そしていつか青に還る
保月ミヒル
そしていつか青に還る
初めからずっと一緒だったから、最期も一緒なのだと、なんの根拠もなく信じてた。
「――みか、
あ、と思った時には、もう遅かった。
名前を呼ばれた瞬間、びくりと揺れた筆先が、本来置く予定ではなかった場所に着地する。
おそるおそる筆先をどけると、キャンバスの中の曇り空にぽっかりと濃い青がのっていた。
屋根を青で塗ろうとしたのに、これではまるで今から青空を塗ろうとしたかのようだ。
私は思わずため息をついた。
油絵は乾いてから容易に修正できるものの、面倒な処理をする時間はもどかしく、大嫌いだった。
「あれれ? もしかして怒ってる?」
私を驚かせた当の本人は、あっけらかんとした顔で私を覗き込む。
「
「あはは、怒った。まぁいいじゃん、それくらいすぐ直せるんだから! それよりも換気ちゃんとしなよ。溶剤の匂い嗅ぎすぎると頭悪くなるぞー」
未来が、ガラガラと私の部屋の窓を開ける。
その途端に朝特有の清々しい空気が入ってきて、私は初めて澱んだカビくさい空気の中で絵を描いていたことに気付いた。
溶剤のつんとした匂いが希釈されて、変わりにセミのうるさい鳴き声が部屋を満たしていく。
まるで、たった今夢から覚めたような心地だった。
「まったくもー、せっかくの夏休みなんだから、こんな朝っぱらから絵描いてないで、少しくらい外に出なよ。しかも、また曇り空の絵。最近曇りか雨の絵しか描かないけど、なんで?」
外はこんなに晴れてるのに、と未来は窓の外に積み上げられた入道雲を指さす。
「別に……そういう気分だから」
「絵具ついちゃったそこ、青空にしちゃえば?」
「やだ」
即答すると、未来は苦笑した。
私は一度決めたことを覆すのが嫌いだった。
融通が利かずに、突然の事態に弱い。
生まれた時から一緒にいる未来は、それを嫌というほど知っているだろう。
「それより、未来はなんでずっと家にいるの? 去年の夏休みは毎日友達と遊びまわってたのに」
「うーんと……そういう気分だから?」
未来は私の双子の姉だ。
一卵性だから、子どもの頃は顔もよく似ていて、両親でも見分けがつかなかったくらいだ。
けれど、高校生になった今は違う。
私は人の視線を避けるように前髪を伸ばしている。
それに対して未来は、おでこに髪がかかるのが嫌いらしく、いつも前髪をピンで留めていた。
だからだろうか。
猫のような形をした目はどちらも同じなのに、私のそれは臆病さを強調して、未来のそれは好奇心を強調しているように思えた。
性格も正反対だ。私はこうして一人で絵を描くのが好きで、将来は美大に行くため、よく部屋や部室に籠って練習している。
対して未来は、芸術にはあまり興味がない。
その代わりスポーツ万能で、成績もそこそこで、何よりカリスマ性があった。
教室でもいつもたくさんの人に囲まれていると聞く。
同じクラスにならなかったことを未来は残念がっていたが、私は心底ほっとしていた。
根暗な自覚があるから、いつも明るい笑顔の未来と比べられたくはない。
成長するにつれて、未来への劣等感は募っていった。
けれど、未来を嫌いになることは絶対にない。今も、これからも。
未来は私の一部で、私は未来の一部だ。
元は一つの卵子だったからだろうか。ただの家族にはないような、特別な絆を感じていた。
「それよりも、そろそろ朝ごはんの時間だよ。上行こ」
「うん、そうする」
未来に促されて、名残惜しさを感じながら筆を置く。
私たちの部屋は1階で、リビングや両親の部屋は2階。
だから、こうしてお互いに声を掛け合って2階に行くのが日課になっていた。
リビングへ続いている、緩やかなカーブの階段を上っていく。
途中の窓から鮮烈な朝日が射し込んでいて、絵に集中していた目がしばしばとした。
