後日談〈終〉 —動き出す世界導く者達—

 桃色髪の大賢者ミシャリアへの宮廷術師会代表移譲がつつが無く進み、法規隊ディフェンサーは程なく新たな冒険の旅路につく事となった。


 そんな中憂い帯びた瞳で思案にふけるは、正統魔導アグネス王国警備隊代表フェザリナ・リオンズである。

 ひとえにそれは、法規隊ディフェンサーの新たなるメンバーにあのお転婆姫リーサが加わった事にこその憂いであった。


「姫殿下は上手く彼女らとやって行けるでしょうか。」


 姫殿下のお転婆に手を焼いた彼女。

 しかし言葉に秘めた想いは別の意図を含んでいた。


 それを知る所である術師会元トップレボリアスが言葉を挟む。

 すでに継承の儀を数時間前に終えた彼女ら……足を運んだ術師会本局宮殿にて。


「何を気にやむ必要があろうか、フェザリナ卿。我が弟子は、私が言うのもなんだが……あれで仲間への労りには多分に長けた逸材。——」


「あれは彼女なりの成長と断言しましょう。当時のミシャリアを良く知る私が言うのです。間違いはありません。」


 術師会元トップの言葉は、お転婆姫の表面的な部分ではない本質へ向けた配慮。

 彼女がかつて多くの民の命を奪ってしまった、魔法力マジェクトロン暴走事件こそを指していると悟っての励ましである。


 その励ましにクスリと微笑を零す美貌の卿フェザリナは、との言葉で今までの法規隊ディフェンサー……中でも思い出してしまった。


「杞憂……ですかね。あの法規隊ディフェンサーのバカ騒ぎは、むしろ今の姫殿下の拠り所になるやも知れません。誰もを退け、一人で宮殿奥に引き篭もり——」


、優しくて……民想いの素敵な姫殿下の……。」


 言葉にしながら過去の愛しき姫と今の姫を思考へ浮かべ、そこに関わった支える者の全てを記憶から引っ張り出す。

 それだけでも、法規隊ディフェンサーと言う存在がどれほど姫の力になるかは想像に難くなかった。


 民の命を奪ってしまった大罪に、押し潰されそうになっていたお転婆姫。

 心を切り付ける悲しみに耐え切れず、幾度と己の命を絶とうと試み……その度に美貌の卿が彼女を探し出しては有り余る優しさで抱きしめ続けた。


 慈愛の女神の如き、お転婆姫の……感情さえ捨て去ってしまっていた日々。

 卿はそれを必死で支え続けていたのだ。


 そして暫しの沈黙が二人を包み、やがて美貌の卿から言葉が放たれる。

 だがそこには先の憂いさえ感じさせぬ、警備隊の代表たる威厳が満ち溢れていた。


「なれば我らは、姫殿下の事をミシャリア様と法規隊ディフェンサーに任せ……しかるべき行動へと移らねばなりませんね。」


 銀の御髪をなびかせ振り返る背後。

 すでに諸々の伝達に走り帰還したアウターク騎士ディクター薄感情導師アスロットが、ひざまづき……放たれるであろうそれを今かと待ち侘びていた。


 そして術師会元代表と首肯しあい、配下たる者達が待つ大号令を解き放つ。

 これより正統魔導アグネス王国が巻き込まれるであろう、ただならぬ事態へ向けて。


「ではこれより、王国の守備強化と周辺諸国の動き監視のため……我らアグネス警備隊は先んじて動く事とします! 今までモンテスタ導師の難事のせいもあり、動けずにいましたが——」


「それが終息を見た直後のラブレス侵攻未遂は、このザガディアスへ戦乱の火種を呼ぶには充分。なればこそ、敵対を仄めかす数々の国家群へと先手を打って出ねばなりません! ディクター、そしてアスロット……頼みますよ!? 」


