第34話 姉の悩み

 暑さが本格的になってきたある日。俺がリビングですずんでいると、向かい側で姉貴が眉根を寄せ、考え込んでいた。俺は少し気になり、訊いた。


「姉貴、何考えてんだ」

「部誌の表紙をどうしようか悩んでるの。絵がまったく思い浮かばなくて……」


 部誌の表紙か。文化祭までは三か月ほどの猶予がある。とはいえ、姉貴は受験生。部誌に割ける時間はあまりない。


「好きなアニメのキャラクターとかは? 商用じゃないんだし著作権は大丈夫だろ」

「それは最初に考えたけど、アニメはあんまり観てないから感情移入しづらいのよ」


 描くときに感情移入する必要ある? 内容とかキャラクターの特徴は調べればおおよそわかるし、知らなくても模写すりゃどうにかなると思うけど。


「それに、私は今年で最後だからオリジナルでいきたいの」


 なるほど。その気持ちは分からなくもない。


「だったら、過去に描いた絵で一番気に入ったやつを表紙にするとか」

「それはいいわね。お気に入りは雄輝の似顔絵なんだけど、それにしようかな」 

「まずはその絵を見せてくれ」


 俺の似顔絵はやめてもらいたい。てか、似顔絵はオリジナルじゃないと思う。

 姉貴は鞄からピンク色のノートを取り出した。ちょっと待て。それ見たことあんぞ。


「姉貴……そのノートはなんだ」

「あれ? 前に言わなかった? 一年生のときから使ってたノートよ。雄輝拾ってくれたでしょ?」


 ああ、拾ったよ。小便小僧とダビデ像がたくさん描かれていたのを鮮明に覚えている。まさかここで取り出すとは……。

 姉貴はページをめくり目を通していく。ダビデ像の顔を俺にしてるとかはねぇよな。マジで不安だわ。

 

「あった。これ、二年前に描いた絵なんだけど」


 姉貴はそう言って、そのページを俺に見せた。似顔絵というよりは肖像画に近い。すぐに俺だと分かる。


「ほかにお気に入りないのか?」

「あるにはあるけど、しょ……小説には合わないのよねぇ」


 なんだ今の。だいたい察したけど……。否定するわけではないが、あんなもん表紙にしたら文芸部のイメージが崩れるぞ。いや、それ以前に却下されるか。

 ううむ。ここ最近は『洗脳』の『せ』の字も言わないからすっかり忘れていたが、姉貴の思考はやはり一般人と違うようだ。

 つーか、なんで俺の絵が小便小僧とダビデ像に紛れ込んでんだよ。描くならほかのノートに描けよ。


「雄輝、どうしたの? 顔つき険しいけど」

「いや、なんでもない」


 表情に出てたのか。と、俺はふいに、何体ものダビデ像に囲まれている状況を思い浮かべてしまった。

 暑さも原因にあるだろうが、ノートの影響が大きい。それデ○ノートじゃないよな。「○月×㈰ ダビデ像の幻覚に襲われて死亡」……もはや地獄絵図。

 俺は洗面台に直行して顔に水をかけ、深呼吸してリビングに戻った。余計な事を考えないようにしないと。姉貴が心配そうに見てくるので、俺は適当に取りつくろう。


「ホント、どうしようかしら」

「バックナンバーは? それ参考にすればどうにかなるんじゃねぇの?」


 俺が提案すると、姉貴は「そういえば」と視線を上に向ける。


「バックナンバーは部屋にあるわ。ちょっと取ってくる」


 姉貴はノートをテーブルに置いたまま、リビングを後にした。俺はそっとテーブルに向かう。音をたてないよう、慎重にページをめくる。

 女性の彫像もいくつかえがかれており、どうやらアレが好きというわけではなさそうだ。何とは言わない。

 しかし、なぜ彫像ばかり描いているのかが分からない。姉貴は彫像マニアなのか? 


「雄輝」


 ハッとして声の方を向くと、姉貴が冊子を持って俺を凝視していた。来るのが早すぎる。


「中身……見たのね」

「あ、いや。これはだな……」

「いいわよ別に。私が置いていったのが原因だし」


 てっきり怒ると思っていたので、姉貴の反応は意外だった。


「少し訊きたいんだけどさ。なんで彫像ばっかり描いてんだこれ」


 俺はノートを指差して言った。姉貴は少し考えてから答えた。


「モデルの代わりね。本当は人がいいんだけど、同じポーズを長時間取ってもらうのは申し訳ないから」

「だったら写真でも撮りゃいいじゃんか」

「それはそうなんだけど、裸体を撮るのはお互い恥ずかしいじゃない」

「……はい?」


 裸体? 何言っちゃってんのこの人。


「もしかして、彫像をモデルの代わりにしたのは……アレか? 描きたかったのか」


 かなり言葉を濁したが、姉貴なら容易に察するだろう。


「それは黙秘権を行使するわ。まあ、強いて言うならリアリティーを出したかったからよ」


 黙秘権の意味知ってる? 


「……そうか」

「そうだ。部誌だけに表紙を武士にするのもいいわね」

「もう好きにしてくれ」


 姉貴に付き合うのも馬鹿馬鹿しくなり、俺はリビングを離れた。やっぱり姉貴は普通じゃなかった。



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姉と妹と幼なじみに溺愛された俺の日常 田中勇道 @yudoutanaka

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