち上がった。


 翌日。

 両親からもらった訓練服に身を包み、会場へと足を運んだ。周りの参加者は多くが良い家柄出身で、僕のことを見ると「汚いやつだなぁ」などとあからさまな侮辱的な文句を言ったり、僕と距離をとったりしていた。しかし、これは予想通りのことであったから特に気にも留めなかった。

 この『セレクション・オブ・ナイツ』は、男女合わせて数百人に及ぶ参加者から騎士にふさわしい人物を一人選出する。一次・二次選抜で参加者は約50人ほどに絞られ、そこからトーナメント形式で優勝した者が騎士になる権利を持つことができるという仕組みだ。また、10年に一度しか開催されないのも特徴の一つだ。参加者には騎士の夢を捨てきれない高齢な人々も多く参加している。このセレクションじゃ身分や家柄、そして年齢なんてものは一切関係ない。純粋に己の力が試されるのだ。

 僕はなんだかワクワクしてきた。今まで絶対的であった身分というものがない世界で己の力を思う存分解放できることが楽しみでならないのだ。今まで農民階級から騎士になった人物は一人もいない。最大の下克上である。でも、僕には騎士から教授されたものがある。そして、騎士になることが運命であるように心のどこかで感じている。明確な根拠はないが、誰かにここまで誘導されているような気がするのだ。

 開幕を告げる大きな音が鳴った。

 その音は僕の騎士としての出航をも合図しているかのようだった。


 圧倒的だった。トップの成績で一次・二次選抜を勝ち抜くと、周りにはさっきとは違う意味で誰も近づいてこなかった。ひそひそと話す声も尽きなかったがその内容もさっきとは全く違うようだ。

 正直僕自身ここまでできると思っていなかった。師匠に教授されたこと、そしてそれをもとにした自身の修行がここまでの成果があったことに今初めて気づいた。

 トーナメントもあっさりと決勝まで駒を進めた。

 次の相手はフードを深くかぶった謎の多い者であった。しかし、ここまでの戦いぶりを見る限り、このトーナメントの中では僕と同じく圧倒的な強さを誇っていた。おそらく、フードを脱いで視界が広がれば僕よりも強い。そして、どことなく身のこなし方が師匠と似ている。ますます謎の多いやつだ。しかし、不安な気持ちがある反面、初めて自分と互角レベルの相手と戦えることに胸が高鳴っていることにも気づいた。こいつを倒せば本物の騎士になれる、そんな気がした。

 決勝戦ということで、会場周辺は多くの観客でにぎわっていた。今までに経験したことのない量の視線が僕に注がれる。背筋がゾクゾクする。たまらない。

戦闘開始のベルの音が会場に響き渡る。

 一瞬の出来事だった。僕の剣は相手の剣と打ち合い、僕の鼓膜を破きそうな甲高い金属音が響く。そして、僕はその衝撃に耐えかね、吹き飛ばされた。

 これはやられる。

 このセレクションで感じた初めての恐怖の感情。

頭が回らない。

僕はただやみくもに剣を振り回す。しかし、相手は華麗な身のこなしで僕の剣の軌道を全て避ける。そして、的確に攻撃をする。相手は全ての面で僕より上だった。何よりも気になったのが、相手の身のこなしから剣術にいたるまで全てが師匠と似ている、いや、同じだったことだ。

こいつは何者なんだ…

既に防戦一方となっている僕の戦いぶりに、観客はブーイングの嵐だった。僕だって何とか起死回生の一撃をしたい。でも、全く隙がないのだ。

ひとまず距離をとり、頭を落ち着かせる。ゆっくりと深く呼吸をする。頭に新鮮な空気が行き渡るのを感じる。

考えろ。考えろ。考えろ。

なぜ師匠と似ているかなんて考える必要は今はない。師匠と似ているということ、そこに何かヒントがあるはずだ。

 しびれを切らした相手は、剣を構えて突っ込んでくる。

 僕はそれをうまくかわしながら、モーターのように頭を回す。

 もし、こいつが師匠の剣術に似ているならば、この剣術の弱点も同じであるはずだ。師匠の剣術は一撃必殺を中心に据え、他の剣技はそれを際立たせるもの。その一撃必殺は強大な力を有するが、その反面一瞬の隙が生じる。こいつがその技を使ってくるか確証はないが、そこにかけるしかない…!

