炭火の焼肉

「ミナちゃんバーベキュー好き?」


 私達は塔の街に未だに滞在していて、何故か街の復興を手伝っている。ナイアンとの停戦協定も結んだし(守られる保証は無いが)、あとは街が元通りになれば晴れて一件落着というわけだ。ソラさんは全く手伝ってくれなかったが、それについてはそろそろ私が過剰に世話焼きな性格であることを認めた方がいいのかもしれない。


「好きですね」


「したくない?」


「いいですけど、アイリスさんってご飯食べるんですか」


「食べないよ。けどソラの目の前で段々と変なもの焼いていったらどこでツッコんでくるかなあって実験がしてみたくなってさ」


「うんことかですか?」


「攻め過ぎじゃない?いやそりゃあ最終的にはそうなるかもしれないよ、最終的にはね。けどもっと段階踏んでいって欲しいなあ。最初はお肉とかでいいんだよ、で、例えば『これは東方の珍味だよ』って言って両生類の黒焼きを作り始めたりとかしていって、最終的には……ああもう!キミは私の口からそんなにも人糞と言わせたいのか」


 私は人糞とは言っていない。


 過剰にお喋りなこの人と、だいぶ口下手なソラさんとで何で仲が良いのかは未だによく分からない。黙っていても勝手に喋り続けてくれるから楽なのだろうか。確かに私としてもソラさんと話すよりは肩の力を抜いていられるが。


「とにかく何か面白いものを用意すること!」


 そんなこと言われても。


 いわゆる超越組は、超越化が進むにつれて、食事や睡眠をしなくなってくる。ソラさんもあまり寝ないし、お茶は好きだが食べ物はあまり取らない。味覚が無くなるわけではないらしいが、食事や睡眠は取らなくても生命維持に問題はない様子だ。おそらく呼吸もしなくても済むのだろうが、観察する限り、間隔こそ長いが呼吸はしている。


 確かに長く生きていれば平凡な味の食べ物には飽きてくるだろうなとは思う。ソラさんは旅人だし、アイリスは流通の盛んな街に住んでいるので物珍しい品は大体味わい済みな可能性はあるだろう。この街で手に入る珍味程度では二人を驚かせるには及ばない。発想の転換が必要だ。


 翌日。


「大荷物ね」


「打ち上げみたいなものだと思ってください」



「まず一品目、これです」


「塩釜ね」


「魚かあ」


「といってもこれ焼き上がるのに相当時間掛かるので、その間に横でなにか焼きましょう」


「待つけれど」


「いや私が待てないんで」


「いきなり鉄板の一角を占拠する障害物が置かれるわけか、これはあれかな?陣取りゲームみたいな催しなのかな」


「次アイリスさんの手番です」


「おっと、じゃあ私からはこれ」


「紙?食べられるんですか?」


「この紙は炙るとメッセージが浮かび上がってくるんだけど……これを火にくべる」


「燃えちゃったじゃないですか」


「燃えたわね」


「面白いだろう?」


「いや分かんないです」


 超越組ならではの笑いかと思ったが、ソラさんもやや怪訝な表情を浮かべているのでこの人が変なだけだ。最初は肉でいいと言っておいて、自分が選択する初手がこれなのかこの人は。


「ソラさん何か焼きます?」


「お湯を沸かしてもいいかしら」


 そう言って虚空から鉄瓶を取り出し、鉄板の上に乗せた。


「肉焼くスペースがどんどん狭くなっていってるんですが」


「面白くなってきたねえ」


 面白くはない。



「普通に食べたいので肉焼きますよ」


「どうぞ」


 ここで私は、食べごろになってもあえて焼き続け、炭化するのを待つという手を取る。おそらく彼女らは食べないので、私が手を付けない限り肉は永遠に焼かれ続けるというわけだ。全く意味が分からないが、この意味不明さはアイリスにはウケるはずだ。


「ねえ、こんな薄切りの肉すぐ焦げちゃうよ」


「そうですかね」


「いやもう裏面焦げてるよ、食べないなら私が貰おう」


「え?」


 アイリスは箸で取皿に移すと、塩を振って口に運んでしまった。香ばしくて良いね、なんて言っている。


「まだあるみたいだし次焼きなよ」


「そうですけど」


「そんなに怒ること無いじゃないか」


「そうですけど」


 ソラさんは私達のやり取りを愉快そうに見ている。なら良いか。良いのか?



「次はこれを焼こう」


「泥の……お椀?」


「焼く前のお椀だね」


「よく知らないですけど、そういうのって専用の窯で焼くんじゃないんですか」


「その通り。こんなんじゃ火力が足りない」


「一つ言っておくけれど、あなたのその笑いのセンス全く理解できないわよ」


「じゃあなんだ、母親の好きな朝食の話でもしろというのか」


 母親の好きな朝食の話をどう弄っても面白くはならなそうだけど。

 ちなみに、その泥細工は火にくべてしばらくしたら軽く爆ぜて割れてしまった。


 結局、買ってきた肉はアイリスと分け合ってしまい(なぜ彼女が普通に食べるのかは分からないが、本日の傾向からするにそういうお笑いと見るのが妥当だろう)あまり食べれていないので、まだ腹八分目にも満たずといった状況だ。まだ塩釜が残っているが、中に何も入れていないので何の足しにもならない。


「それ、そろそろ良いんじゃないかしら」


「え?ああ塩釜ですか、どうですかね……」


 まずい、意表を突くためにあえて空の塩釜を作ってきたのに、アイリスと方向性が被ってしまったがために開封してもインパクトに欠けてしまう。お腹も満たせないし全てが裏目だ。


「確かに、ネタバレ防止でミナちゃんが何持ってくるのか全く見ていないんだよね、中身気になるなあ」


「でも私お腹いっぱいなんですよね、2人とも食べます?」


 ああ何故食欲を偽らなければいけないのか、涙が出てくる。


「私は魚好きじゃないよ。……あれ、もしかしてこのまま開けずにお開きにしようってわけか、それはなかなか高度だなあ。でも中身気になるし……見ちゃおうか」


 まずい、遠見で中身を見られてしまう。


「あはははっ、これはすごいな。これを最初に焼き始めたというのはなかなか象徴的だよ。実は最初に燃やした紙も何も書いてなかったんだ」


 ウケたのは何よりだが。


「もしかしてそれ、中に何も入っていないのかしら」


 ソラさんにも気づかれてしまった。いやでもソラさんは中身を見る術を持っていないはずだ。


「そんなバカみたいなことするわけないじゃないですか」


「そうだそうだ。私じゃあるまいし」


「あなた達似た者同士ね、師を替えるべきかも」


「見捨てないでくださいよ~~」


 あとで分かったことだが、そういうソラさんの鉄瓶もしっかり空焚きだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Untitled Witch 蹄亭反芻 @hidumetei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