威圧感の中で体育祭は迫りくる
「いったいどうしたらいいのよ!」
皐月の声が響き渡る。それに答えるものはもう居ない。
俺以外は。
俺は立ち上がり、皐月の前へ行ってやる。
「な、なに?どうしたの?正木………」
そして俺は、皐月の頭をガシッと掴んでこねくりまわす。
「きゃ!や、やめてよ!なにしゅんのよ!」
皐月は怒りを露わにするが、呂律が少しおかしくて怖さがなくなる。
「とりあえず、小田原の所に行ってくるわ」
「!?、何言ってるの正木!止めたほうがいいよ!」
俺の言葉に茜が取り乱す。
「心配すんな、別に危険に身を晒しに行くわけじゃないんだ」
そう言って茜を安心させる。本当にできたかは知らん。
「でも、どうして行くんですか?」
「ん〜、敵の偵察ってところかな?」
我ながら下手な嘘をついてしまったと思う。でも、不安な顔は一切見せない。
「ま、お前らもそんな心配しなくてもいいぞ?大したことはしてこないから」
皆はそれを聞いて安堵か不安かわからぬ顔をする。
「………何か考えができたのか?」
山吹先輩が俺に問う。しかし、俺の返答は決まっていた。
何かを守るなら、何かを犠牲にしなければならない。
何かを得るには、何かを捨てなければならない。
何かを掴み取るなら、何かを離さなければならない。
それが、この世の真理。
なんかかっこよさ気なこと言ってるけど結局は同じ意味だ。
「帰ってきたら話します。とりあえずは実行してからですね」
そう言って俺は部室を飛び出す。
山吹先輩は無言で俺を見守ってくれた。
そんな視線は、妙に暖かく感じた。
「失礼しまーす」
ノックをし、扉を開けて入る。表札には『体育研究部』と書いている。
「あら………文化研究部の犬がよくいらっしゃったわね」
そこにいるのは体育研究部部長。2年生の小田原祥子。
「今回の勝負の件、赤松さんから聞いて取り消しにでも来たのかしら?」
そう言って小田原は不敵な笑みを浮かべる。
それに合わせ、周りの部員たちも笑い始める。
―――やっぱり、俺が来てよかった。
この状況、きっと俺か山吹先輩にしか耐えられないだろう。皆怒りが沸点に達してしまう。
笑みを浮かべる体育研究部を見て、俺も笑ってしまう。
―――ああ………実に滑稽だ。
「永遠の二番手があまり調子に乗るなよ?」
「な!?………へえ、文化部の犬が立派に吠えれたのね。その躾、山吹さんには感心するわ」
「奇遇だな、俺もとっても感心してるよ。二番しか取れなくても笑ってるやつに」
「……………」
それを聞いて小田原の顔が引きつる。やっぱり………こいつは攻撃は一級品だ。けど、防御が完全に疎かだ。
「そんなに二番手が楽しいのか?一番は全部文化研究部の奴らに取られちゃったもんな、哀れ哀れ」
何故、自分がこんなに饒舌に成れるのかが不思議でたまらない。
「何を………言ってるのかしら?無駄口を叩いてる暇があったら、不得意な運動でもしてたらどう?」
「ああ、そうさせてもらうよ。用件が終わったらな」
俺は不敵ではなく、爽やかであろう笑みを浮かべる。
「用件があるなら早く言いなさい?勝負の中止なら受け付けないわよ?」
そう言って小田原は笑う。けど、煽りはまだまだ下手だな。山吹先輩の足元にも及ばない。
「それよりさ、二番手に居る感覚ってどんなもんなんだ?」
俺は皮肉混じりにそう言ってやる。
「………さっきから、何が言いたい」
おー………怖い怖い、自慢の女王メイクが壊れてますよ。と心の中で言ってやる。
「あのバカの仇討ちにでも来たなら止めたほうがいいわよ?あなたの傷を増やしちゃうかも」
「もともと傷なんてないよ、痒さもない」
それを聞いて、小田原の顔がもう一度引きつる。
───ああ………やっぱり。
───こいつ弱いわ。
「いやさ、勉学面では犬の俺に大敗。運動面では茜の足元にも及ばず。逃げ込んで付けた部長の肩書では山吹先輩の相手にすらならない………挙句の果に付いたあだ名は『悪魔の女王』って、全てにおいて二番。これってどんな気持ちなんだ?」
自分でもわかるほどの最低っぷりな言葉を聞き、小田原の顔はみるみる醜くなる。
しかし、その醜さも抑えて、満足そうな笑みでこう言った。
「どんなに言ったって、勝負の内容は変えないわよ?無様に負けて、地に足をつければいい。傲慢男」
そう言われて思わず黙ってしまう。
だって………だって………
面白いくらいにセリフが俺の予想通りなんだから!!
