つまらない相関図
@seikamorinaga3
つまらない相関図
とある大学の図書館、二階には簡素だがそれでいてシックな印象をもたせる机とソファが二対設置されている。楕円形の背の低いテーブルには大抵の場合ペットボトル入りのお茶が置かれることが多いが、今日はなにもないまっさらなままでそこにただ存在している。足が木製になっていて布地がピンと張ったソファには大抵誰かが寝転がっているのだが、今日は二人の男子生徒が、一人一冊の本とにらめっこ状態で向かい合うようにして座っていた。
片方の生徒は、とてもラフな格好をしてゆったりとソファにもたれかかる。手の中にあるのは、「村上春樹」。迫真に迫る真剣な表情で一頁一頁読み込んでいる。向かいに座るもうひとりは、何やら新書版の本を流し読みしているようだ。こちらはそれほど真剣な様子でもないようだが、本は読み慣れているようだ。この二人の生徒を今後は「村上」「新書」と呼ばせていただく。
彼らはどうやら、授業間の暇な時間を潰す目的をもってこの場所へ流れ着いた。友人同士である、もっと言えば更にその先の(こんな俗な言い方もどうかと思うが)親友と呼べる間柄であることは、彼らが無駄に口を利かないことからありありと判別できる。
村上が、自らの外套から今テレビCMなどで話題の最新機種のスマートフォンを取り出し立ち上がった。時刻は十六時二十分。そろそろ五時限目が始まるようだ。村上の動きを視界の橋で捉えたのか、呼応するように新書も立ち上がろうとした。
その際、新書はその耳に付いたBOSE制のBluetoothイヤホンを取り外そうとした。その動きを逃すことなく、村上が小声で話しかけた。
「ヤケ?」
新書は村上の言葉が聞き取れなかったのか、とぼけたような表情でそのまま立ち上がりイヤホンを外した。村上は、そのイヤホンがケースにしまわれるすんでの所でそれを指さしてもう一度、詳しく言った。
「それ、ヤケなの?」
今度は新書も聞き取れたようで、少しだけ苦い顔をした。
イヤホンがしまい終わったのを確認した村上は歩き出し、新書もその後に続いた。
「ヤケってなんだい?」
新書は、あえてなのか、それとも素のままなのかヤケという言葉の意味を更に詳しく求めた。二人が授業のある教室に向かい階段を上がっている最中だった。新書の履く革靴のおかげで、こつんこつんと階段を踏みしめる音が気持ちいい。
「そのイヤホン、ヤケ買いなのかって話だろう?君のその高価なイヤホンだよ。」
村上は、どうしてもそこまでしか言わない。新書はどうやら困ってしまったようだ。しかし意味は伝わったらしく、
「ああ。」
と、ため息なのか返事なのかよくわからない声を漏らした。
「そういうものに限って、長く付き合うことになるんだよなあ。」
村上は言った。二人の間に、また新書に、はたまた村上に何が起きたのか、第三者には何もわからない。しかし、その不明であるということ自体がこの言葉少なな励ましの言葉の本質を表している。この話題の重要性を表している。
二人は、それぞれの目的地に向かうための分かれ道に当たった。先程の村上の言葉以降、今までと同じように、二人は無言だった。だけれども、二人の間には「話題が終わった」という認識は不思議と起こっていない。不思議と共通認識を持つことが、彼らにとっては自然だった。
「私もまた、他の人と同じようにまた恋をし、恋人を作って…」
突如として新書が口を開いた。廊下が三叉に分かれた場所、二人の分かれ道でお互いに背を向けてあるき出そうとしたところである。まさにその時である。
「…その恋人を故意ではなくとも傷つけたり、または幸せにしたりするのでしょうか。」
不安そうな顔で背中を向かたまま足を止め耳を貸す村上は、それほど悩む様子もなく程なくして振り返りざまにこう言った。
「よくわからないが…お前に恋人が出来ようが出来まいが、俺に恋人が出来ようが出来まいが、俺はお前とこうして過ごしていたいと思うよ。また…」
「もういい。君とは、長い付き合いになりそうだ。」
新書は、さほど喜ぶでもなく茶化すわけでもなく。村上もくすりとも笑わず。うむ。確かに、長い付き合いになりそうだ。
つまらない相関図 @seikamorinaga3
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