第4話 至悦

◎期限日(最終日)22:00

タイムリミットまであと2時間。僕らは二週間ぶりにBAR ハニー エル・ドラード にいた。最後の1枚はここで撮りたかった。カウンターに並んで座ってミカさんとの2ショットを自撮りする。10,000pt 達成記念 だ。

カシャッ

「ラストの1枚、送るよ」

マスターを含めた三人で顔を見合わせて、AI-金庫にスマホを向けて送信ボタンを押す。

メッセージ音がなってケイタイが光った。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

【ご登録を承認いたしました。現在 10,000pt-解錠充填残 0pt】


>・>(しばらくアプリのチェック音)・・


■期限内有効 承認完了

■解錠条件 コンプリート

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

■解錠コマンド Authorization

■解錠しますか?

( YES ) ↪Enter or cancel

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


とうとうヤッタんだ。

震える指に力を込めて(Enter)をタップ。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

解錠コマンド ALL CREAR

【解錠します】

ご利用ありがとうございました

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


ジッ、ジッジ、ガチャリ。


重々しい音とともにAI-金庫の前面扉が自動的に開いた。

「おめでとうございます。新たな制覇者様の誕生です。」

とマスターが笑顔で拍手しながら健闘を称える。

「ヤったわね。よく頑張ったわ。」

ミカさんが右耳に囁いて首すじに優しくKISSしてくれた。

「さあ、お作りしましょうか!?究極のハニー・アルカディア」

「お願いします。」

いろいろあったが、ヘタレの僕がよくやった。今日ばかりは自分を褒めてあげたい。勝利の美酒だ。

マスターはおもむろに真っ白な手袋を両手にはめると儀式でも執り行うかのように厳かな振る舞いでAI-金庫から黄金百花蜜のアンプル1本と金色のカードを取り出し、レシピに従った。アンプルの蓋を折った瞬間、まるで黄金百花蜜の結界が張られたように貸し切り状態の店内が強い甘美な香りで包まれる。陶酔したように無駄のない手さばき、綺麗なシェイキングの一連の動きに魔法にでもかけられたかのように見とれてしまう。

「お待たせしました。究極のカクテル 【ハニー・アルカディア(Honey Arcadia =最愛の理想郷)】でございます。」


ハニー・アルカディアは黄金の台座に乗せられ、手を添える部分に金色のカードが差し込めるように工夫された特別なカクテルグラスに注がれていた。先ほどとは違った何とも言えない甘い香りが鼻を刺激し、これまでの緊張を解き放ってくれる。僕はマスターとミカさんを交互に見てうなずくと、もう一度マスターの目を見てゆっくりと一口含んでみた。一瞬で全身が燃えるように熱くなったかと思うと強烈なハチミツの甘さに襲われた。(うっ、熱い、なんだこれ)それがおさまると一気に草原のようなさわやかなリキュールが後味を別物に変えた。2つの国を同時に旅しているような感覚とでもいうのだろうか。酒というより何かの症状を抑える子供用薬のシロップのような液体で、僕にはお世辞にもおいしいとは言えなかった。

金色のカードを手に取ってみる。変化はない。センターに人差し指を差し込み上下にゆっくりと開いてみる。レシピとばかり思っていたが、そこにはたった1行

― Where is your El Dorado?Feel it.(君のエル・ドラードはどこにある?感じてみて。)―

とだけ書かれていた。

メッセージの通り目を瞑って前回のあの子と行った頑強な太いチェーンが幾重にもかけられた鋼鉄の大きな観音扉をイメージする。

「・・・変わったことは・・・起きないんだけど・・・」

「まあ、そうあわてずに。古来より伝説になったエル・ドラードへのチケットなのですから味わって時をお楽しみください。きっと何かが見えてくるはずです」

「作用するまでには時間がかかるってことですね。じゃ、その間に聞きたいことがあるんだけど」

「はい、私でわかることでしたら。」

「僕より前に金庫を開けた人たちは今何をしているの?以前あれだけネットで話題になったお店に関することなのに、調べても書き込みはおろか解錠者の手掛かりになりそうなコメントは一切出てこないんだ。みんな、生活が一変されたって。」

