エピローグ 本心
屋敷がモンスターに襲われて数週間後、すっかり後片付けも終わったフルグライト家はいつもの平穏を取り戻していた。
「はあっ! おらぁあっ!」
「ほいほーい☆」
木剣を片手にラスとティータが打ち合っている光景もそろそろ慣れた。ティータもマリスと同様に定期的に悪運を吸わなければならない。黒いムカデが戻ると意識を失ってしまうのでマリスより時間調整が厳しいのが難ありだが、この家にいればほとんど問題ないだろう。
「フランさん悪いね。もう暖かくなってきてるからぴょんぴょん生えてくるんだよ」
「いや全然。最近ちいと食いすぎて動かねえとな」
エレクトとは共に雑草を抜く間柄になっていた。
「お茶でございます」
「お茶菓子も焼いたのよ」
「ありがとう。そろそろ一服しようか」
「おう」
リリベルは相変わらず料理にハマっているらしく、ちょくちょく試食をお願いされる。おかげで少し腹が出てきた気がするが飯を残すのは貧乏根性が許さない。
「ああ、妻の焼いた菓子をラクアのお茶で流すのが一番だ」
「確かにうめえ」
ほんのりと頬を染めるラクアは普段の態度こそ変わらないが、あの後に色々と手を尽くしていたようだった。恐らくだが彼女はある種の防御壁だったのではないだろうか。ルビアーノン家とフルグライト家の間に入り、争いが起きないようにお互いの家に辻褄合わせをしていたのではないかと思う。
「あ、ラクア。マリスはどこにいる?」
「…自室だ」
相変わらず目も合わせず敬語では無いが悪い気はしない。俺は休憩のお茶を切り上げて屋敷に戻るとマリスの部屋に向かった。
「お?」
何度も見た光景があった。マリスの部屋の前にメイド型の鉄人形「マキーナ」が鎮座していた。
「ははは。プラボ、ちょっとそこを通して…」
ぐるんと上半身を回転させたマキーナの手刀が俺を襲った。結界に守られていたおかげで、ばきん! という音だけが廊下に響いた。
「うおお!? こええ! ちょ! ええ!?」
てっきりスカートの中にいるのだと思って油断した。こいつは自分の腕の届く半径に入った生物に対して攻撃をしてくる。プラボが肩に乗っていれば節度ある行動をするが今のこいつは問答無用で襲い掛かってくるモンスターと同じだ。
「え!? ふ、フラン様!?」
「おじさんー?」
マリスの部屋から二人の声が聞こえた。ばたばたと走る音が聞こえてしばらくすると扉からプラボの顔が出てきた。
「…なに?」
「いや、まあ、別に急用って訳じゃねえが…マリスに話があってよ」
「こくはく?」
「いや違…」
そう言いかけたが顎に手を当てて考え直した。
「まあ、そんなとこだ」
がたん! という音が部屋から聞こえてマリスの顔がプラボの上に出てきた。
「え? え? あの?」
口をぱくぱくさせながら顔を真っ赤にしたマリスは言葉が上手く喉から出てこないようだった。
※ ※ ※
二階テラスまでマリスを誘った途中に当主の部屋が見えた。彼はあれから酒に溺れて不安定になってしまい、たまに絶叫して泣き崩れる姿を何度か見た。悪運を吸ったから彼が不幸になるはずはないのだがどうにも幸せに見えない。
であるなら答えは一つ。彼の人生は今、大局的な幸運に向かって動いている。一見すると不幸な状況だがそれらは全て幸せの前座なのだ。彼がそう望んでいるから起きてしまう。目の前の小さな幸せなど欲していない野心が強い人間はそうなりがちだ。
「ま…何とかなるだろ」
〈竜の魔法使い〉や〈魔法剣士〉がいれば余裕だ。それに有望な剣士のラス、天才的な技巧を持つプラボがついている。当主様よ。家族を頼ってみてはどうかな。
※ ※ ※
二階テラスから見える風景は悪くない。風もゆるやかでどこからか草木の青々とした匂いが落ち着く。
「すっかり暖かくなったな」
風になびく黄金色の髪を抑えて空を仰ぐマリスの姿は、やっぱり何度見ても綺麗だった。
「フラン様と森にいた時は少し寒かったですものね」
「何だか懐かしいな。マリスが全く戦った事がねえって解った時は焦ったぜ」
「す、すみません。あの時の私はちょっと意地になっていまして…」
「仕方ねえさ。人生いろいろだ」
十年以上冒険者として生きてきたが、こんなに濃い数カ月を過ごしたのは初めてかもしれない。いきなりパーティをクビになり、余生を過ごす事になったあの頃とはえらい違いだ。
「あの…」
マリスはそう言って俺に向き直った。心なしか目が潤んでいるように思える。
「あ、待てマリス。違うんだ。その、すまねぇ。お前が期待してるような事じゃねえんだよ」
「え…」
口に手を当てたマリスは一歩下がって震えていた。
「お…お、お、お、お別れ…ですか…?」
「いやいやいや! 違うって! そういう話じゃねえんだよ。つうか別れねえし」
