新入社員

中田祐三

第1話

「全く最近の若いのはどうしようもねえ!」


「何かあったんですか?天野先輩」


「何かもクソも無いぜ!書類の書き方もわからねえ新入りが増えてんだよ」


「はあ……そうですか」


 机の上に無造作に置かれた書類を見ると、確かにあちこち文章がおかしい妙ちきりんな代物になっている。


 なるほど……これは確かに社外にも上司にも出せないな。


「ったく、これが最近のゆとりってやつか?最低限、本でも読んで正しい表現や文章を覚えろってんだ、しかも指摘すると言い訳する奴もいやがる!こちとら遊びでやってんじゃねえんだ!早く一人前にするために必死こいてやってるってのによ!身の程を知らねえやつらばかりだぜ」


 天野先輩の怒りは止まらない。 確かに先輩の怒りも指摘も正しいものだし、言い訳するにしても、もう少しまともに答えろと言わざるを得ない。


 しかし……だ、


「俺は先輩の意見には百パーセントは賛同出来ませんね」


「ああ?何でだよ?」


 問い返す先輩に、一度深呼吸をして落ち着く。

  

「確かにこの書類はひどいですし、自分も普段なら先輩とは同意見なんですがね、ただ先輩、俺達がいるここは何のために作られたものかお忘れですか?」


 視線を部屋の入り口に向けると、『人材育成課』という表示がされている。


「……仕事の進め方が分からない奴を育成して一人前に育てる……まあ、欲を言えば業界で通用するような人材を輩出するのが目標だな」


「はい……ここは右も左も分からない人間を育て上げる、もちろん俺という人材も含めてね」


「ったく、何が言いたいんだよ?お前の話はいつも長いんだよ」


「ははは……すいません」


 苦笑いで答える。 俺だってまだまだひよっ子だ。


「つまりですね……書類の書き方がなってないくらいで怒鳴りあげて、止めちまえなんて言い切るのは早計じゃないですかねってことを言いたいんですよ」


「おいおい、確かにこの場所は育成を目的にはしているけどよ?最低限の能力や常識ってものがあるだろうが……」


「そういうところも含めて育てていきましょうってことですよ、まあ文章なんてものは書いていけば自然と上がるものですし、書類の形式だってルール化されてるものなんだからつどアドバイスしてやればどんどん良くなっていきます」


 飄々と答えながら必死で次の言葉を紡ぐ。


「まだよちよち歩きの幼児に走ることを覚えてから来いというよりも、しっかりと走り方を教えてやった方が成長は早いじゃないですか、俺だって最初はひどいものでしたし、先輩だって一番最初は思い出せば恥ずかしいことをしてたんじゃないですか?」


 しかし先輩は飽きれ顔で答える。


「お前な……そこまでやるほど俺は暇じゃねえし、それでもやらなかったらどうするんだよ?」


「そんな奴は見捨てればいいんです。淡々と指摘してあげて、良かったところを褒めてあげればやる気のある奴は勝手に伸びてきますよ……それにね」


「それに?」


「一人の人間を育てて、会社……いずれは業界に通用するような人間を育てるっていう先輩達の理想に感動したから俺はここに入ってきたんですから」


「………………」


 先輩は納得していないようだ。


 それも仕方が無い、俺は俺の夢を先輩達の理想に勝手に重ね合わせているのだから多少の齟齬はしょうがないことだ。


「先輩、想像してみてください、沢山の奴らがこの場所にやってくる。まあその中には腹立たしい奴らも来るかもしれません……それこそ最初は愚にもつかない言い訳するような奴がね」


 乾く唇を舌で湿らせて言葉を紡ぐ。


「でもそう言った奴らの中には成長して先輩や俺に良い刺激を与えてくれるのもいるかもしれませんし、もしかしたら俺や先輩がそいつに良い影響を与えることもあるかもしれませんよ?『出会いと出会いは触媒』って言うじゃないですか」


「……お前の話は理想論に過ぎるよ」


 バッサリと切り捨てられても、俺の舌は止まらない。


「理想論、大いに結構……。俺も先輩もいずれ死ぬんです、もしかしたら明日は車に、今日は誰かに殺されるかもしれないですよ?」


 不吉なことを言う俺に先輩が嫌な顔をする。


 でも誰だって今日死ぬとわかって朝に起きる奴はいないのだからしょうがない。


「その中でどれだけこのくだらない世の中に爪跡が残せるか勝負するのも悪くないじゃないですか。それこそ何百人の人間に何がしかの痕跡を残せるならこんな嬉しいことはないですしね……」


「……まあ、ライバルが無駄に増えるだけな気もするがな」


「ははは、コップの中の世界のトップより海の中での三十位の方が俺は嬉しいですから……それに先輩?」


「なんだよ?」


「たとえ海の中だろうと俺はトップを目指しますよ?たとえ天野先輩や他の先輩方が相手でもね……この業界で生きていこうなんて思う奴らなんて、内心自分の作品が一番面白いって思ってるような身の程知らずばかりなんですから、それこそ何度ぶちのめされても……ね」


 そう言って俺は先輩に向かってニヤリと笑ってやった。

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新入社員 中田祐三 @syousetugaki123456

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