小原大和

第1話

皆さんには、僕が今から言うことを想像して見てほしい。


まず始めに、頭の中に男性を思い浮かべてみてほしい。


次に、女性を思い浮かべてみてほしい。


イメージ出来ただろうか。


それではさらに、男性の集団と女性の集団を思い浮かべて見てほしい。


するとどうだろう。

片方には男性ばかりの、もう片方には女性ばかりの集団が出来てしまってはいないだろうか。


「男女の集団を思い浮かべるように言ったのはお前じゃないか。」

なんてヤジの1つでも聞こえてきそうだが、ここで僕が言いたいことは「身体的特徴が」男性ばかりの集団と「身体的特徴が」女性ばかりの集団が出来てはいないだろうかということである。


この世の中は、事あるごとに男女の概念が適用される。

プロフィールを書く時、聞かれる時はもちろん、チーム分けをする時などにも使われる。


他にも様々な場面で男女の概念が用いられるが、その際、何をもって男女を区別しているだろう。


人々は男女の概念を優れたものとして扱っているのかもしれないが、本当にそうだろうか。

地球上に70億以上いる人間を、たった2つの分類に分けることなんて可能なのだろうか。


僕は男女という概念のせいで、悩む人や嫌な思いをする人がいる以上、それは優れたものとは言えないのではないか、と僕は思う。


例えばあなたは、男性と女性について説明してくださいと言われた時、どのように説明するだろう。


男性とは、男性器を持つ人のことだろうか。

女性とは、恋愛対象が男性の人のことだろうか。

男性とは、力が強い人のことだろうか。

女性とは、甘い物が好きな人のことだろうか。


僕はそのどれもが違う思う。

男性か女性かを断定する要素になるものは1つもない。


要するにこの世界は、男女の概念を明確に区別するための方法を持ち合わせていないのだと思う。

それは全く悪いことではなく、むしろそれで良いのではないだろうか。


みんな違ってみんないい。

その言葉があるように、誰一人同じ趣味・趣向の人間なんていない。

性格だって一人一人違う。

みんな違ってみんないいのである。


海外などでは、60種類もの性別があるらしく、それも問題解決のための1つの方法だとは思うが、僕は性別というもの自体を無くせばいいんじゃないかということを主張したい。


性別なんかは取っ払い、一人一人を別々の個人として認識する。

一人一人が同じ人間として等しく扱われるようになれば、男女の概念がある社会では決して実現することができない世界を作ることができるはずである。



僕が思う理想の世界。

それは世界中の人が、男女などの先入観に囚われず、平等に生きられる世界。

誰もがスポーツを楽しみ、好きなファッションをして、どこへでも出掛けることのできる世界。

誰でも、誰とでも恋をし、愛し合い、結婚できる世界。


僕の胸が膨らんでいるということや、今日が僕の女の子の日だなんてことを誰も気にしない世界。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小原大和 @YKohara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