やがて、トーストと目玉焼きの匂いが漂ってくる。
「おはよう」
食卓にお皿を運んでいたお母さんに声をかけてから、キッチンに向かい、まず冷蔵庫から水を取り出す。
グラスに注いでいる途中で、テーブルの上に私とお母さんの分の朝食しかないことに気付いた。
それぞれが座る席はいつも決まっているから、置かれている場所で分かる。
お父さんはいつも私たちが起きるよりも早く会社に行くからいいとして、問題は未来のぶんだ。
「ねえ、未来のぶんは?」
聞くと、お母さんはなぜか驚いたような顔をした。
そして次に、困ったように眉を下げる。
「未来は……いいのよ。あなただけ食べなさい」
「そうそう、いーのいーの!」
最近よくこんなことがある。
どうして、と聞いても何も返ってこないことは学習済みだ。
初めは酷いケンカでもしたのかと思ったけれど、お母さんが未来の名前を口にする時の声に棘はないし、未来も明るく受け止めている。
それぞれの受け答えが微妙にずれているときはあるけれど、元からそんなものだ。
だから、お母さんと未来との間でなんらかの取り決めがあったのだろうと察した。
ダイエットだかなんだか、どうせそんな理由だろう。
元から痩せてるんだからそう気にすることもないのに、前にもバナナが良いと聞いてそればかり食べていた時がある。
三人で食卓を囲んでいるのに、食べているのが二人だけというのは、ちょっと寂しかった。
「朝食くらいちゃんと食べなよ」
「やだー。でも心配してくれてアリガト」
何が楽しいのか、アハハと笑う。
私も、しょうがないな、と言いながらトーストをかじった。
その後も、夏休みの間じゅう、なぜか未来はずっと家にいた。
絵を描く私にちょっかいを出したり、勝手に部屋に入って来て、ベッドの上で漫画を読み始めたり。
いつも外に出たがる未来にしてはちょっとおかしいと感じて、何かあったのか聞いても、「んー、別に」とはぐらかされるばかりだ。
本人も家にいること以外は別段変わった様子はなかったので、私はすぐに追及を止めることにした。
それに、ずっと二人でいるのは、まるで小さな頃に戻ったようで少し楽しかったのだ。
うちは共働きだったから、留守番中はよくこうやって同じ部屋で別々のことをしていた。
ゆるく、同じ空間で繋がっているのが、心地いい。
そんな感覚があるのは、やっぱり元はひとつだったせいかもしれなかった。
夏休みはあっという間に過ぎていき、気づけば最終日となっていた。
「ねえ、未花。みかってばー」
「ん……」
ゆさゆさと掛布団越しに揺さぶられて、私はぼんやりと目を覚ました。
薄暗がりの中、間近で未来が私の顔を覗き込んでいる。
「鎌倉行こうよ、鎌倉。今すぐ。あたし海が見たい」
「……はあ?」
枕元の時計を見る。まだ4時半だった。どうりでカーテンの向こうも暗いはずだ。
「嫌だよ、なんでこんな早朝から」
掛け布団を頭の上まで引き上げて、ごろんと寝返りを打つ。
しばらくすると、弱々しい声が聞こえてきた。
「……ねえ、お願い……」
涙が混じっているような響きにぎょっとした。
いつもの未来と、まるで違う。私は嫌な予感がして、布団から頭を出した。
「どうしても?」
「どうしても」
未来はたまに突拍子もない我儘を言う。けれど今回は、今までにないくらいに切実な目をしていた。
「……分かった。着替えるから待ってて」
そう返事をした途端、未来の顔がぱっと明るくなる。
まったく、何だと言うのだろう。
やっぱり、夏休みに入ってから未来の様子がおかしい。
改めて聞いてみた方がいいかもしれないと思いつつ、私はなぜかそれを口にできなかった。
家を出るころには、朝日が爽やかに街を照らしていた。
ICカードで改札を抜けて、始発の電車に乗り込む。
都内から約二時間ほど電車に揺られ、私達は鎌倉に到着した。
