十六話 姉妹乱舞

 大昔の事だ。北の大地にある教会には大きなステンドグラスが飾ってあった。そこにはきらびやかな女神が二体いる。一人は両手を広げて天に祈りを捧げ、もう一人は大地に腕を広げていた。

 窓からこぼれる夜の明かりを浴びたティータとマリスの姿に俺はそれを重ねていた。二人があまりに美しすぎる。まるで天から使わされたこの世ならざる存在にさえ感じた。


「ん…ふっあああああああああああ…」


 そんな俺の感動など知ったこっちゃないティータは大きく背伸びしてばきばきと背骨を鳴らしていた。


「よく寝た…あれ? マリス姉様…だよね? うわぁ超綺麗! どしたの!?」


「ティータ…」


 ベッドの上で腰に手を当てて堂に入っている少女、ティータの藍色の瞳が煌々と輝いていた。マリスと違って体の周囲は歪んでおらず、その代わり呼吸をするたびにそこの空気が歪む。まるで灼熱の息を吐いているかのようだった。


「ティータ! ティータぁあああああ!」


 マリスは涙声でティータを思いきり抱き締めた。当のティータはきょとんとして周りをきょろきょろと観察しているようだ。


「あ、ラス君おはよ! わわ!? プラボちん珍しー! 外に出てるー!」


「ティータ…? なのかよ…? な、なんだよその顔…!? マリス姉ちゃんもそうだけど何なんだよ!? どうなってんだよ!?」


「マリねえもティーねえもちょうぜつ美少女…」


 墓場でマリスの悪運を吸っていたが二人はマリスの顔を見るどころでは無かったらしい。


「マリス姉様もしかしてこれって火事?」


 ひとしきり泣いたマリスはようやくティータから離れて廊下から入ってくる煙を見た。


「ええ。それにモンスターの気配がします」


「な!? 本当かマリス!」


「はい。お屋敷の屋根に二体、少し離れて一体です」


「魔力感知の範囲が広すぎだろ! どこまで…」


 と言いかけて止めた。もう今更だ。


「とりあえずアレだ。モンスター討伐してくれ。ティータも何か出来る事はあるだろ?」


「え!? モンスター!? うっそ!」


 今すぐにでも動きたいと言わんばかりに足をばたばたさせているティータの瞳は、さらに輝きを増した気がする。


「知らないおじさん! いいの!? 戦っていいの!?」


「え…ええと。まあ…たぶん…大丈夫じゃねえかな…」


 マリスと同じ〈竜の魔法使い〉なら問題ないだろう。俺の言葉にティータは満面の笑みを浮かべた。


「やっほー♪」


 ティータがベッドから跳ねると、一気に部屋の隅まで飛んでそのまま床を踏み抜いた。その衝撃で何かがくるくると床から飛び出たが、鼻歌交じりにそれを掴んで一気に引き抜いた。それは鈍く光る片反りの剣だった。トーホウ国の剣士が好んで使う剣に似ている。


「それじゃあたし行ってくるねー☆ うははー! ワクワクするー!」


「あ! ちょっとティータ! 私も援護するから待って!」


 マリスとティータは窓から外へ風のように移動した。あまりの光景に俺たちは呆然としてしまったが、ラスとプラボに挟まれながら何とか外へ出た。屋敷から離れて庭園の中ほどまで行くと見知った顔が並んでいる。


「ああ! 良かった!」


 リリベルがラスとプラボを抱きしめて嗚咽をこぼした。その横にはエレクトが安堵のため息を漏らしている。その後ろにはメイド集が呆然と立ち尽くしていた。どうやら俺が悪運を吸えなかった人達を救出できたらしい。


「さすがラクアだな」


「…私の名前を軽々しく呼ぶな」


 後ろからする声に一瞬だけ驚いたがもう嫌な気はしなかった。振り向くとぶかぶかの黒いローブを着たラクアが腕を組んで口を尖らせていた。


「おめぇは本当にメイドの鑑だな! 感謝のハグでも一発どうだ?」


「…そのまま背骨を折っていいのなら」


 こいつならやりかねん。


「と、そんな場合じゃねえな。マリスとティータは…!?」


 屋根を確認すると煙の隙間からモンスターの姿が確認できた。しかしそれはあまりにも奇怪な姿だった。


「なんだ…こりゃ…!?」


 蜘蛛のような外見をしているのに足が蜘蛛のそれじゃない。大量の毛に覆われた猿のような腕が何本も生えていた。爬虫類のような顔がついているそれは明らかに常軌を逸したモンスターだった。しかし俺はこのモンスターを知っている。


