【ビビ】4 end


『ふふ、今日はどうせ暇だから、アタシ一人で店は充分ね。帰っていいわよ。』

 砂上さんからそんな電話が来たのは、財布を取りに出て行ってから一時間後のことだった。(ちなみに商店までは、徒歩で十分くらいの距離だ。)

「知っていましたね。」

『あらぁ、なんのことかしらねぇ。ふふ、アタシ、イケメンの頼み事にはどうも弱いのよねぇ。』

「イケ……まさか、松葉が!?」

『あらやだっ、ふふふぅん、なんのことかしらぁ、気にしちゃダーメ、よ。さ、早く帰って帰って!お給料が勿体ないわ!』

 一方的に電話が切られ、もう何を言っても敵わないので、仕方なく上着を羽織って店を出る。

「松葉も砂上さんもグルなんですね。」

「残念、美々もでした。」

「姉さんも!?」

「はっはっは。」

 指が絡められて、手がぎゅっと繋がれる。

「……やっぱり、姉さんと再会したんですね。」

「え、あー、うん。といっても、本当につい最近。同じ大学なの、すっかり忘れてたよ。」

「えっ。」

「もー、せぇーっかくお前と同じ大学行きたくて必死に勉強したのに、酷いことしてくれるよなぁ。」

「え、だ、って、」

「俺、本当、お前のことしか考えてなかったんだよ。」

 じっと見つめられて、自分でもわかるくらい、顔が赤くなる。

「敏和、目、反らさないで。」

 咄嗟に目線を外そうとしたのに、顎を軽くつかまれて、無理やりに見上げさせられる。四年前と大した変化はないけれど、見つめるとやっぱり、大人っぽくなっていて。

「っ、」

 なんとか視線を別の場所に移そう、と下げて、唇を見つめて尚更鼓動が高鳴ってしまう。

「むっ、むりですっ!」 

 触れている先輩に伝わってしまう気がして、すぐ近くのマンションまで全力で走って逃げた。

「こらっ、とーしーかーずー。」

「わわわ、わざわざ遠い町まで来てくれて本当にありがとうございましたおやすみなさい!」

 部屋に飛び込んで、ドアを閉めようとする。けど、先輩の足がそれを止めて、いとも簡単に入り込まれてしまう。

「これ以上はもう、逃がさないし、離さないから。」

 靴を脱ぐよりも先に、抱き締められて。

 上着から香る冬の匂い。先輩、僕ね、この匂いが香ると、胸が痛くなるから嫌だったんだ。

 先輩、僕ね。僕。

「ずっとこの時間が、続いたらいいのに。」

 いつか貴方がくれた言葉。

 貴方に抱き締められる、この瞬間に、強く思うんだ。

 きっと僕は、これから冬が好きになる。

「……へへ、うん。最高の時間だね。でも、ダメだよ。」

「え?」

「あの時、俺が願ったように、あの時間がずっと続いていたら、今こうして敏和を抱き締めること、出来なかった。」

 軽く唇が触れて、とても近くで、見つめ合って。

「きっとこの先も、もっと大きな幸せが待ってるよ。」

「幸せ……。」

「だから、もう、どこにもいかないで。」

 ぎゅっと、押し付けるように抱き締められて。

「お前の居場所は、ここだから。」

 暖かくて。耳を押し当てたら、先輩の鼓動が聞こえる。抱き締め返したら、軽々と僕を抱え上げて。

「大好きだよ。」

 どちらともなく、唇を重ねた。触れ合って、絡み合って、交じり合って。

 先輩の腕の中、あの中庭を思い出した。いつも僕らを見守ってくれた、あの、大きな桜の木を。

「先輩。」

「んー?」

「あの桜は、まだ咲いていますか?」

「んー、そういえば卒業してから見に行ってないなぁ。今度一緒に行ってみようか。」

 先輩は笑いながら、額にキスをする。

(そうして、僕らはその桜を、本当に何日か後に見に行くのだけれど、葉も花も無く、けれど相変わらず立派に咲き誇る大木の下で、僕と先輩が結ばれたあの場所で、松葉が姉さんにプロポーズをするんだ。)

 目を閉じると、浮かぶのは幸せな景色ばかりで。

「先輩。」

「んー?」

 目を開けても、幸せな景色ばかりで。

「先輩は、僕のどこが、好きですか?」

 指を絡めて、見つめ合ったら。

 目が、無くなっちゃうくらい細くして、笑って。

「声!」

 少しも迷うことなく、そう言って。

「それとね、」

 少しも迷うことなく、そう続けて。

「あ、めっちゃ長くなっちゃうけど大丈夫?寝たらダメだよ。敏和が聞いてきたんだから。」

「ふふ、じゃあいいです。」

「えー!やだ、ダメ!言いたい!」

 僕のことを包み隠すように抱き締めながら、頭を撫でて、キスをして。

「ねぇねぇ、敏和、聞いて!」

 僕に。

 僕を好きだ、と全身で伝えてくれるんだ。

 

 どこに居たって。何をしていたって。

 僕は貴方を、愛してしまうんだ。 

 

 

 

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僕は貴方を探してしまうだろう 砂糖菓子屋 @chinomea

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