「お母さんたち、心配してないかな」
今更ながら不安になってくる。けれど未来はあっけらかんとしたものだった。
「書置き残してきたし、もう高校生だよ? 大丈夫でしょ。帰ったら未花は怒られるかもしれないけど」
「……どうして私限定なの?」
「さあ、どーしてでしょー」
未来は楽しそうに笑って、小町通りを歩いた。
まだどこも開店前だ。ひと気もなくて、まるで違う世界に迷い込んでしまったような、不思議な気分になる。
「そういえばさ、覚えてる? 前も親に黙って鎌倉に来たこと」
「うん、覚えてる」
あれは、まだ小学生の頃だった。
些細なきっかけでお母さんと喧嘩して、私は家を飛び出したのだ。
行くあてもなく家の周りをぐるぐると歩いていると、未来が迎えに来た。
どうせお母さんに言われてきたんだろうと拗ねる私に、未来は五千円札を差し出した。
そして言ったのだ。
『玄関の貯金箱から盗んできちゃった。これで、行けるとこまで行こ?』
悪戯っぽく言う未来が、私はまた好きになった。
駅の切符売り場でうんうんうなりながら決めた行き先は、その年の夏休みに家族で行った鎌倉だった。
当時の私にとっては、電車で二時間なんて、うんと遠い場所に思えた。
もう家に帰れないかもしれないと不安になって、でもすぐに『未来がいるから平気』と思えた。
それなのに。
幼い私たちが鎌倉に到着し、駅から小町通りに入ってすぐ、未来がどこかに行ってしまったのだ。
……もし、このまま見つからなかったら?
そう思った途端、急に自分が半分になってしまったような気持ちになった。
その頃の私は今よりもずっと臆病で、未来がいなければ何もできなかった。
やがて、泣きじゃくる私を見かねて、観光客のお姉さんが足を止めてくれた。
お姉さんは優しく私の事情を聞いてから、スマホを差し出した。
そして私は結局、お母さんに電話をして洗いざらい話すことになったのだ。
けれど、お母さんが鎌倉に到着するよりも前に、未来はあっさり見つかった。
どうやら、近くのお店に入ってお土産を物色していたらしい。
心細さが頂点に達した私が、泣きながら大きな声で未来の名前を叫ぶと、少し離れた店の中から「なーに?」と顔を出したのだ。
嘘だろ、と思った。観光客のお姉さんは爆笑していた。
その後、無事に鎌倉に着いたお母さんと合流して、私と未来はしこたま叱られたのだ。
「未来と合流したの、このお店の前だっけ。懐かしいね」
「……ねえ、もし今あたしが迷子になっていなくなったら、未花はやっぱり泣くのかな」
「泣かないよ。子どもじゃあるまいし」
「本当かな~? わかんないよ。未花って寂しがりだし」
「泣かないよ」
……たぶん。きっと。
「ねえ。お店開くまでまだしばらくありそうだし、先に七里ヶ浜いかない? あたし海が見たいんだよね」
そういえば、今朝も海が見たいと言っていた。
今回の鎌倉旅行の目的は、きっとそれなのだろう。
私達は駅に引き返すと、江ノ電に乗って、七里ヶ浜駅に行った。
狭い改札を抜けて、潮風の匂いを辿るようにして海岸を目指して歩く。
ほどなくして視界が開け、砂浜が見えてきた。
まだ8時にもなっていないというのに、サーファーが沢山いる。
なんとなく気が引けていると、未来が私の手を取って海岸の端の方に連れて行った。
そこにはまだあまり人はいない。
私たちはサンダルを脱いで、白い波に素足を晒した。
「わー、気持ちいい! 水着も持ってくれば良かったなぁ」
「私は嫌だよ。泳げないし」
はしゃぐ未来を横に、私は及び腰だった。
海は苦手だ。
底がないように思えて、長く見つめていると飲み込まれてしまいそうになる。
自分だけじゃなく、何か大切なものまで、連れていかれてしまうような気がするのだ。
未来はそんな私はお構いなしに、嬉しそうに地平線の向こうを眺めている。