作戦を実行する。僕は、相手の剣をよけながら、わざと逃げ場のない壁際へ誘導されるようにした。一か八かだ。そもそも、相手が剣技を使ったところで避けられる確証など一切ない。でも、やるしかない。

壁際まで、約5メートル。

徐々に追いつめられる。壁まで残り1メートルになった所であろうか。相手は、一瞬、剣の動きを止めた。剣技発動のモーションだ。剣を振り下ろし、そこから一気に剣を右へ振りかぶる。

「一撃必殺!サントゥアリオ・クローチェ!」

 予想通りだった。僕はまず、振り下ろされた剣をかわす。

 次は、左に振りかぶり、そこから振り下ろされる。

 僕はそれをあえて剣で受け止める。

半端ない衝撃が僕の両腕を貫く。

しかし、僕はこれを狙っていた。

うまく力を吸収して、剣を振り下ろす。二本の剣が同時に下ろされる格好になった。

 相手の剣はこの一瞬、完全に制止する。この技は反動が大きい。だからこそ、『一撃必殺』である必要があるのだ、と師匠が言っていた。

 次は、僕の番だ。

 剣を右へ振り上げる。

「お返しだ!」

 思いっきり、剣を振り下ろそうとしたその瞬間。

 今から考えれば、神様のいたずらだったのだろうか。

 僕の振り上げたときに生じた風と同時に、突風が吹いたのだ。

 フードが外れる。

 海賊船に眠る宝箱を開けたようだった。太陽の光を反射して金色にキラキラ輝く髪が見えた。その髪は、後ろで一本に束ねられていた。そして、目が合った瞬間、周りのなにもかもがなくなったような感覚。二つの真珠のような瞳は僕のことをはっきりと映していた。

 女性、それも僕より年下に見える。少女というのがふさわしいか。

 僕は、あわてて剣の軌道を修正した。剣はむなしく地面に振り下ろされ、その衝撃が会場を揺らした。彼女はその隙に僕と距離を取り、あわててフードをかぶり直した。幸いなことに、観客にははっきりと彼女の顔は見えなかったようだ。

 別に、女性が出場してはいけないという規則はない。しかし、心の整理がつかない。なんて強い少女なんだ。少女相手にここまでの苦戦を強いられたことに非常にショックを受けた。そして、作戦は結局失敗に終わった。正直、もう勝てるヴィジョンが思い浮かばない。

 だが、一つ分かったことがあった。それは、なぜ師匠の剣術を踏襲しているか、ということだ。おそらく、彼女は昨日、あの高台に来た金髪の少女だ。そして、おそらく師匠・ライサンダーの娘である。それならば、師匠の剣術を使用するのも合点が行く。師匠の遺伝子を引き継いだ娘、そりゃどうりで強いわけだ。

 改めて彼女の様子を見ると、彼女は僕のことを不思議そうに見ている。いや、にらんでいると言った方が正しいか。

 降参しよう。

 僕はふと、そう思った。運命なんてのは、所詮、ただの気のせいだったのだ。ゆっくりと剣を地面に置こうとした。戦場で剣を捨てる、それは戦意がないことを示し、セレクションでは棄権を意味する。

 突然、観客の歓声が会場に響く。いや、どちらかというと歓声というよりもむしろざわついた、と表現した方が正しいかもしれない。僕はまだ何もしていない。困惑に包まれながら、彼女の方に視線を向けると、彼女は剣を地面に置いていた。

 この瞬間に、僕の勝利が確定した。

 そして、彼女は何も言わずに会場を去った。

 僕は混乱した。

 改めて彼女の背中を見ると、やけに小さく見えた。


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騎士物語 ぴょんすけ @pyonsuke

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