さよなら赤レンジャー、君の犠牲を無駄にはしない!

王子

さよなら赤レンジャー、君の犠牲を無駄にはしない!

「やあ、少年! 君もレンジャーの一員にならないか?」

 テカテカした赤い戦隊スーツにピッチリと全身をつつんだ男が、小学生男児に声を掛ける事案発生。お気に入りの赤いランドセルに引っ掛けている、防犯ブザーに手を伸ばすのは行徳ゆきのりにとって自然なことだった。

「待ちたまえ少年! その紐を引っ張ってはいけない! 人が集まってしまう!」

 まさしく仰るとおりの状況を作り出そうとしているのだけれど、待てと言われて耳を貸さないほど話の分からない奴だと思われては心外だ、と行徳は思い留まった。ここは一つ、話を聞いてみようじゃないか。優しく、優しく。

「こんにちは不審者さん、言い残したことはありますか」

「こんにちは少年。挨拶もせず本題に入ってしまって大人として恥ずかしい。申し遅れたが、私は赤レンジャーをしている者だ。決して不審者なんかじゃないぞ!」

 戦隊モノのスーツで外をうろついている大人は既に恥ずかしいし、その場所が小学生の通学路とくれば不審者であるのは間違いない。「そうですか、辞世の句でも詠んでください」と言い放った行徳の指が、社会的処刑の合図を告げるブザーの輪にかかった。

「やめるんだ少年! 君の決定次第でこの町が悪の手に落ちてしまうんだ!」

 やたら感嘆符が多く声の大きい赤レンジャーを、行徳が口元に人差し指を立て制する。これではブザーを鳴らさなくても人目に付いてしまう。恥ずかしい大人と一緒に。

「君の噂は聞いている。十歳にして政治・経済に通じ、著名な数学者や物理学者と対等にわたり合うほどの学識。ハッキング競技の世界大会でも上位入賞だとか。君のようなブレイン要員が我がレンジャーには喫緊きっきんに必要なのだ」

 それでも行徳は普通の小学生として生活しているのだ。その歳にして抱えすぎた才能を振りかざして生きようものなら、多くの敵を作ることを心得ていた。飛び級で大学に進むよう勧めも受けたが、その他大勢の子供と区別されない道を選んだ。

 休み時間にボールの使い道をめぐってケンカしたけど、ムキになってサッカーよりもドッジボールを主張する子供らしい自分が好きだ。プールのある日には、雨の降ったり止んだりに、皆と一緒になって騒ぐのも悪くなかった。思い返す自分の小学校生活を、行徳は何一つ後悔していなかった。才能を評価され嬉しくはあったが、今しかない子供時代を手放してまでするべきことがあるのだろうかと、行徳は常々考えていた。

 赤レンジャーの誘いは、行徳の興味をかないわけではなかった。行徳も戦隊モノに憧れる小学四年生の男の子だ。ただ、目の前で仁王立ちする自称赤レンジャーを全面的に信用するわけにはいかない。情報を引き出し、地固めが必要だ。赤レンジャーには明かせないささやかな願望もある。

 行徳はわずかな間に策を練り、学童帽子のつばを後ろに回した。

「具体的に何をしたらいいんですか」

「気合い十分のようだな!」と赤レンジャーは親指を立てる。いちいちうっとうしい。

「悪の組織の素行を監視して、事件を未然に防ぐことが君の使命だ! だが奴らも悪さをするプロだ。もし先手を取られたら、他のメンバーと一緒に現場に急行して、事態の収束に当たってほしい。もう二度と悪さをするなよと懲らしめたらお仕事完了だ!」

 ただ子供をさらうだけなら、ここまで説明をすることもないだろうと行徳は判断する。

「では、検討させていただきます。後日結果をご連絡致しますので、日中繋がる連絡先を頂戴できますか」

 差し出した行徳の手に、赤レンジャーの名刺が渡される。最初にこうするべきだろうとは言わなかった。

「一つ、約束してほしい。この話は機密事項だから、絶対に他言してはいけないんだ。約束できるかい?」

 赤レンジャーは、誓いの証を求めて小指を立てた。散々大声で機密情報をばらまいた道の上で。スクールゾーンで。

 行徳は小指に代えて答える。

「指切りは、誠意や忠義を示すため小指を切った風習が元で、遊女が客に自分の小指を切って渡していたこともあるってウィキペ」

「ちょっと黙ろうか!! 君はちょっと賢すぎるな!! 賢すぎる嫌いがあるな!!」

 ところで、と行徳はスマートフォンを手にした。

「まだ完全に信用したわけではないので、他のレンジャーの連絡先も教えてください」

 赤レンジャーが取り出したスマートフォンを見て、レンジャー間専用のカッコイイ端末ではなくてわずかに落胆しながら、青レンジャーの連絡先を登録した。

「一応確認ですが、もし僕がレンジャーに入ったら何レンジャーになるんですか?」

「ブラックレンジャーになるだろう! 在籍しているレンジャーは、赤・緑・青・黄・金・銀・クリスタル・ルビー・サファイア・エメラルド・ダイアモンド・パール・プラチナ・ホワイト、次はブラックだ! クールでいいだろう!」

 大所帯なのに尚求人しているレンジャーって一体、というかその中にブレイン要員は一人もいないのかと呆れながら、行徳は防犯ブザーの紐を引いた。けたたましい爆音を上げる卵形を、赤レンジャーの背中側に向かって放り投げる。

 異変を察知した周辺住民がわらわらと集まり赤レンジャーを取り押さえ、警察の到着を見届けた行徳はその場から立ち去った。

 行徳は自宅に着くなり、通話ボタンを押した。

「もしもし青レンジャーさんですか? 僕は赤レンジャーさんからスカウトされた者ですが、彼は子供への声掛け事案で警察のお世話になるので、今日から僕が赤レンジャーになります。赤いスーツを発注しておいてください」

 行徳はお気に入りの色のスーツに身を包んだ自分の手によって、町が平和を謳歌おうかする将来を想像しながら、嬉しくなって友達にも電話をし始めた。

「あのね! すごいおもちゃを手に入れたんだ! 一緒に遊ぶにはちょっと準備が必要だけど、用意が出来たら教えるよ。そしたらまた遊ぼうね!」

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