俺の言葉を聞いたマリスは頬を染めてまた近づいてきた。今更だけどこの子とてつもなく純粋で不器用だ。
「前に言ってくれたろ? 人生の第二の目標を探すって」
「覚えております」
「ここに来て思った事があるんだよ。結構前からそれには気がついてたが、歳を取ると臆病になっちまうんだ。ああ、ほら。幸せを口にするのが怖くてたまらねえのさ」
マリスは黙って俺に微笑みかけてくれている。
「…俺はここで幸せになりてぇ。みんないい奴らだ。こんな家族なら俺は命を張れる」
言うか言わないか随分と悩んだ。こんな家族がいるなんて思いもしなかったし、俺はどこまでも他人である境界を守っていた。それは深い付き合いになっていざ裏切られたら耐えられないからだ。何て事はない。俺はただ幸せが怖い。その後の不幸が恐ろしすぎるからだ。子供のような自分の感情を恥じつつひた隠しに生きてきた。それをぶちまけてしまった今、マリスの返答次第で俺はどう揺らぐか解らない。
「フラン様はご自分をよく解ってないのですね」
言葉の意味が解らず固まってしまった。
「皆がフラン様を良くしているのは、フラン様が皆に良くして下さるからです」
マリスは俺の両手を取って頬に当てた。
「救い取ったこの手を、ご自身をもっと認めてあげて下さいませ」
目が痛い。無理くりに何かが目から出ようとしている痛みで顔をしかめた。
「確かに〈ラックリング〉には世話になりっぱなしだな」
「そうではありません」
マリスは愛おしそうに俺の両手に顔を預けている。
「例え能力が無くともフラン様はこの手で私を救って下さいました。貴方はそういう人間なのです。短い時間ですがお傍にいた私には解ります」
上目遣いのマリスの目が濡れていた。
「私の…英雄です」
すっと目を閉じたマリスの顔が近づいてくる。俺はもうそれに抵抗できなかった。いや、今こそ全てを告白しよう。俺もそれをしたかった。マリスの全てが欲しかった。思う存分マリスを…!
「おふっ! おふっ! おふっ!」
奇天烈な声に雰囲気をぶち壊されて力が抜けた。お互いの目線が重なると気恥ずかしすぎて謎の声の探求を余儀なくされた。二人できょろきょろその声の元を探すと、テラスから見える庭に見た事のある動物がなだれ込んでいた。
「…ロバ?」
その中心に見覚えのある老人がいた。
「旦那―!」
色黒に焼けた肌と筋骨隆々になった姿は、かつての老人の面影も無くなっていた。
「領主様のどごさ行ったっつー話は聞いでたがらな!」
そういうしゃべり方だったのだと今更ながら思った。
「えーと…ちょっと待って今降りるから」
後ろからついてくるマリスの足音に胸が高鳴っている。いつから俺はこんな乙女な感じになってしまったのだろうか。それを振り切るように過剰に老人へと接した。
「いやー! あの時はありがたかったぜ! ロバは元気か!? だはは元気みてーだな!」
「いま村にいるおなごから手紙さ預かってるなや」
いきなり冷静になった老人から手紙を受け取った。おなごから手紙? 全く心当たりのない手紙を開封して読んだ。
「…は?」
内容は至極単純だった。「グランドフッドが全滅し、そのリーダーであるディオンが行方不明になった。だから助けて」それだけが書いてあった。
「いや…は? いやいやいや、はああ!?」
〈グランドフッド〉の皆は幸運状態になっている。幸運はゆるやかに平均化していくがそれには数年以上かかる。パーティから追放されて数カ月でこんな状態になる訳がない。
「おなご…女の名前は…?」
「なるひーつったかな」
なるひー?…ああ、ナルフィーだ。魔法が得意だが引っ込み思案な彼女は人間関係によく悩んでいた。落ち込むたびに俺は軽口で気を紛らわせたものだ。半泣きで俺の尻に火炎魔法を放つのは恒例だった。
「いやいやいや…ど、どうなってんだ…!?」
今すぐにでも駆け付けたい衝動にかられたがこの家にいる幸せが後ろ髪を引いた。それに気がついたのか、マリスは真っすぐに俺を眺めている。
「フラン様は何も悩む事はありません。フラン様の行く所に私は付き従います」
「マリス…」
俺は思わず唇を噛んだが、それさえもやるべきじゃない。全てを巻き込んで大将を気取るべきだ。心のしこりはここに置いていけ。
「…ついてきてくれるか?」
俺の問いにマリスは優しい笑みを浮かべた。
「この世界の何処へでも」
もう迷いは無かった。俺はマリスと初めて出会ったエンジェル村へと行く決心がついた。
みんなの悪運を吸って幸運にしたけどパーティ追放されたおっさんの話 甲斐 @kurisutaru
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