「……未花も知ってると思うけど、あたしさ、青が好きなんだよね。だから、死んだら海に遺灰を撒いて欲しいの」
「え……? どうしたの、急に」
そう聞いても、未来は私の方を見ない。
海の青と空の青が混じる線の上を、じっと見つめている。
「海水に混ざって、揺蕩って、いつか蒸発してゆっくり空にのぼっていくんだ。素敵じゃない? 青にひたって、青に還るんだよ」
「……なに、それ。あと70年後くらいの話?」
笑えない冗談を、あえて笑い飛ばす。
そうじゃないと、声が変に掠れてしまいそうだった。
私たちはまだ女子高生だ。死ぬ予定もないし、就活もまだなのに終活をするいわれもない。
それなのに、未来はなんでこんな話をするのだろう。
「人間、いつ死ぬか分かんないんだから、別におかしくないでしょ」
「ねえ……やめてよ。最近の未来変だよ」
「そんなことないよ。……それに、変なのは未花の方だよ」
どういう意味かと尋ねる前に、未来がそっと私の右手を取った。
同じ体温。
もとは一つだったもの。
「あたしがいなくなっても、未花は未花だよ。ひとりでも生きていけるんだよ」
未来は何を言おうとしているんだろう。
その内容を、私は知りたくない。
苛立ち紛れに繋がれた手を振りほどこうとして、やっぱりできなかった。
代わりに強く握り返す。未来の存在を確かめるように。
「あたしが青空になったら、未花のことも明るく照らしてあげる。だから、あたしと一つだったことは忘れて、ちゃんと生きていくんだよ」
ふっと、右手の温度が消える。
繋がれていた手が力を失くして、太ももに垂れた。
何が起こったのか理解できないまま、私は隣を見る。
「未来……?」
誰もいない。
砂浜の上には、足跡さえない。
私はただ一人で、波打ち際に立っていた。
「未来!? どこ……!?」
その後、どれだけ探しても未来は見つからなかった。
スマホに電話しても出ない。
私は未来が先に家に帰っている可能性を考えて、急いで帰宅した。
もしいなければ、警察に届け出なければ。
鍵を開ける時間さえもどかしく感じながら、ドアを開け、玄関に入る。
そして私の部屋を通り過ぎて、未来の部屋を開けた。
「未来!? っ……」
私が言葉を失ったのは、そこに未来がいなかったからだけじゃない。
荷物がない。机の上にいつも散らかっていたはずのノートや教科書もない。
未来の生活の匂いが、一切残ってない。
茫然としていると、後ろから背中に手を置かれた。
「お母さん……」
悲しそうな顔で私の背中に手を置くお母さんの後ろには、お父さんの姿もある。
今日は平日なのに、会社はどうしたんだろう。
ううん、今はそれよりも――
「未来は!? ねえ、未来は帰ってない!?」
「未花……」
お母さんが、困ったように私を見下ろす。
「未来が、どうしたんだ」
お父さんの静かな声に、胸騒ぎがした。
「さっきまで一緒に鎌倉にいたのに、急にいなくなっちゃったんだ。もう高校生だし、迷子になったわけじゃないと思うんだけど――」
「いい加減にしなさい!」
頬に熱が走って、お父さんに平手でぶたれたのだと気づいた。
ショックで頭が真っ白になる。次いで、理不尽に対する怒りがわきあがってきた。
お父さんを睨んだその瞬間――私は、呆気にとられた。
滅多に感情を見せないお父さんが、目を真っ赤にして泣いている。
「未来は死んだんだ。いい加減に現実逃避はやめなさい」
「死んだ……?」
そんなはずはない。
だって……さっきまで、確かに一緒に居たのに。
「今日が四十九日だろう? いつも一緒にいたお前が、きちんと送り出してやれなくてどうするんだ」
「あなた……」
「未来がまだ生きているように振舞うのは、今日でおしまいだ。母さんももう付き合うな。この子は現実と向き合う必要がある」
未来が死んだ……?
