運動兵器は涙で染まる
皐月をモフモフしたあの日から、俺と皐月の二人三脚の練習は続いていた。
「1・2、1・2………ふう、いい感じじゃない?」
「ああ、結構上達してきたな」
皐月の怪我は軽い捻挫で、結構すぐに治った。
「ちょっと休憩しましょ」
「ああ」
木陰で軽く休憩する。
「体育祭までもう少しだけど、結構いい感じじゃない?」
「ああ、そうだな。けど、油断してたら足元救われるぞ?」
俺と皐月の二人三脚は中々上達はしなかったものの、何回もやっていく内にコツがつかめてきて最近はかなり調子がいい。
「それくらいわかってるわよ。もう少し休憩したら練習再開するわよ」
「へいへい」
しかし、二人三脚という動きづらい状態でかなりの時間走っているので、結構疲れが溜まってきている。
「皐月ちゃんに正木さーん!お疲れ様でーす!」
すると校舎から元気な声が聞こえてくる。
そこには天使牡丹がスポーツドリンクを持ってトコトコと走ってくるのが確認できる。
「はい!二人とも。キンキンに冷やしておきましたよ!」
天使牡丹がニッコリ微笑みながらスポーツドリンクを渡してくる。
「おう、ありがとう牡丹。ご褒美やるよ」
そう言って俺は牡丹の頭を撫でてやる。
「ふにゃ!?ま、正木さん!やめ、やめてくだひゃい………」
そう言うが牡丹はトロンとした顔になり、とても気持ち良さそうにする。
「ちょっと正木!わ、私にはしてくれないの?」
「皐月は二人三脚で優勝したら、部活中ずっと撫でてやるよ。一日だけだけど」
「本当に!だったら、さっさと練習するわよ!」
そう言って皐月は走り出す。二人でやんなきゃ意味ないだろ。と心でツッコんでおく。
しかし………部活で一日中撫でられるって言われてなんで拒否しないんだろう………うちの後輩大丈夫かな?
「ちょっと!正木!早く来て!練習できないでしょう!」
そう言って皐月は俺を呼ぶ。
「おう!今行く!」
………だけど、こんな生活はちょっぴり楽しく思える。犬と猫を同時に飼うとこんな感じなのかな?
「怪我しないでくださいね?先輩」
「おう」
牡丹が総心配するが、今の俺達に怪我なんて2文字は浮かばない。このまま二人三脚最強になってやるぜ!!
そう思って歩き出す。早くしないと皐月が怒ってしまうので颯爽と。
その時だった。
「ふえぇぇぇ………正木………大変なことになった………」
泣いている茜が校舎の影から歩いてきた。
「……………へ?」
何で?何で?意味がわからない。
オロオロと焦っていると。
「………正木。あんたなんかしたの?」
「正木さん、なにかしたんですか?」
「いや、何で俺が悪者って決めつけてるの?」
後輩二人に悪者にされた。何故そうなる。
「どうしよう!どうしよう!」
そう言って茜は俺に飛びついてくる。
「ちよ、落ち着け。………一先ず部室行くか。皐月、練習はまた明日にしようぜ」
「え、えぇ。わかったわ」
俺達は茜を連れてとりあえず部室に戻った。
「それで茜、いったいどうしたんだ?」
「うう……ぐす!………えぐ………」
しかし、茜は何も喋ろうとしない。
「正木さん!少し落ち着くまで待ってあげてください!」
「お、おう………」
牡丹に思いっきり怒られた。こんな牡丹、初めて?見た。
「はぁ………まったく、正木は乙女心がわかってないわねぇ」
「そんなこと言われたってなぁ」
まあ、これ以上とやかく言われるのは嫌なので黙ろう。
「と言っても、状況がわからないと対応ができないぞ………」
部室にいた山吹先輩が言う。それは俺もわかっている。しかし、今茜は落ち着く事が必要だ。なら、俺達ができることは待ってあげることだ。
「………ごめん………もういいよ」
もう泣き終わったのか、目を真っ赤にしながら茜は顔を上げる。
「あの………茜先輩。どうしたんですか?」
牡丹が問う。しかし茜は少し躊躇って。
「………私………小田原祥子おだわらしょうこに勝負挑まれちゃった」
「「小田原祥子?」」
後輩二人が声を揃えて言う。
―――小田原祥子。そいつは2年生で有名な人物で、通称『悪魔の女王』である。
そもそもうちの高校には『悪魔の四人』と『天使の四人』が居る。
悪魔の四人の一人はご存知皐月。天使の四人の一人はこれもご存知牡丹。その中でも圧倒的に悪魔、天使である者を女王と呼んでいる。
「小田原がどうかしたのか?」
その名前を聞いて俺も黙っているわけにはいかないので、思わず聞き返す。
「小田原に………部活対抗リレーを申し込まれた………」
「「「「「!!!!!」」」」」
皆が驚愕した。まさか自分達も巻き込まれるとは思っていなかったのだろう。
「ど、どんな条件で?」
思わず楓も聞いてしまう。小田原を知らない後輩たちはキョトンとした目で見ている。
「負けたほうが………廃部だって」