この言葉を待っていた。傲慢はお前だ、小田原祥子。
「そもそも、誰がこの勝負を辞退するといった」
「………はぁ?」
小田原の顔がどんどん曇っていくのがわかる。
ああ………俺って、改めて思うけど………性格悪いな。
こんな状況が、楽しくて仕方がないのだから!!
「お前らの勝負、快く受けて立とう。競技の変更なんてしなくていい。手加減なんてしなくていい。本気で来い!無様に負かせてやるよ!」
この時、俺はどんな顔をしていただろうか。決してわかるまい。
けど、小田原の顔を見て大体わかる。
物凄く………楽しそうな顔をしてただろう。
「ただいまーっと」
文化研究部に帰ると、俺はけだるけな声で喋るが、気分は高揚していた。
「ま、正木先輩!!おかえりなさい!だ、大丈夫でしたか?」
「おーう!牡丹!全然心配しなくて良かったぞ!」
それを聞いてか、牡丹やその他の皆も安心したようだ。
「ところで石蕗、結局お前は何してきたんだ?」
山吹先輩が俺に問う。
「あ〜それなら、煽って煽って煽りまくって宣戦布告してきましたよ」
「はぁ!?あ、あんた!バッカじゃないの?」
「ちよっと皐月ちゃん!言葉が雑ですよ!」
「ご、ごめん………」
そんな後輩二人のやり取りが癒やしに見える。あ〜最高!
「でだ、何で宣戦布告なんてしてきたんだ石蕗」
山吹先輩がジト目で聞いてくる。ジト目似合わないな〜この人。
「………なあ、皐月、お前。嫌いな対戦相手とかに煽られたらどう思う?」
「はぁ?何急に………そりゃ倒してやろうとか思うわよ」
「うん!100点満点の正解だ!」
やっぱり皐月は期待を裏切らない。純粋な心に感謝。
「じゃあ次、勝とうと思ったらどうする?チーム戦とか」
「ん〜………そうねぇ………チームを強くする。とか」
「よし!また100点満点の答えだ!偉いぞ皐月!」
そう褒めると、皐月は満更でもなさそうな顔をする。
「じゃあ、最後に。強いチームができたら、なんて思う?」
「そんなの、勝てる!って思うに決まってるじゃない」
皐月はドヤ顔でそう言った。
「!!………なるほど、そういうことか」
山吹先輩が納得したような声を上げる。
そう、皐月はやっぱり最高だ。期待通りの答えを出してくれる。
それに山吹先輩も理解が早くて助かる。
「勝てると思えば、油断ができる。挑発して、上がりきった相手の足をすくってやるのが今回の作戦だ!」
「………できるの?」
茜が不安そうな顔で俺を見つめる。
「ああ!問題無い。絶対に勝てる」
そう言ったら、茜は安心したような態度を取る。
「あ、ついでに言うと、今回のキーマンは茜な」
「え!!」
サラッと言ったからから、茜の顔が驚きの顔になる。
「正確に言えばな、お前が今まで陸上で授かってきた知恵を使って、俺達を特訓しろ!ハードでもいい!」
それを聞くと、今度は茜以外の顔が驚きに変わる。
「は!?あんた正気で言ってる?茜の特訓なんて、地獄そのものでしょ!?」
「でも、今できるのは正面から戦うことだ。特訓無しで戦おうと思うな!部活守りたいんだろ!」
俺の気迫に押されてか、皐月が少し戸惑う。
「わ………わかりました………私、やってみせます!」
牡丹は勇ましくそう言った。うん!可愛い!
「………わ、私だって………やってみせるわよ!」
牡丹の覚悟に押されて、皐月も決心する。
「わたしも、今回は頑張りますよ!」
楓が張り切ってそう言う。というかもうジャージに着替えてる。
「………私も、今回はその案に乗ってやろう」
山吹先輩も肯定の意を示す。これでキャストは揃った。
「ほら、茜。お前が居ないと練習ができん。はよ行くぞ」
「…………うん!」茜は満面の笑みでそう言った。
なんだよ、可愛いやん。
不変と恋の戦争物語 @hagiwarasinzi
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