場外編:喧騒と事態

 旧い年代のロックバンドの歌を、ヘッドホンで昼寝しながら聴いていたところを、商店街の喧騒で邪魔されて、不機嫌になった夕野ゆうのは、静かに身体を起こしたが、もう少しだけ前時代的なグルーヴに浸っていたくて、ふたたびヘッドホンを両耳に押し付けた。しかし複数台のものと思われる救急車のサイレンによって、ここの商店街だとほぼ先例のない事件が起きたことを認識し、ことの深刻さを自覚して、彼女はヘッドホンを片耳だけ取り外さないまま、窓を開けるのだった。

 火も煙もなかった。しかしストレッチャーが見えた。怪我人がストレッチャーで運ばれているのだ。


 通り魔だった。夕方のニュースは全国ネットで夕野の商店街の事件を伝えた。短い髪の少年がローラースケートで商店街を走り回り、なにか鈍器のようなもので人々の胴体をえぐるように撲っていった。肉屋のオバサンがインタビューに答える。『犯人の子どもは善良そうな表情で悪事を行うようには見えない。まだ中学に上がったばかりかもしれないのに』――そういった主旨のことを身振り手振りをまじえて喚く。そんなテレビニュースの映像を、弟とコロッケうどんを食べながら観る。じぶんの弟の顔を見る。ただちに弟は不機嫌な表情になる。詰め襟が窮屈そうに見えて夕野はかわいそうに思った。


 アニメ番組が始まったと思ったら、すぐにニューススタジオに画面が切り替わった。チャンネルを回してみると、どこも臨時ニュース速報のような体制である。

『ウェスト・サイドの公園で魔法少女が何者かに連れ去られた』

 それって誘拐じゃないのと口に出しそうになるのをすんでのところでこらえた。しかしつぎに飛び込んできた情報のインパクトは、誘拐という事件の本質を凌駕するものだった。魔法少女が誘拐された公園は、通り魔事件が起こった夕野の商店街の出口につながっているのだ。

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魔法少女と大時計 ばふちん @bakhtin1988

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