ストレンジャー・イン・ア・ストレンジランド

 というわけで、私達は数日かけて塔の街近辺へ舞い戻った。この前は『塔の魔女アイリス』、『幻視の魔女ナイアン』間のいざこざの仲裁に入ったわけだが、どうやら拗れて面倒なことになってしまったようだ。その後始末をしないのは流石に負い目があるし、ソラさんが言うには、こうやって争いが起きる所までがアイリスからの依頼らしいので、完了の報告(と報酬の授受があるのなら)も必要だろう。


 塔の街は歴史のある街だ。塔の魔女、私達事情通から呼べば『遠見の魔女』であるアイリスが仕切っていて、何でも見通す遠見の魔法によって悪事は見逃されないとして、非常に治安の良い街となっている(実際には森羅万象すべてを常に同時に監視できるわけではない)街にはランドマークとして、また自身の魔法に説得力をもたせる目的として高い塔が建っており、彼女はそこに住んでいる。


「で、登るんですか?」


「いや、降りてくるわ」


 私自身はアイリス氏に会うのは初めてだ。ソラさんは古くからの知り合いらしく、そしてかなり仲がいいと思われる。ソラさんは慣れた様子で塔のエントランスへ入り、適当な席に着いてティーセットを取り出してくつろぎ始めてしまった。しばらくもしないうちに、一人の男性が駆け足で寄ってくる。


「ソラさん!お久しぶりです。そろそろ到着する頃合いかなと」


「ショウヘイ君」


 どうやらこの人はアイリスではないらしい。異傍人と思しき顔立ち、強い癖毛が余計そう感じさせるか。


「しかしせっかく来てもらったのにすみませんね、アイリスは外に出てしまっているんです」


「あらそう、復興が忙しいのかしら」


「そんなところですね」


 被害の大きかった地域はまだ見てないが、話しぶりからするとそれなりに大規模な衝突だったのだろう。しかしそれこそが狙いであって、それでわざわざ復興に出向くというのは自作自演も甚だしい。住民の結束力を高めるという目的でもあるのだろうか?死者が出ていないようではないし、つくづく魔女らしいと思う。


「一応たまには帰ってくるんですが」


「私は待ってもいいけれど」


 私としては暇なので散策を兼ねて探しに行きたいところ。その旨をソラさんに伝えると、着いてきてくれることになった。初対面だし居てくれたほうが気まずい思いをしなくて済むだろう。


 街は案外活気に溢れている。災害の後なんかも同じで、復興というのは稼ぎ時でもある。外からも人がやってきて、あちらこちらで大荷物が行き来し、石畳が直され、食事が振る舞われていたりもする。それからしばらく歩いて、倒壊した建物が目立つ地区に入ってきた。もちろん再建も進められているが、人手が足りていないと言った様子だ。


「手伝うべきですかね?」


 魔法で直接石材や木を動かすのは苦手だが、氷の道を引いて材料を運びやすくしたりは出来るはずだ。というか、それくらいなら誰かがやってそうなものだけど、そういえば魔法を使っている人をあまり見かけないな。


「アイリスを見つけてからでいいわ」



 さて、道行く人に居場所を尋ねて見るものの、成果は芳しくない。現場で指揮を採っているのかと思ったが。

 結局塔に戻って帰りを待つことにして、戻る途中で美味しそうな美味しそうなサンドイッチを見かけたので、昼食がてら店先のテラスで休憩することにした。


 別に聞き耳を立てていたわけではないが、近くの席の人のおしゃべりなんてすぐに耳に入ってくる。どうやら知り合いが行方不明になっているといった内容だが、前に列車に乗っているときにも似たような話を聞いたことを思い出して、流石に思考に引っかかる。しかしアイリスのお膝元で人を攫うなんて真似をする愚か者はそうそう居ないはずだ、居るとすれば同等の力を持った魔女か、そうでなければかだ。


 アイリスが何らかの目的で人を攫っている、というと言い方は悪いが、例えば何らかの機密施設の修理に人を従事させているといったことは考えられる。まあその後に口封じで殺していないとは言い切れないし、それから目を背けさせるために幻視町との衝突を起こさせたと考えるのは腑に落ちる。答え合わせとしてソラさんに聞いてみるけど、どこまで知っているか。


「ソラさん、これは仮説なんですが」


「塔に戻ってからでいいかしら」


 確かに街の人に聞かれたくない内容ではある。私が何を話そうとしているか分かっている?


 塔に戻ったものの、やはりまだ帰ってきていない。ショウヘイ氏は出迎えてくれたが、ソラさんがいきなりツタの魔法で締め上げてしまったので、私はなんと声を掛けたらいいいか分からない状況だ。


「聞きましょう」


「いや……」


 流石に何の説明もなく要人を拘束しておいて、それを一旦横に置いたまま別の話をできるほど私の神経は強くない。


「痛いのでもう少し姿勢を変えたいんですが」


 ショウヘイ氏も慣れた様子というか、過剰な落ち着きを見せているから私の方は余計に訳がわからないというか。


「悪かったわね」


 拘束が少し緩められた。


「アイリスもあなたの弟子に手を出すことはしないでしょう」


「私もそう思いたいわ、けれど人質の一つも無いとこの子が話しづらいでしょう」


「え?この人関係あるんですか?」


「仮説をどうぞ」


 いつもの調子だ。


「ええと……アイリスは何か秘密のプロジェクトの人員を集めていて、用が済んだら口封じとして殺している。普段の治安の良さから人が行方不明になるなんてありえないので、それを誤魔化すために幻視町との戦いを起こして、目を背けさせようとした。以上です」


