第2話怪盗との約束
白い額に浮かぶ脂汗を手の甲でぬぐい、黒蜥蜴と名乗る美女は僕に語りかける。
「もうすぐ、もうすぐ、黒い軍服の男があらわれる。そこの大きな布をかけて、あたしを隠しておくれ。そして、ここには誰もいないってその軍人にいってほしい。後生だよ、坊や。あたしを助けてくれ」
涙目で黒ずくめの怪盗は懇願する。
痛む足をおさえ、ガラクタとゴミの中に埋もれている。飛び抜けた美貌のため、その姿はあわれであった。
泥だらけの大きな布を引きずり、黒蜥蜴におおい被せた。布越しにありがとうよ、というくぐもった声がきこえた。
そのすぐ後だった。
カツン。
カツンカツン。
カツンカツンカツン。
軍靴の高い音が響き、こちらに何者かがやってくる。
気がつくとその軍人が目の前に立っていた。
僕は仰ぎ見る。
夜になったのかと思った。だが、それは勘違いだった。男の軍服があまりにも黒かったため、そのように思ったのだ。
夜の闇をきりとり、染め上げたのではないかと連想させるほど、男の軍服は黒かった。
軍人の腰には赤い鞘の日本刀がぶらさがっていた。
軍帽のつばに手をあて、その男は僕の顔をじっと見ている。
「少年、この辺りに足を怪我した黒ずくめの女がいなかったか」
ときいた。
僕は首を左右にふり、否定した。
「本当に見ていないのか」
軍人の瞳が不気味に紫色に輝いた。
キラキラと宝石のような光を放っている。
嘘をいってはいけない。
正直にはなすんだ。
心の奥底でそんな声がわきおこる。
嘘をつくのは悪いことだ。
話してしまいたい。
軍人の紫色の瞳には、そんな魔力のようなものがあった。
悪を見逃さない力ある正義。
そんなものが、その瞳にはやどっている気がした。
この軍人に話してしまえば、どんなに楽になるのだろうか。
正義あるものの前で悪を行うのはどれほどの蛮勇がいるのだろうか。
あな女の涙でにじむ顔が頭をよぎる。
あの人は僕しか頼るものがない、かわいそうなひとだ。
ひとりぼっちだ。
僕と同じだ。
ぐっと拳をにぎり、僕は言った。
「知らない……」
どうにか、その四文字を吐き出した。
言葉を発するのにこれほど力か必要だとは思わなかった。
軍帽をかぶりなおし、ふっと軍人は微笑を浮かべた。
「いいだろう、今回は見逃そう。あまり、悪さはするなよ」
軽快にきびすを返し、軍靴の音も高らかに軍人は立ち去っていった。
知らぬ間に僕は地面にしゃがみこんでいた。
軍靴の響きが完全に聞こえなくなると、震える体を支えながらどうにかして立ち上がった。
被せていた大きな布をはがす。
じっとりと汗でにじんだ顔に満面の笑みを浮かべ、黒蜥蜴はありがとうと言った。
這うように僕にすりより、抱きついた。
甘い、いい香りが鼻腔をくすぐる。
柔らかな肉がどうにも体の奥底のなかのよくわからないものをゆさぶり、体の体温を高める。
心地よいその感触に身を委ねていた。
「坊や、もう一つお願いだ。ある所まで運んでくれないか」
女盗賊からもたらせるえもいわれない快楽に僕は拒絶することができず、頷いた。
首に彼女の長い腕をかけ、ゆっくりと彼女を立ち上がらせた。
不義の子 鬼の啼き声外伝 白鷺雨月 @sirasagiugethu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不義の子 鬼の啼き声外伝の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます