舌テレポーテーションなんてあるわけない

ちびまるフォイ

なにも触れない人へ

「ようこそ、舌テレポートセンターへ。

 お客様はご利用ははじめてっていう舌をしていますね」


「そ、そうなんですか」


「これでもたくさんの舌を見てきましたから。

 私が長々と舌を使って話すのもいいですが、まずはお試しください」


スタッフはカードを渡して、カタログから舌を選ぶ。

一瞬で自分の舌が変わったのがわかった。


「今、あなたの舌は海外居住者の舌をテレポートさせました。

 どうです? ちょっとネイティブに発音してみてください」


「This is a pen.」


「素晴らしい! ネイティブそのものですよ!

 日本人が苦手なRとLの区別もバッチリできます」


「自分でも驚きました。これでも英語のテストは赤点だったのに。

 舌をテレポートさせるだけでこんなにも変わるんですね」


「あ、利用期間は1週間までとさせてもらっています。

 すべての舌で共通です。戻す場合は、その利用カードを掲げてください」


「こうですか?」


カードを空に掲げると自分の舌がもとに戻ったのがわかった。

もうさっきのようなネイティブな発音はできないだろう。


「試してみていかがですか?

 次はご自分で好きな舌を選んでみてください」


「えーーと、じゃあこの激辛舌で」

「かしこまりました」


舌がテレポートされる。

その足で近所でも病院送りが出たほどの激辛ラーメン店へと向かう。


「さぁ兄ちゃん、おまちどう!

 激辛マシマシ鬼唐辛子獄炎スペシャルだよ!」


「いただきます」


他の客が見守る中で箸をつける。

普段は辛いものを食べるとおしりから火が出るはずが、

激辛舌になっているので辛さを感じないどころか美味しく感じる。


「ごちそうさまでした!」


「兄ちゃん、よく食い切ったな!

 お礼にこの店の辛いものを食べて死んだときに

 自動的に異世界に転生できるチケットをやろう!」


「いらないっす」


1週間後、激辛舌を戻すと次はアナウンサー舌をテレポートした。


「それじゃあ、教科書のここからここまでを読んでください」


「はい」


漫才舌に入れ替えたことでスラスラと途切れることなく読める。

それどころか抑揚の付け方までも舌側でコントロールしてくれる。


「なんてキレイな読みっぷりなのかしら」

「まるで小鳥が泉のほとりで鳴くようだわ」


これまでちょいちょい語尾に「デュフ」とか「ブフォ」とかで

つっかえて読んでいた俺にとっては信じられない進化だった。


1週間後にアナウンサー舌を返す。


「さて、次はどの舌と俺の舌を入れ替えようかなぁ」


すっかり舌テレポートに味をしめて利用するようになった。

あえてバカ舌をテレポートさせるのも面白いかも知れない。

猫舌や犬舌になって、動物の感覚を味わってみるのも楽しそう。


「お客様、お客様」


スタッフが小声で促した。


「舌マイレージ100ptを超えたお客様にだけご案内している

 超特別な舌があるのをご存知ですか?」


「超特別な舌?」

「こちらです」


別に用意されていたカタログは金箔でできており、

見た目からも明らかに別のものだとわかる。


「これは……高くないですか」


中に載っている舌はどれも高額。


「ええ、そうです。でも1度利用したお客様のほとんどは

 以降のご利用もすべてこちらのカタログからお選びになっています」


「一度味わったら戻れないほどってことか……」

「いかがしますか」

「考えさせてください」


どれも高額な舌なのでポンと札束を出せるほどの手持ちはない。

そもそもそれだけの金を払う価値があるのかもわからない。


それでも――。


「……やっぱり、味わってみたいなぁ」


バイトにバイトを重ね、お金を工面して高額な舌をテレポートさせた。

本当に値段に見合うものなのかは試してみないとわからない。


「一流舌の世界をご賞味ください」


一流舌をテレポートさせると、すぐに変化がわかった。

流れる空気が舌に触れただけで味がわかってしまう。


「この空気の味は……隣の家はカレーだな。

 向こう側の家は煮付けをつくっているのか」


料理を食べれば材料はもちろん、隠し味もお見通し。


「このカレーには隠し味にスライムを入れているんだね」


「え! どうしてわかったの!?

 今まで誰もこのスライムを入れたことに気づかなかったのに!」


「俺の舌は神の舌だからね」


驚異的なほど繊細な舌を手に入れたが好みは変わらない。

ジャンクフードを食べても、激辛をフードを食べてもまずいとは感じない。

完全に自分の舌として一体化している。


確かにこの便利さを味わってしまったら、もう前には戻れない。

一気に世界がきめ細やかに感じる。


あっという間に1週間が過ぎてしまった。


「もう返却しないといけないのか」


同じ舌をまたテレポートさせる場合でも、

必ず1週間刻みで返却する必要がある。

どうしてこんな面倒くさいシステムなのか。


「どうせまたこの舌をテレポートさせるわけだし、まあいいか」


1週間経っても特に返却しないまま使用続行した。


その後、ポストには「はよ返却せえや」の手紙が届いたり

メールやSNSで「早く返却!しばくぞ!」と布団たたきの画像が送られてきたりと

さまざまな通達が届いたが無視を決め込んだ。


「延滞料金があるわけじゃないし……」


この繊細な舌で感じ取れる色鮮やかな世界を手放してなるものか。

固く決心したその翌日には家に取り立てがやってきた。


「お客様、ここにいるんですよね。舌を早く返してください!」


扉の向こうでスタッフの声が聞こえる。


「どうせまた同じ舌を使うんだから、別にいいじゃないか。

 どうしていちいち1週間刻みで手放さなくちゃならないんだ。

 そのたびに使用料が取られるんだぞ、守銭奴め!」


「我々が儲けたいと思っているのではないんです!

 あなたの身に迫っていることなんです!」


「はぁ?」


心配させて俺から舌の根を抜き取るつもりなのだろう。


「あなたは……本当に舌そのものをテレポートさせていると思っているんですか」


「そう言っていたじゃないか」


「例えば、あなたの舌が誰かに渡ったとして、

 その舌でバカ辛いものやバカ酸っぱいものを食べたら?

 舌が鈍化してしまう場合があるでしょう」


「そ、それがどうしたっていうんだよ」


「利用者による舌の破壊を防ぐために、

 味覚を伝える寄生虫をテレポートしていたんですよ。

 あなた自身の舌で感じたものを寄生虫で制御していたんです」


「わけのわからないことを!」


これもきっと舌返却させるための方便なんだろう。

騙されるものか。


「寄生されてから1週間をすぎると寄生虫は……宿主の体へと侵攻するんです!」


「そんな大嘘信じるわけ無いだろう?

 現に俺の体はなにも異常が出ていない」


「それはまだ全身が寄生されてないからです!

 早くしないと全身が――」


「もう! うるさいな!!」


玄関の前でギャンギャン喚かれると迷惑だ。

追い返してやろうとドアを開けた。鉄の味が広がった。


「全身がどうなるっていうんだよ!! もう帰ってくれ!!」


俺の姿を見たスタッフは顔は凍りついていた。


「もう……遅かった……」


「なにが遅いんだよ!?」


スタッフは俺の前に鏡を取り出した。

鏡に映る自分の皮膚はザラザラと舌の表面のようになっていた。




「1週間以上寄生させると、あなたの全身が舌になってしまうんです……」



自分の足裏から感じる自分の靴の中の味に気絶した。

以降、俺はトイレでお尻を拭けなくなった。

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