君が欺くは

@love_1103_1018

第1話

出会いは春。

世間はGWに湧いているというのに、何をするでもなく独り自宅で過ごしていた昼下がり、あいつはやってきた。普段なら頑として居留守を貫くところだが、「GW真っ只中だというのに家を廻らなければならない可哀想な営業マン」への同情もありドアを開けることにした。


そこにいたのは、恐らく俺より5歳ほど年下だと思われる若い営業マンだった。銀色のアンダーフレームの眼鏡をかけ、折り目正しくスーツを着たあいつは絵に描いたような"エリート"で、少なくとも靴底を減らすのが仕事と言わんばかりの営業マンには見えなかった。

(…オフィス仕事ばっかのエリートさんに現場の経験を、ってとこか?)


「こんにちは、○○コーポレーション本社の七原と申します。お邪魔してしまって申し訳ありません、本日はこちらの商品をご覧いただきたくお伺いさせていただいたのですが…」

滑らかに話す声は澄んでいて、つい耳を傾けてしまいそうになる。

「ああ。で、おたくの商品ってのはなんです?」

あいつは所謂"営業スマイル"を顔に張り付けながら続ける。

「それはですね、この商品でして、弊社の技術を最大限に生かし……〜お客様のようにおひとりで暮らしていらっしゃる方にも…〜」

適度に抑揚をつけつつ話すところを見ると、現場慣れしているのか、それともただ単に話し慣れているだけなのか。

適当に相槌を打ちつつ考える。


(こいつ、何者だ…?)

初めから、違和感は感じていた。

俺は、この長いGWの中の9割は出勤予定だった。今日は唯一の休息日だったが、夜は打ち上げという名目で開かれる飲み会に参加する予定だった。だからこの営業マンのことをとやかく言える立場ではないのだが、GW中の僅かな隙間を縫うようにして訪ねてきたこいつのタイミングの良さには目を見張った。


勿論、ただの偶然かもしれない。これだけなら。


俺の違和感が確かなものに変わったのは、商品紹介の際に何気なく言った"お客様のようにおひとりで暮らしていらっしゃる"という一言。ここにはつい3日前まで彼女と共に住んでいた。仕事漬けの俺に愛想を尽かし、大喧嘩の挙句 GW前に出て行ったばかりだ。

仮にも二人で住んでいたので、男の独り暮らしには広すぎるこの家をひとめ見て"おひとりで暮らしていらっしゃる"と言い切ることができる人間はまずいない。下調べするにもあまりにも期間が短すぎる。


それに、何よりもこの商品は"偽物"だ。

俺の中の違和感はいつの間にやら猜疑心に変わっていた。

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