「「イエス……マム! 」」


 これより赤き大地ザガディアスは戦乱の嵐が吹き荒れる。

 奇しくもそれは、希望を携えたとある冒険者の活躍を起因としていた。

 それでも世界は回る……ひと種が呪いの如く受け継ぐ悪意を撒き散らす限り。



 そんな中、起こりうる事態を危惧するもう一つの勢力さえも新たな一歩を踏み出していたのだ。



∫∫∫∫∫∫



 正統魔導アグネス王国領海より遠く離れ、ようやく祖国の地へと近付いた暗黒帝国ラブレスの兵団を乗せた軍艦群——戦列艦を始めとした偽装揚陸艦が荒波を削り取る。


 しかし彼らは此度戦いの敗残兵である。

 あるのだが……人外兵団の何れにも敗北など意に介さぬ気概が満ち溢れていた。


「此度は見事な敗退ぶりでしたね、アンドラスト卿。ですが——」


「ククッ……初陣ういじんから勝利した兵など先は知れている。。此度負けはしたが、貴君らの戦いは見事であった。」


 言うほどに負けの屈辱を見せぬ真摯なるオーガベンディッタと、その意図を汲み賛美を贈る黒の総大将リュード

 大敗したのは総大将も同じであったから。


 例え万一己のみが勝利したとて、黒の総大将は彼らを責め上げる事などない。

 彼ら人外の兵団は法規隊ディフェンサーとの一戦で、正しく生命種としての産声を上げたのだから。


 彼らが陽の光を浴びて生きる資格を、自らの意思で勝ち取ったのだから。


 戦列艦甲板上で、視界に広がる祖国の大地を見やる総大将と側近たる将兵。

 そしてそこから一段下がった場所では、大敗の中も生命種たる証を勝ち取った人外の勇士達が誇らしき将らを見上げていた。


 程なくその軍艦一団が暗雲渦巻く大陸の端、軍港と思しき場所へと近くや……戦列艦を始めとした艦に搭乗する全ての人外兵らが拳を胸に姿勢を正した。


 一糸乱れぬ礼は、


 そこに立つ影。

 黒衣と漆黒の鎧が艶やかに煌めくそれ。

 肩口まで伸びた金になびく御髪を潮風に叩かれながら、影は鋭き視線を荒波越える艦へと注いでいた。


 やがて艦との距離が縮まるや、影は高らかに声を上げる。

 響いた声には、黒の総大将さえも胸に当てた拳で応えていた。


「よく無事に戻った! 此度はこの私、アスタルク・ダークブリンガーのわがままに付き合わせてしまったな! 礼を言う……ラブレスの栄えある未来達よ! 」


 黒衣に包まれた影は、名をアスタルク・ダークブリンガーと名乗る。

 さらには人外兵団をおもんばかる言葉は、荒波の轟音の中であってもしかと兵団の勇士らに伝わった。


 そう——

 あろう事か一国の主同等の存在が、先遣隊程度の兵の帰還へ先立ち出迎えたのだ。

 同時にその兵を想う黒衣の将の器は、勇士らの思考へ余す事無く刻まれて行く。


 その後寄航した兵団を迎えた黒衣の将アスタルク眼前へ、誰一人欠けずに舞い戻った千の兵団がひざまづく。

 ゴブリンが、コボルドが……オークにオーガがその膝を折って——たった一人のひと種の存在へ跪く。


「貴君らは良き戦いを経験した。故に暫し休息を取るが良い。その後我らは、本格的に打って出るが……アグネスと同盟国へは手を出さぬ。」


「しかし世界には、未だひと種の悪意が絶望を生む時代。なればこそ我らが打って出ねばならん! 〈ギ・アジュラスの砲火〉により、滅亡寸前にまで追いやられたのは我ら……暗黒の民であるが故だっ!!」


 人外兵団を前に宣言されたのは世界への宣戦布告。

 だがそこには



 加えて黒衣の将は口にした。

 世界へ滅亡の炎を撒き散らした〈ギ・アジュラスの砲火〉に焼かれたは、暗黒の地に住まう民であったのだと。



∫∫∫∫∫∫



 その日を境に世界は動き出す。

 戦乱の種が世界にばら撒かれる様に。

 だがそれでも……彼らはきっと笑いながら世界を闊歩するだろう。



 弱きへその手を差し伸べ、捻じ曲がった強きへ怒りの制裁を叩き込む……、帝国 超法規特殊防衛隊ロウフルディフェンサー真理の賢者ミシャリアの一行が——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロウフルディフェンサー 鋼鉄の羽蛍 @3869927

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画