「あの時の蜘蛛型モンスターにそっくじゃねえか…!?」


 フルグライト家の聖域にいた獅子の顔と蜘蛛の体を持つあのモンスターを思い出した。色んな動物や昆虫をごちゃ混ぜにしたようなふざけた外見をした所に類似点を感じる。


「いいいいいやっほおおおおおおううううううう!」


 考えをまとめようとした途端に歓喜の声が空に響いて集中が切れた。


「syaaaaa!」


 蟹のような足を持つ鳥の顔をした蜘蛛型モンスターの体が、果物を斬ったみたいに斜めにずれていく。ティータの持つ剣はせいぜい大人の体八割といった長さだったはずだが、その剣先から白い光が伸びており、屋敷を大きく超える程の長さに達していた。


「これ…まさか…ま、魔法剣…か? ホントに実在するのかよ…!?」


 魔法の力を剣に込めて行使する究極の剣術を魔法剣と呼ぶ。ガキの頃に読んだおとぎばなしの魔法剣士が言っていた台詞だ。俺の地方だけのおとぎばなしかと思いきや世界各地に似たような話があったが、特に共通しているのが魔法剣の存在だ。


「〈竜の魔法使い〉に〈魔法剣士〉だと? どうなってんだよこの家は!」


 ティータは歌でも口ずさんでいそうな表情でモンスターを細切れにしていった。しかしその隙を縫って爬虫類の顔をした蜘蛛が猿の腕で後ろから思いきり殴りつけた。


「ティータ!」


 ラスの悲痛な叫びがこだましたが、それに呼応するように猿の腕が細切れになっていく。瞬く間に腕が無くなって満面の笑顔のティータが現れた。


「え? ラス君なに? 今何か言った?」


「なっ…」


 ラスの呆気に取られた顔はもう飽きるくらい見た気がする。引き換え妹のプラボは四角い何かを取り出してカチカチと何度も指で押していた。その横には酒瓶を片手に棒立ちしている当主がおり、エレクトも同じ表情で固まっていたがリリベルは戦うティータを見て一人はしゃいでいた。どうやらフルグライト家は女性が強いらしい。


『天の双眸は理の外道を赦さず、御手なる雷を以て汝を砕けり』


 その中で最強かもしれない女性の声が聞こえた。これは一度聞いた事がある。フルグライト家の聖域でも放ったあの魔法の詠唱だ。周りもどこから声がするのか首を動かしていたが、ラクアが頭を垂れながら空の方へと手を上げた。


「…美しい…」


 感嘆の声が上がる中で当主の口から零れ出た言葉が意外だった。しかし無理もない。本当の姿になったマリスは何度見ても神々しくて息を呑む。


『天は汝を否定する! 魂までも千切り尽くせ!』


 何かを察したティータが屋根から跳んで庭に降りて耳を塞いだ。


「あ! ちょ、みんなも耳を塞げ! これから爆音が響く! 鼓膜がやられるぞ!」


 悪運を吸ってないメイド達の中には、爆音でショック死する者が出るかもしれないので慌てて警告した。皆は理解できない様子だったが各々耳を塞いでくれたようだ。


雷獣爪波ライジングウェイブ!』


 世界が白に塗りつぶされた後に振動が腹に伝わる。微かにメイド達の悲鳴が聞こえたが爆音がそれを飲み込んだ。固く目を閉じて耳を塞いでいるせいでどうなったのか解らない。そっと耳を放すと、りーりーという虫の音が聞こえた。


「む…」


 そろりと開けた目に映ったものは、遍く星々の光に照らされた女神の如きマリスの姿だった。ゆっくりと地面に降り立つとこちらへまっすぐに歩き、ぴたりと止まって笑顔になった。


「終わりました」


 照れ臭そうに両手を後ろに組んで話すマリスを見て俺はようやく尻を大地に預けられた。


「はぁー…マリスお疲れ。おめぇは良くやったよ」


 周囲が、わっと盛り上がってマリスを取り囲んだ。自分の容姿を口々に賞賛されるのに慣れていないであろうマリスは苦笑いを浮かべていた。


「って火事!」


モンスターは焼け焦げて炭になったが炎がまだ消えていない。マリスは慌てて屋敷の中に入ろうとした。


「お! おい待てマリス! 何してんだ!?」


「中から水魔法を使って消化します!」


「いくら結界があるとはいえ危険だ! ここからじゃ出来ねえのか!?」


「威力の問題でお屋敷が吹き飛びます!」


「あっハイじゃあ中でよろしく!」


 マリスが中に入ると炎は徐々に小さくなりやがて消えた。この子は弱が究極しか威力を制御できないのだろうか。


「森にいたモンスターも倒してきたよー♪ モンスターとの初バトル超楽しかったぁー!」


 屋敷からマリスが出てきたころにティータが林から現れた。そう言えばモンスターは全部で三体と言っていた。ひとまず全員の無事とモンスター討伐に安堵した。当主やラクアは神妙な顔で何かを考えているようで明後日を見ている。エレクトやリリベルはメイドに交じってティータの復活を喜んでいるようだった。後片付けは地獄だろうがとりあえず今はそれを喜びたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る