???
殺人鬼たちの恋の話は、これでおしまいだ。
醜くて、間違っていて、愚かしくて、過ちだらけで。
大事にしすぎて最悪を選んでしまった恋は、傍から見れば報われぬ形で幕を閉じた。
歪んだ少年と少女の、歪んだ恋は、歪んだ形で結実した。
ゆえにこれから語られるのは、ただの蛇足だ。
少女のまま死んだ殺人鬼が、死の淵で見たかもしれない夢想だ。
少年だった殺人鬼が、死の間際に見たかもしれない幻想だ。
――――そして、何より。
歪んだ二人の殺人鬼に許された、たった一つの、後日談だ。
気づけば、雪町は荒廃した大地に立っていた。
見上げた空は血のように赤く、漂う空気は血を思わせるにおいを孕んでいる。
肌に感じるのは、濃厚な死の気配。
ただ立っているだけなのに、存在を罰するような苦痛がある。
罪を償えと、世界が心身に語りかけてくる。
「――――ああ」
ここが地獄と呼ばれる場所なのだろうと。
殺人鬼は、得心したように笑った。
人殺しのひとでなしが地獄に堕ちる。当然すぎて、笑みを零すより他にない。
ほどなくすれば、数多の屍の上に立つこの身にも何かしらの罰が与えられるのだろう。それを厭う気持ちも拒む気持ちもなかったが、その前にどうしても確かめたいことがあり、雪町は重い足を動かして周囲を彷徨い始めた。
人殺しのひとでなしが地獄に堕ちる。
それは当たり前で、当然のことだ。
だからこそ――――
「せんぱい」
彼女だって、いるのが当たり前で、当然のはずだ。
地獄を彷徨う雪町の背に、懐かしい声が投げかけられる。
その声に痺れるような喜悦を感じながら、そっと振り返った。
「雪町先輩」
はたしてそこには、夏目柚木がいた。
雪町宗介が殺(あい)した時と同じ、制服を纏った少女の姿で立っていた。
「……夏目」
少女の名前を呼ぶ。
夏目もまた、喜びを隠し切れぬ様子で頬を綻ばせた。
「先輩もやっぱり、地獄(ここ)に来ましたか」
「僕は、人殺しのひとでなしだからね。地獄に堕ちて当然だよ」
「アハッ。それもそっか」
交わす言葉の調子は、かつてと変わらない。
まるであの日々に舞い戻ったような気分を味わいながら、二人して距離を詰める。
「意外に来るの、早かったですね」
「そうかい? 僕には、随分長くかかったように思えたよ」
「普通なら、待つ側の方が時間の経過を長く感じるものなんですけどね」
「君を待たせずにすんだなら、何よりだ」
「またそういうことを言う」
そう言って、夏目は困ったように笑う。
かつてはそれに臆病心をくすぐられたが、今の雪町にはもう怖くなかった。
「夏目にだけだよ、言うのは」
代わりに、思いの丈を、思っていることを、迷わず口にする。
「……もうっ」
そんな雪町の言葉を受けて恥ずかしそうに口を尖らせるが、夏目もまた、今さら諭す気も咎める気も抱くことはなかった。代わりに尖らせたばかりの唇で、笑みを形作る。
そうしながら、また一歩、二歩と、二人して近づいていく。
「……ねえ、雪町先輩」
「なんだい?」
「私たち、ここでは殺し合えませんね」
「うん。殺し合う気も起きないし、殺し合う意味もない」
ここは地獄。罪を犯した死者の末路。
殺人は形骸化し、人殺しは無為なもので、殺し合いに意味などなく。
ゆえに殺人衝動も殺人欲求も、ここでは装飾品にすらならない。
歪みが歪みとして機能しない世界で、殺人鬼たちは密事のように言葉を交わす。
「それじゃあ、何をしましょうか」
「そうだね……。それじゃあ、代わりに」
「代わりに?」
「恋を、しようか」
殺人欲求のせいで醜くもない。
殺人衝動のせいで見難くもない
そんな恋を、しよう。
同意を求めるように、殺人鬼の少年は笑った。
応じるように、殺人鬼の少女も笑った。
そうしてまた一歩、踏み出す。
二人の距離は、お互い手が届く近さまで詰まっていた。
「……」
「……」
言葉もなく、二人は同時に相手の頬へと手を伸ばす。
死者にぬくもりなど、あるはずもない。
それでも確かに、殺人鬼たちは指先に温かさを感じた。
「……雪町先輩」
「うん」
「恋をするならまずは、キスでも、しましょうか」
「うん。しようか」
拙い言葉に応じて、そっと身を屈める。
それに合わせて、夏目もそっと背伸びをする。
身長差は容易く縮まり、そして。
――――触れ合うだけの、ありきたりなキスを、少年と少女は交わした。
「あたたかい、ですね」
「うん。……とても、あたたかいね」
唇を離しながらそう零す二人の頬には、一筋の涙が伝う。その涙を互いの指で拭いながら、伝えなければいけない言葉を、二人は同時に口にした。
「大好きです、先輩」
「大好きだよ、夏目」
人殺しのみにくい恋 毒原春生 @dokuhara_haruo
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