私は自分の部屋に戻ると、カーテンを引いて、ベッドの上で膝を抱えた。
そうだ。そうだった。
ゆっくりと、断片的に記憶が戻ってくる。
未来が骨肉腫と診断されたのは、去年の秋ごろのことだった。
幸いそこまで大きなものではなく、手術と抗がん剤で治るだろうと思われていた。
――けれど。
肺への転移が見つかったのは、今年に入ってからだった。
それでも未来はいつも通り明るく振舞っていた。
だから私も、きっと大丈夫だと、そう根拠もなく信じていたのだ。
それなのに……終わりは、あっけなくやってきた。
夏休みを一週間後に控えたある日、お母さんから高校に連絡が来た。すぐに病院に来るように言われ、私は教科書もカバンもそのままで学校を飛び出した。
病室に駆けこんだ私を待っていたのは――両親に寄り添われて、呼吸を止めた未来だった。
窓からは夏の日差しがさんさんと降り注いでいた。
未来は青が好きだったから、晴天の日に逝ってしまったのかもしれない。
昨日のような曇り空だったら、まだ生きていてくれたかもしれないのに。
そんなバカげた考えが頭から離れなくて、私は家に帰ってからずっと部屋に籠り、曇り空の絵を描き続けていた。
何日も、何日も。
こうしている間は、まだ未来が生き続けていてくれるような気がして。
そんな時だった。未来が、突然私の名前を呼んだのは。
夏休みの間じゅう、私は未来の幻を見続けていたのだ。
そう悟ってから、私は、未来が死んで初めての涙を流した。
9月始めの日曜日。
この日、未来の骨の一部を、海洋葬にすることになった。
入院をするようになってから、未来はいつも両親に『遺骨を海に撒いて欲しい』とお願いしていたらしい。
両親ははじめ反対していたが、容体が急変したあの日にまた頼まれて、骨の一部だけという条件付きで飲み込んだらしい。
未来の死を覚悟できていなかったのは、私だけだったのだ。
未来は、息を引き取るその寸前まで、私のことを心配していたという。
寂しがりで、弱くて、突然の事態に弱い私のことを、未来はよく理解してくれていた。
だったら、死ななければいいのに。
初めからずっと一緒だったから、最期も一緒なのだと、私はなんの根拠もなく信じてた。
別々の肉体を持っている以上、そんなことなんてありえないのに。
船に乗ってしばらくすると、未来の骨の粉末が、薄いオブラートのようなものにくるまれて渡された。
これを遺族が直接海に投げ入れるらしい。
そうすると、オブラートのような膜が海水で溶けて、未来は海に還っていく。やがて、海水は蒸発して空に向かうのだろう。
私は包みを海に投げるふりをして、こっそり自分のポケットの中に入れた。
未来の一部を海にあげて、残りは土の中に埋めるのなら、ほんの少しだけ、私の手元に残っていてくれてもいいのではないかと思ったからだ。
未来は幻として現れた時、私に一人で生きていくように言ったけど、それはまだ無理だった。
その日、家に帰った私は、部屋に籠って新しいキャンバスをイーゼルに掛けた。
パレットの上にウルトラマリンブルーの油絵具を出し、オイルで滑らかにしてから、未来の遺骨と混ぜる。
白い粉末がきらきらと光って、鮮烈な青を少しだけ柔らかな色にした。
描くのは、七里ヶ浜の真っ青な海と、入道雲がもくもくと積みあがった夏の空だ。
砂浜には、一人の少女を描く。
私にそっくりで、でも私には出来ないような明るい笑顔を浮かべる、二度と戻らない私の半身を。
「ごめんね。本物の海と空に還してあげられなくて」
『別にいいよ。それにしてもホントに寂しがりだなあ、未花は』
どこからか、楽しそうな声が聞こえてくる。
『……やっと、晴れた空を描いてくれたね』
こぼれ落ちそうになった涙を、袖で乱暴に拭う。
本当のお別れがやってくるのは、この絵を描き上げた後だ。
私はこれから未来の死に向き合い、何度も絶望し、嘆くのだろう。
それでも――私はきっと、もう青空を恨むことはない。
そしていつか青に還る 保月ミヒル @mihitora
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