「どう?」


「及第点じゃないですか?」


「そうかしら」


 この2人は何故朗らかな雰囲気なのか。


「秘密のプロジェクトの人員の募集要項は?」


「なんでもよくないですか?」


「魔法を十分に使える者、よ」


 私も当てはまるということか。でも私なら口封じの必要も無いし、そもそもソラさんだって参加したらいいんじゃないのか。


「そこまでだよ」


 真打ち登場だ。

 とても長い髪、丸く大きな両目、細い手首。

 ぱんぱんと手を叩きながらのんびり歩いてきて、こらこらうちの子に手荒な真似をするんじゃないとボヤいている。


「アイリス」


「やあ仕事人」


「先に聞いておくわ、私の弟子に手を出すつもりはある?」


「それはキミ、自分自身を過小評価しているよ。確かにその子は十分な魔力を有しているようだけれど、キミとの関係を悪化させるくらいなら要らないよ。私がこの程度の計画のためにそうすると本気で思っているのかい」


 なんだか私の身に危険が迫っていたような物言いだ。


「しかしまあ、もう準備は完了してね。どちらにせよキミの弟子に用は無いというわけだ。ああ初めましてミナちゃん。私がアイリスだよ、よろしくね。もしソラが彼の拘束を解く気が無かったら説得を手伝ってほしいんだけどいいかな?」


「え?私の身を守るために人質に取ってるんですよね?あれ」


「そうだね、でもさっき言ったとおり準備は完了したからキミを燃料にする必要はもうないんだ、安心してほしい。それに見習いとはいえキミも魔女なわけだから、手を出すのは不文律にも反する。だから使ったのはもっと木っ端の魔法使いだけだよ。もっとも私としてはそんな慣習に屈したというよりは友情を大切にしたという体にしておきたいのだが……」


 それにしてもよく喋る口だ。


「分かったわ、悪かったわね、ショウヘイ君」


「しょうがないですよ、この人怪しいですからね」


「こらこら、私はキミが命を預けるプロジェクトの第一人者だぞ、一片の疑いでもあるのなら今すぐ辞退したまえ」


 和気藹々としている。していないのは私だけか。


「では現地へ向かうとしようか」


 答え合わせが始まる。



「どうも魔力を持っている人をいくらか生贄にしているところまでは分かったんですが、そうまでして一体何をするんです?」


 人を生贄にしてまで行う大規模な魔法なんておとぎ話でしか聞いたことがない。あるいはそういった宗教が時折そのような人命軽視を行うことはあるが、今回のように魔力を持った人間だけを選んで生贄にする例は前代未聞だ。


「俺が故郷に帰るんですよ」


 場違いな使用人だと思っていたが、ここで出番か。


「ショウヘイ君ははそもそも何らかの原因でこっちに転移してきてしまったんだ。彼の故郷は遠くてねえ、徒歩はもちろんちょっとした転移魔法でも難しそうなんだ。あれこれ考えたけど、結局他人の魔力を抽出するくらいはしないとダメそうだった。厳密には殺す必要は無かったんだけど、魔力だけ奪ってはいさようならというわけにもいかないだろう?」


「それにしてもちょっとやりすぎよ」


「そうだねえ、審問くらいはあるかも」


「弁護には立ちますよ」


「その頃にはキミ帰って……あ、今もしかして"なんでやねん"の使い所!?」


 終始賑やかだ。いや今生の別れになるわけだし最後の団欒をしているのか。


「ショウヘイさんはそこまでして帰りたいんですか?」


 故郷への愛着がどれほど大きくても、他人の命を何人分も犠牲にしてまで帰りたいものだろうか?それについて何も思うところがないとしたらずいぶん魔女的だが、どうもショウヘイ氏本人は魔法が使える様子ではない。


「まあ……住めば都という言葉もありますけどね、やっぱ違うんですよ。この星の人々ってなんていうか無気力的というか……諦観?みたいなものがどんより渦巻いてる感じがするんですよね、それが耐えられない」


「はあ」


 私が要領を得ない様子を見て、ぽつぽつと思いの丈を話してくれた。


「この世界って魔法が使えないと何者にもなれないじゃないですか、いや実際はそんなことないんでしょうけど、この世界の魔法って結構魔法みたいなこと何でも出来ちゃうじゃないですか、普通に想像するようなのと違って」


 何を言っているのか全然分からない。普通に想像するような魔法、とは。


「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないとも言うけどね」


 初めて聞く言葉だ。


「だから魔法の使えない普通の人々は、どうせ魔女様がなんとかしてくれるって思って、ハングリー精神が足りないというか。何なら食料を配給する魔女が居る地域だってあるわけじゃないですか、そういうのが原因なんじゃないかなと思ってるんですけど」


 結局何が言いたいのかよくわからなかったが、帰りたいというよりは居たくないといったところのようだ。



「はい、さっきから見えてたと思うけど到着だよ」


 この塔のようなものが転移装置、あるいは船か。


「ではアイリスさん、お世話になりました。ソラさんも」


「感謝の言葉は無事に帰り着いてからでいいよ、紙にでも書いてくれたまえ」


「えっ、もしかして俺が帰ったあとの生活を覗き見るつもりですか?」


「見られたくないことがあるのならしなければいいじゃないか」


「無茶言わないでくださいよ」


 別れの挨拶も早々に、ショウヘイ氏は塔に乗り込んで行った。少し間をおいて、塔は砂埃を立てて動き出し、上空へ向かって発進して空の彼方へと消えていった。彼の故郷は天国にあるとでもいうのだろうか。

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