ある世界の果て

 私の世界は、朝と夜とを繰り返すうちに、短くなっているらしい。以前の昼のことを思い出すことはできるが、昨日の昼を思い出すことは叶わない。以前は夜が訪れると意識が混濁していたが、現在は朝の、鴉が鳴いてから羽ばたくまでの短い目蕩みの時間のみ意識があり、その時間が終わると、私は生きることができない。


今日も、鴉が枝から飛び去ってしまった。しかし私は普通に意識を保っている。どうやら書いた憶えのない日記に残されていた、意識が混濁するわけではないというのは、本当らしい。すると、同じように日記に書かれていた、記憶を残すことのできる時間が減っていることも事実ということになる。


そのうち私は完全に、何も記憶することのできない人間になってしまうようだ。ただ生きているだけの日々についての是非を、昨日も考えていたのだろうか。そして昨日の私の出した結論によって、今日私は生きている。そうでない方を選んだとしても、責めることなどできないというのに。


日々は、私の心に傷をつけることができない。傷つけるだけの毒を持っていたら、と夢想する。明日になれば世界のどこにも存在しない、正に泡沫の如き夢想。




 人は生を終える間際、それまでの記憶が一気にフラッシュバックするらしい。私が思い出すのは、かつての記憶―――夜の記憶を、思い出せればいい。やはり夜というものは美しいようだ。自分の作ったものや、日記によれば、美しいものを愛でるだけでこの夢は見る価値があるのだという。




 今夜も、恋が愛へと変わり、地下室には夜によって毀れた私の心が、確かに埋葬された。

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夜、我が心毀つことなく 逆傘皎香 @allerbmu

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