ある雨の日
真澄透明
縁側にて
苔生す石庭を望む縁側に、二人の男が座っていた。不思議にも彼らは決して目を合わせなかった。二人は真っすぐ前を見ていた。空には雲が垂れ、彼らの表情にも影が差した。そして、天から、一滴の水が庭に落ちてきた。
「お父さん。雨ですね」
生真面目な白いシャツの青年が呟いた。だが、呼びかけられた初老の男は答えない。
雨足は強くなり、雨の匂いとともに微小な雨粒が縁側に入り込んできた。
縁側は、闇と水の気配に覆われる。
「お父さん。戻られないのですか」
正座を崩した青年が、再び呟いた。
やはり男は答えない。
石庭には、雨粒が集まって流れをつくっていた。
「……お父さん、お気をつけて」
青年は立ち上がると、ついに男と目をあわせずに硝子戸を開けて部屋に戻った。
そこでは、医者が患者の脈を測っていた。布団の周りを家族が取り囲んでいる。
青年は、おもむろに振りむいて縁側を見た。
そこに人影はなかった。
そのとき、青年は、石庭で何かが動いた気がした。それは黒い魚のように思えた。青年はその魚を逃がしてはならない衝動に駆られたが、身体は石像のように重く、動けなかった。
やがて、魚は雨の滝を上ってゆく。青年は身を震わす焦りと金縛りの狭間で夢を見ているような気持ちになった。
ついに魚が見えなくなると、唐突に身体の縛りが解け、それまで力んでいた反動で、青年は雨の小川に倒れ込んだ。
仰向けになると胸まで雨水に浸かった。青年は、雨に身を任せるように、しばらくそのまま寝転がっていた。
気がつくと、雨は弱まり、天から光の梯子が下りてきていた。青年は水滴のついた眼鏡を外して、ぼやけた像の空を見た。
すると、光の筋のなかを、魚が泳いでいるような気がした。徐々に雲の切れ間は広がり、やがて頭上に蒼穹が現れた。
青い空に雲は流れ、時は変わらず流れ続ける。
ある雨の日 真澄透明 @MasumiSuke
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