「ええ!?嘘!?」
皐月が声を上げて驚く。そりゃそうだ、いきなりこんな勝負挑まれたら困るだろう。
「………また、か……」
「え?またってどういうことですか?」
山吹先輩の呟きを牡丹が拾う。
この際だから言ってしまったほうが早いだろう。
「一年前………牡丹たちがまだ入学する前の体育祭で、同じように廃部をかけて勝負したんだ」
「え!?そうなんですか?」
そりゃ、驚くだろう。自分が居る部活が昔廃部しそうだったなんて聞いたら。
「でも………今の文化研究部があるってことは負けてはないんだよね?」
「ああ……茜がいた分、楓とかのカバーできたからな」
あの時は、相手も強い相手だったが、俺と山吹先輩はそこそこ運動はできるし、茜は最強で楓のカバーができたから勝てた。
「だけど………今はちょっと厳しい」
きっと今の俺の顔はとても頼りなさそうだろう。
「な、なんでよ!?茜だって居るじゃない!勝てないわけ」
「前回は、翌檜の力が大きかった」
皆黙り込んでしまう。一年生は名前だけは知ってるだろう。
篠懸翌檜。俺と同じ2年生にして、唯一茜に対抗できる運動人だ。
「翌檜は運動が茜並にできて、その時も茜と翌檜の力があってこそ勝てたんだ」
「だったら!翌檜に連絡でもとって来てもらえば!」
「………それは無理だ」
今まで口を開いていない山吹先輩が口を開く。
「翌檜は今、不登校になっていて誰も連絡がつかず、誰も家を知らない」
「そ………そんな」
牡丹が絶句する。それは負けを確信してしまったからだろうか。
「そ、そんなの!先生からでも聞けば!」
「………今は個人情報に厳しい時代だ。どうせ教えてもらえない」
打つ手無し。そんな言葉が皆の頭をよぎった。
「そんな………それじゃあ!この部活はどうなっちゃうのよ!」
「それは………」
俺も、他の皆も黙ってしまう。一度負けたと思ってしまうと中々脳裏から離れようとしない。
「はぁ………これだからお前らは………諦めが早くて困る」
そんな静寂を、山吹先輩の辛辣な一言が切り裂いた。
「でも………翌檜に連絡がつかないなら………勝ち目なんて」
「それがあるんだよ!同仕様もない戦況を、ひっくり返せるような策が!」
興奮してるのか、山吹先輩は物凄い勢いで喋りだす。
「ど、どんな策なんですか?」
山吹先輩の勢いに驚いたのか、牡丹がふるふる震えながら言う。庇護欲ぅ………。
「その策を教えよう………今回のキーマンは!石蕗と皐月だ!」
部室に再び静寂に包み込まれる。
「……………はぁ!?俺ですか?」
「わ、私!?何で私が!」
疑問に思っているおれと皐月に山吹先輩は不敵な笑みを浮かべて言う。
「部活対抗リレーでは勝ち目がない………なら!競技の変更だ。お前等がでる二人三脚にしてもらえ!」
「え!で、でも。それっていいの?」
山吹先輩の作戦に不安があったのか、皐月は不安がって聞く。
「問題ない!勝負を受ける権利はこっちにあるのだからな!明日。私が直接クラスに行って話をしよう」
山吹先輩が提示した作戦は、勝負競技の変更をし、俺と皐月がたった今練習している二人三脚で勝負しろ。という作戦だった。
「それなら、………たしかに勝てるかもしれません!向こうは二人三脚の練習をしてないんですから」
山吹先輩の作戦に気づき、牡丹も興奮の声を上げる。
「それなら、早速練習に行くわよ!正木!」
「お、おい!待て!引っ張るな」
勝てる。と思って自信がついてきたのか、皆の目に光が灯る。
茜・以・外・に・。
「………ごめん、皆………盛り上がってるとこ本当にごめん」
皆が茜の方を見る。皆の闘志が灯った瞳は、茜には果たしてどう見えたのだろうか。
「私………挑発されて………乗っちゃって………受けた勝負のルールが………競技の変更ができないんだ………」
そう言うと、茜は泣いてしまう。皆の目からは一瞬で闘志が消えて、残っているのは絶望だった。
小田原祥子は抜け目なかった。きっと競技を変更されることを見越して勝負を仕掛けたのか。
だから………茜に申し込んだのか。
そもそも、なぜ茜に勝負を挑んだのか。と俺は思う。
答えは簡単。挑発に乗りやすいからだ。
「じゃあ………どうすんのよ………このまま負けて廃部になるのを待ったほうがいいの?」
皆、皐月のその言葉に反応ができない。もう………打つ手は無いのか。
必死になって考える。今の部活を守る方法を。
歪んだ精神で考える。日常を変えない方法を。
曲がった心で考える。皆を変えない方法を。
そして………思いついた。
歪んでいて、曲がっていて、真っ黒な思考で。
最低で、最悪で、最高な解決策を。
思いついた。
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