「はい。お話ししました。その通り、 みな様、人生180度変わられたんです。多くの探検家が命を懸けても探せなかったのですからエル・ドラードに辿り着くにはそれなりの代償は必要なものです。それゆえに当店では解錠に成功された方々に敬意を表して「制覇者様」とお呼びしております。それでは制覇者様の「今」をお話ししましょう。


まずは政治家の制覇者様から。『日本の未来を変えたい』という情熱をもってチャレンジしたとばかり聞いていたのですが、本音は愛人にいいところを見せたいがための一興だとしか思っていなかったようです。写真のポイント蓄積を後援会のアルバイトに指示して人海戦術で解錠条件を満たしました。すべて人任せにして自らは一切苦労することがなかった政治家の制覇者様は、AI-金庫の解錠日に前祝といって高級クラブを二軒はしごして愛人とアフターがてらにおみえになりご機嫌でしたが、せっかくのハニー・アルカディアを味もわからぬうちにリバースしてしまい、愛人には愛想をつかされ、他力に頼った代償として数日後のパーティー会場で以前ご自分の悪事、闇献金疑惑が発覚した時に責任をとらせた第1秘書に体中を刺されてなんとか一命は取り留めましたが現在もなお寝たきりの生活を余儀なくさせらています。当然議員としての生命を断たれ、金の切れ目が縁の切れ目のごとく潮が引くように取り巻きはいなくなり、身の回りの世話をしてくれる者は誰もいません。

パイロットの制覇者様は、乗客のプライバシーを世界中で盗み撮りしてポイントをクリアしましたが、他人のプライベート写真を撮ることが止めることのできない趣味となってしまわれ、盗撮、ストーカー行為と一線を越えてしまわれました。その代償に犯罪者となって警察に。今は何もない空っぽの独房に閉じ込められて頭の中でエル・ドラードの夢を見続けています。

弁護士の制覇者様は、レアな写真がポイントが高いと思い込んで事件現場の写真、現場検証の写真、撮影禁止の法廷や証拠品を隠し撮りしてポイントを稼ぎました。解錠後、運転中に考え事をしていて交通事故を起こしてしまい訴訟を起こされたり、自分の不倫を妻が頼んだ探偵にスクープされ週刊誌でたたかれてしまいました。そして地位も名誉も失って精神に異常をきたしてしまった。

アパレル会社の女性社長だった制覇者様は、女性社員に自社の商品を次々に試着させ、まるでファッション誌のような写真でポイントを攻略なさいましたが、新品として売れなくなった商品や使用済みの下着までを高級コールガールクラブに高額で売りさばき、クラブの背後あった暴力団に目をつけられて会社を乗っ取られてしまいました。今は構成員幹部の娼婦として性病に悩まされながら毎日辱めを受けています。

医師の制覇者様は・・・」

ここまで流暢に話を続けていたマスターの口が急に重くなった。

「医師はどうなったんです?」

マスターはしばらく腕組みをして難しい表情をしたが意を決したように話し出した。

「この医師は典型的なロリコンでした。自分の快楽のためだけに少女と暮らせる安住の地をエル・ドラードに求めて解錠されました。入院中の少女を自宅で監禁し、コスプレをさせたり、喜怒哀楽の表情を撮るためにあちこち連れまわし、時には自分の子供のように、時には年の離れた兄妹のように、そして時には彼女として性行為までを強要して、病弱な彼女の体に負担をかけ続けました。

少女は何度も逃げ出そうと試みますがそのたびに拷問されてとうとう息絶えてしまったようです。

手には医師がインターネットから見つけてプリントアウトされたと思われるアルカディアの写真をしっかりと握りしめて。」


・・・。


「事の重大さに気づいた医師は、すべてを捨てて海外に逃避行しましたが、人間の本質はそうそう変えられるものではありません。逃亡先で出会った少女に同じことをして、助けに来た父親に銃で撃たれて即死でした。

日本で監禁されていたあの可哀そうな少女は、のちの警察の捜査で身元不明の変死体として共同墓地に葬られたそうです。」

「じゃ、人生をプラスに変えた解錠者はいないじゃないですか!!それに今さら代償って、何なんだ」

「そんなことはありません。お一人を除いては。唯一のプラスを勝ち得た制覇者様こそが そこにいらっしゃる女医のミカ様です。」

「えええ~っ!!」

(そんなー)ミカさんを見据える。

「じゃ、キミはポイントの基準も、撮り方もある程度わかっていたんだな(怒)なんで教えてくれなかったんだ。」

「私のヤり方ではあの子は見つからなかった。。。だからあなたのやり方に懸けたのよ。それもダメだったけど。でも、さっきの話でわかったわ。やっぱりあの子はあの医師の・・・犠牲者だった・・・」

「すみません。 ミカ様にお写真をご提供いただいた時、当然気づいておりました。罪を犯したのは医師とはいえ、AI-金庫の解錠が何らかの助長となったことは否めませんでしたので言えなかったのです。」

「死んでる?! じゃ、ユイは?

あの子は エル・ドラードでユイになる子なんだーーー!!」

「エル・ドラードは誰もの潜在意識の奥深くにあるものなのです。当店のカクテルが気付け薬の作用となってその潜在意識への脳内シナプスをつないでくれるだけです。あなたのご覧になったというユイさんは、ミカ様がご提供された写真と紐づけてあなたが作り出した理想の女性。あなたの中にしか存在しないのです。

制覇者である外科医のミカ様は、医療に携わり人の命を懸命にお救いになる傍ら、休憩時間を惜しんで赤ちゃんにおっぱいを授乳するやさしい母親、子供に自転車の乗り方を教える父親、屋上で風船バレーを楽しむ患者さんの笑顔、老人をいたわる介護士、入院患者のベッドの上で催された誕生会の情景、家族の死に泣きじゃくる子を抱きしめる看護師さんなど愛情あふれる写真ばかりでクリアされました。

姪っ子様のことはお気の毒でしたが、今では女性医師会の若き理事長としてTOPに抜擢され順風満帆でいらっしゃいます。」

一瞬、マスターの顔つきが変わったように見えた。

「一方、あなた様は、他人の不幸の写真ばかりではありませんか。そればかりかスキャニングした他人の写真や連写・動画でラクをしてポイントを稼ごうとしたり、AIの評価基準が人の不幸の大きさと勘違いなされました。地下鉄の駅の階段を踏みはずして大怪我をしてしまった女子高生。覚えていますよね。なぜ助けなかったのですか?後日、新聞の投稿欄で知ったのですが、あの子は受験で急いでいたのに怪我をして会場に行けませんでした。DVの父親から虐待を受けていたようで、全寮制の学校を受験しようとしたのは最悪な環境から脱する最後のチャンスだったそうです。『助けてください。贅沢は言いません。普通の生活ができる施設か養子を探している方を誰か紹介してください。』という内容でした。

少なくとも現場に居合わせたあなたが転びかけた時に救いの手を差し伸べていればあの子の人生は大きく開けたかもしれません。写真なら助けた後でもよろしかったのではないでしょうか。

あの写真のポイントが高かったのは、小さくではありましたが背景となった出入り口の空に左羽を怪我した子鳥をかばいながら羽ばたく親鳥の懸命な姿が偶然映っていたからです。他の写真もみなあなた様が気付かないうちに画角のどこかに同様な愛情あふれる事象が偶然重なって写され、高ポイントとなったのです。」

(知らなかった・・・)涙があふれてきた。止まらない。

「そもそも人間に作られた発展途上の AI が他人の不幸を喜ぶとは想像しにくい。普通、冷静に考えればそれくらいわかることです。あなた様はご自身で作り出したユイさんの呪縛にとらわれ、大きなポイントで効率よく貯めることに目がくらんで都合の良い解釈をしてしまったのです。」


そこまで聞いて

(あれ?おかしい)

酔いが回ってきたのだろうか、なんだかめまいのような感覚がある。

言葉がモヤモヤと聞こえ始める。

と、カードに変化が現れたっ!

そこにはエル・ドラードではなく真っ黒な背景の中に一筋の光が見えている。トンネルのようだ。入口?あそこに行かなきゃ。あそこに行けばきっとユイに会える。


☽☆☼

半年後、僕は病院にいた。

あの時のことは何も思い出せない。

ただ、あれ以来少しずつ 少しずつ 視界が狭くなって、医者の診断では『あと数ヶ月で完全に見えなくなってしまうだろう』とのことだ。ユイも、あの子も、ミカさんも、もう想像することしかできなくなる。僕が描いていたエル・ドラードは闇の中の幻想でしかなかった。


☽☆☼

月日は止まることなく流れ続けます。店内にはフォーレの「レクイエム」が静かに流れていた。客は一人。ミカさんがいつもの席に座って マティーニの中のチェリーをころがしている。

この日は、奇しくも姪っ子さんのご遺体が発見されたのと、あの方が運命を変えてしまわれた同じ日。ミカさんは白と青の薔薇を2本だけ手向けに、年に1度だけこの店を訪れるようになった。花言葉は「純潔の少女時代」と「神の祝福」だ。

「もう3年になりますか。他人を犠牲にして人の不幸を見守り続けることで制覇者となられたあの方は、視神経に障害が起こって視野が狭くなる緑内障を患われました。まるで人の不幸が見えないように自ら自分の目を閉ざしてしまわれるかのように。

一見、代償と思える出来事がエル・ドラードからの啓示だったのか偶然なのか私にはわかりません。自分の犯してしまった罪や過ちを自身で懺悔する先にこそエル・ドラードは訪れるのかもしれません。」


5.1chのスピーカーからショパンの「別れの曲」が流れ出す。

「ところで ミカ様のエル・ドラードは見つかったのでしょうか」

「そうね、私の理想はあの子のような弱い人間が苦しまないでいられる病気に負けない世界。そこではみんな仲良く笑って暮らしているの。でもそんなの絵空事に過ぎなかったわ。病気に勝つには人間そのものを強く進化させること。

エル・ドラードにはラボがあった。様々な人種の男女を無理やり同系交配、異系交配、異種交配、近親交配させてDNA(遺伝子)の変異や進化を見るの。中には獣に女を襲わせてキメラ化された人間を生ませたり。。。ヒドイものよ。そこには愛のかけらなんてものもあるわけもなく、人間をモルモットにした実験の繰り返し。ラボの裏には用済みの実験体として捨てられた死体の山があったわ。まるでゴミのように扱われてね。

結局、最後に残されたのはAIに作られたサイボーグだった。サイボーグは何も目的を持たず働く必要もないから、ただただ動かず並んで立っているだけの静寂の世界。これが私の潜在意識の中にあるエル・ドラード(理想郷の答え)だった。

笑えるでしょ。所詮人間は死ぬために生きているのよ。頭では勝つことができたとしても肉体的にはAIロボットには勝てない。これまでどんなに頑張っても病院で救えなかった人が大勢いたわ。そう、見殺しにしたのと同じ。きっとそのツケが回ってきたのね。AI は騙せても神様は騙せなかったみたい。」


・・・因果応報。他人の 不幸 は 蜜の味。

BAR ハニー エル・ドラードのハニーは幸福の蜜だったのでしょうか?それとも不幸の蜜だったのでしょうか?BAR ハニー エル・ドラードは今夜もどこかの街の路地裏でAI-金庫を相棒にひっそりと営業を続けているようです。

あなただけのエル・ドラードの入り口は意外と近いところにあるのかもしれません。


― 完 ―

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AI 金庫の贈り物 ~BAR ハニー エル・ドラード編~ 神月 無弐 @kamizuki-muni

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