第3話 星は月の傍で光り輝く
「星ちゃんの声って、本当にカラフルな色」
「だからさ、カラフルってなんだよっていつも聞いてんじゃん? せっかく、色が見えてるのに例えられないって悲しいよな。
覚えてる? 病院のおじいちゃん先生、赤はりんごの色ですって教えてくれたけど、まず第一に、りんごの色がわかんないっての」
「あの世代は、色に名前が付いてるのが当たり前だったし。世界には例えられるものが沢山あったんでしょ? 良いよなあ」
「月乃の説明聞いてる限りじゃあ、色のある世界なんて、ごちゃごちゃしてて嫌だね。俺は今のままで良いよ」
「えー! 私はお兄ちゃんにキラキラしたこの世界を見せたくて、仕方ないんだけど?」
「月乃だけの宝物にしときなさい」
背丈や髪の長さ、そして共感覚以外はまるきりそっくりな
小さい頃からずっと、二人で過ごしてきた。
月乃の特異な性質もあってか、妹を守らねばと数分先に生まれただけの同い年の星太は兄としていつも傍にいた。
それは中学生、高校生と多感な時期を迎えても変わることはなく、二人の絆は更に固くなっていた。
星太は音に色が見える月乃の為に、色んな楽器に手を出しては妹を喜ばせ続けていた。
けれど、月乃が一番喜びカラフル! と歓喜を上げるのは星太の声、歌声であった。
カラフル、鮮やか、それがなんなのか。妹の目にはこの世界はどう映っているのか、気にならなかったことがないと言えば嘘になる。
自分にも世界が彩って見えればどんなに良いか、月乃を妬んだ事も数えきれないほどにあるがそれ以上に、彼女の目から見える世界の話を聞くのが好きだった。
彼女が自分の声の色を好きだ、そう言ってくれることが自慢だった。
ふふふふーん、月乃の鼻歌が風に交じり聞こえてくる、即興の自作の曲だろうか。
ご機嫌そうにリズムをとる姿を、自転車を押しながら微笑ましく見つめる。
「星ちゃん、星ちゃん」
「なんだよ」
「久しぶりに二人乗りしよ」
良いでしょ? そう可愛らしくお願いをすれば答える隙を与えず、素早く自転車の後ろに腰を下ろす。早くね? とジト目で月乃を見るも降ろす気などないのか、「しっかり持ってろよ」と言えば、自転車を漕ぎだす。
「ねえ、星ちゃんが彼女作らないのって私の所為?」
「なに急に、拾い食いでもした?」
「ちっがうわ、ばか。ただ、私は星ちゃんのお兄ちゃんの自由を奪ってるのかなって思っただけ」
「誰になに言われたか知らんけど、好きで俺はお前の兄ちゃんやってんの。
そもそも俺らは、二人で一つだろ? 忘れた? それに月乃が見えてる世界の話し、離れたら毎日聞けなくなんじゃん。嫌だね、そんなの」
「星ちゃんが私のこと、大好きなのはよくわかった。これからはもーっと今以上にカラフルだ! って教えてあげるね」
「いや、もう充分騒がしいから。今以上にとか遠慮するわ」
「星ちゃんのけちんぼ」と背後でぶうたれる妹に煩えと返せば、漕ぐ足に力を入れる。
百面相が得意なのか、月乃はまた鼻歌を歌いだす。つられるように星太も歌声を零せば、「星ちゃんの声綺麗ー!」と声を上げる。
「俺の声ってさ、なにと同じ色してんの?」
「なんで急にそんなこと聞くの? 星ちゃんの声はね、えー、うーん。空とおんなじ色してるよ、星ちゃんの声はあったくてカラフルで空とおんなじ」
「聞いたことないなと思ったから。空って、あの上に広がってる空?」
「うん、そう。あの上に広がってる空、きっと色が溢れてた時代で空が見えたらとっても暖かい色に見えたんだろうなあ、星ちゃんと同じだもん。
あったかいに決まってる。あーあ、見てみたかったな」
「月乃って、割と恥ずかしい事をさらっと言うよな。こういう時だけは他人のフリしたい」
「なんてことだ! でもでも、こんなに月乃と星ちゃんは似てるんだよ? 他人のフリなんて出来ないよ?」
「だろうね、知ってた」
きゃっきゃと笑い声を上げる妹にこいつは……と文句を垂れる。
二人の乗る自転車は向かい風を切るように、悠々と進んで行く。
「え、……ねえ、星ちゃん、空が凄くキラキラしてる」
気配からして、月乃が上を見上げているのがわかる。その声には、不安の色が混じっていることも星太は聞き逃さなかった。
その場で自転者を止め、背後の妹に顔を向ける。
見て、と空を指差す月乃に合わせ上を見る。
そこには、太陽の光に照らされ青くどこまでも青く広い空が、広がっていた。
「月乃は、いつもこんな色を見てんの?」
「そう、そうだよ。凄いね、空の色はこんなに綺麗なんだね。星ちゃんにも、私が見えてた世界が見えて嬉しい」
「本当に綺麗な色だな。ふは、お前の髪の色までわかるぞ」
視線を妹に移せば、生まれた時から一緒にいて全部知っているはずの月乃の『初めて』を見た気がした。
風に靡く栗色の髪は光に照らされ、キラキラと輝いている。
星ちゃんと私は同じ髪の色なんだね、そう笑う妹を見てはクスリと笑みを浮かべる。
「星ちゃん、これからもずっと一緒だからね」
「ばか月乃、そんなの当然だろ」
突風が吹き上げ、空に浮かぶ雲があっという間に流れて行く。
同じように視線を上に戻す二人の姿を、暖かな陽の光が照らす。
また大きな風が辺りに吹き荒れれば、がしゃんと自転車はバランスを崩し、道端に大きな音を立てて倒れる。
そして、月と星のキーホルダーが仲良く寄り添う二人の鞄だけが道に残される。
星太、月乃
最果てに広がる空は何色か 夕崎藤火 @sksh2923
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