第1章 勇者と魔王

1-1勇者と魔王

「ここは……学校?」


黒い渦に飲み込まれてから、数分。普人ひろとにとっては永遠のように感じた時間は終わり、光の眩しさに目を押さえる。

数瞬して、目の前の映像が流れ込んでくる。白と水色を基調としたスライド式のドア。上には小さい小窓が付いている。視線を横に移せば、長い廊下がかなり先まで続いている。

間違いなくここが学校であることを、普人は認識する。同時に、普段通っていた場所とも違うことを確認する。全体的に綺麗で新しいこと、廊下の壁面や上の電球が見たことない形をしていること。

……そして何より、中を確認することは出来ないが、教室内から爆発音が鳴り響いていることが普人の脳内に警報を知らせていた。上手く聞き取ることは出来ないが、「死ねー」「消し飛べ!」といった一生の間で一回も聞かないような罵声が飛び交っている。


『ここは間違いなく、君が言うところの異世界だよ』

「うわあ!?」


どこからともなく聞こえてきた言葉に、普人は驚き周りを確認する。しかし、誰もいない。


「今ちょっと手が離せなくてね、君の脳内に直接話しかけているんだ。いわゆる、テレパシーというやつだね」


神様の言葉に、普人は辟易すると同時に納得もする。相変わらずのぶっ飛んだ状況ではあるが、"神様だから"という言葉で自身の脳内を騙していた。


「あの、ここは異世界で間違い無いんですよね」

『もちろん、君が住んでいた地球とは別次元の場所だ』


一縷の望みもないことはわかっていながら、普人は確認した。神様は即答した。

異世界という場所の割に、多少の違和感を除けば概ね地球の光景と変わらない。普人の中にあった異世界に対する凄絶なイメージとは離れたものだった。


『君にはここ、1年4組に転入してもらう。今から先生が君を呼ぶから、呼ばれたら中に入って自己紹介でもしてくれ』


ということは、今は朝のホームルームをやっているのか。普人は考えて、青ざめる。中から聞こえる音声は罵詈雑言と戦争中のような音ばかりで、静かな空間で先生による事務連絡が聞こえることはなかった。

普人の足が震え始めたところで、教室内の音が止む。


「今から転校生紹介するからな。静かにしてろよ。よし、入ってきていいぞー」


先生と思わしき女性の声が届く。

覚悟を決め、普人は教室のドアを開いた。

教室内は地球と同じく机があり、椅子があり、黒板があった。白と水色の教室は少し派手な色合いではあるが、そこまで違和感はない。

問題は教室内の生徒たちだ。自身の身長ほどもある大剣を背負った人や、頭からツノが生えている人がいる。格好も様々で、修道服のようなものを着ている人もいれば、ほとんど裸の人もいる。

本当に異世界に来てしまったことを認識して、普人の身体は強張る。


「まあ、そんな緊張しないで。適当にやんなよ」

「あ、ありがとうございます」


先生に言われて、普人は先生の方を向く。

そして、気付く。

あの時見たほどの神々しさはない。身体の周りに浮遊していた光もない。だが、長く白い髪に膨よかな胸。ついさっきまで会っていた……神様。


「おい、かみさ……」

「まあまあ、まずは自己紹介からだ」


文句の一つでも言おうとした普人を制して、神様は自己紹介を促す。普人はしぶしぶといった様子で、生徒の方を見た。


「えっと、中平普人といいます。よろしくお願いします」


言って普人は軽く頭を下げる。そして、頭を上げようとした際、頭の上を光線のようなものが通る。

ドガンッという音が教室内に響く。


「ちっ、外したか」


教室の後方から舌打ちが聞こえてくる。

普人は全身に冷や汗をかきながら、機械のようにゆっくりと頭を上げる。


「おいおい、そういうことしちゃダメだぞー」

「いや、何か弱そうだったから」


軽く注意する神様に後方の少女は、反省する様子もなく答える。

小顔で顔ほどの長さの金髪に大きい目。小さい体躯は幼さを感じるが、それよりも頭に生えた禍々しい二本のツノがかなり特徴的な少女。

教室内でも恐れている人がいる中で、一人の少年が立ち上がる。


「何でそういうことをするんだ!これだから魔族は嫌いなんだ。凶暴で協調の心がない」


ツンツンの赤髪に、背中に背負った大剣が重たそうな少年は立ち上がり、少女に不満を述べる。


「凶暴なのは、どっちだ。お前ら勇者が、私のパパを殺したんだ!」


言うと、少女は勢いよく右手を前にかざす。瞬間、直径一メートル程度の黒い光線が放たれる。


「爆裂剣!」


少年は背負っていた剣を抜くと、鋭く振り抜く。振り抜いた剣の前方で空気が密集し、爆発する。少女の光線とぶつかり、特大の爆発音が響く。

他の生徒は既に教室の隅に移動していて、爆発に巻き込まれることはなかった。そしてどういうわけか、爆発後の教室は一切の傷もなく先程までと同じきれいな教室のままだった。


「お前は許さない。パパの仇だ!」

「俺の父だって、魔族に殺された。恨みがあるのは俺だって同じだ」

「死ね!」


少女はもう一度、右手をかざす。少年も剣を構えた。

普人は立ち竦んでいた。目の前に命の危険がある状況に、動くことが出来なかった。


「普人、止めてきなよ」


神様が普人の背中を強く押す。教室の中央に足が動く。光線と剣技がぶつかる直線上に普人は立った。


「あっ、死んだ」


普人が喋り終わる前に、両方の技が普人の身体にぶつかる。普人は目を閉じた。

……数秒して、普人は目を開く。先ほど聞こえた爆発音が聞こえない。そして何より、普人の身体には傷一つついていなかった。


「はいはい、もういいだろ?お前らも喧嘩はその辺にしときな。朝のホームルームは終わりだ。次の授業の準備しとけよー」


手を叩いて言うと、神様は教室を出て行った。ぞろぞろと皆自身の席に戻っていく。

普人は神様の後を追うように、教室を後にした。

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異世界学園ラブコメ-王女も勇者もエルフも全部盛り- @blackkanade14

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