夜、我が心毀つことなく
いつもより大きな鴉の声で目を醒ますと、私はどうやら野外で寝ていたらしいことがわかった。手についた土を払い、辺りを見渡すと、木々の隙間から館の一部を見つけ、帰ることができた。
夜を求めるあまり、夢遊病になってしまったのだろうか。今回は帰ってくることができたが、帰れなくなるところまで徘徊してしまうのは危険だ。ベッドに足を縛る必要があるだろうか。
ベッドに足を縛る、という発想をした途端、私の胸を切なさや悲しみのようなものが差した。そのようなことをすれば、私はいよいよ夜を過ごすことができなくなる。足を縛るのはやめにして、その代わり玄関に柵を設けることにした。
徘徊していた私は、夜の魔力を感じたのだろうか。人は寝ている時に複数の夢を見るという。その一つでも「夜」を見ていたのだろうか、などと考えているうちに眠気が抑えきれなくなり、私は昼寝をした。
目を醒ますと、部屋の中に太陽の光は入っていなかった。私は飛び起きると、窓の外に広がる暗がりを見て、玄関の柵を取り払って外に出た。
とうとう私は夜に出会うことができたのだ。恋い焦がれ、叶わないながら冀求していた「夜」を知ることができるのだ。
いつも蒼と白の鮮やかな空に広がっていたのは、暗闇の中に散りばめれらた無数の点、そして白く輝く半球―――太陽のように空全体を支配する明るさは持っていないが、それがかえって落ち着いた静寂とある種の不安とをかき混ぜた、憧憬の妖力、魔力を発生させている。玲瓏たる澄んだ空気を通して伝播する魔力は、神秘であった。私の生きていた世界の裏側には、まったく異なる様相があった。これらは果たして同じ世界なのかと疑ってしまう。
私は館から角灯と埃をかぶった画材とを持ち出し、衝動のまま夜空をキャンバスに写し取った。描こうと思ったことは何度かあったが、実際に絵を描いたのは久方ぶりだ。何かを生み出すこと自体長らくしていなかった。さらに私は憧れていた詩歌のように、詩を詠んだ。毒された夜の詩である。
しばらく空を見上げた後、私は絵をしまうために地下の部屋へ入った。この部屋にも長く来ていなかったが、扉は何の違和感もなく開いた。この部屋は特に使用目的のない部屋だったが、いつしか私の作品を収める場所になっていた。
鑑賞者のいないギャラリーは、つまり作品の墓場であった。私は墓場に眠る死者の一人に手をかけると、誤って周りの死者たちも起こしてしまった。そして散らばった絵を見ると、しばらくその場から動けなくなった。
床に散らばる絵は一様に黒く、黄色や白で模様がつけられていた。まるで、今手に持っている、先ほど映した夜の世界のようだった。その中の一枚を手に取り、私が習慣で残している絵の裏の日付を確認すると、三日前の日付が書かれていた。
質の悪いことに、机の上には、詩が書かれた紙も重なっていた。そしてその詩は先刻押し寄せる情動のままに詠んだ詩と、驚くほど類似していた。類似した詩が、まるで推敲を重ねている作品のように、何枚も重なっていたのだ。ここは墓場であるというのに。
屑入れのなかに、丸められた紙を見つけた。広げてみると、私のものと思しき字で殴り書きされていた。地下室で記憶のない作品を見たこと、その悉くが夜の作品であること、そして、私の世界が夜明け前の紫の空から始まり、日が沈み空が暗くなって少しするとその後の記憶がなくなることが書かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます