友と本音と

華也(カヤ)

第1話

『友と本音と』



著・華也(カヤ)



高校2年生の冬、俺のクラスメイトで、友達の弓矢(ゆみや)が現役高校生ながら、プロの小説家になった。

元々、趣味で書いていた弓矢は、時間がある時に、小説をコツコツと書いては、雑誌のコンテストに投稿していた。

何作も書いては投稿を繰り返し、ようやくコンテストの大賞を取ったのだ。

現役高校生小説家誕生という見出しと共に、弓矢の小説は、書籍化されたのだ。

クラスには、弓矢に関してのインタビューのためか、カメラマンと雑誌記者や、テレビ番組のアナウンサーが押し寄せていた。

「クラスメイトとして、弓矢君の小説家デビューはどうですか?」

女生徒にそう聞く記者達に、「凄いですよね〜!尊敬します!友達として鼻が高いです!」とテレビカメラを前に意気揚々と答えている。

お前ら、いつも弓矢となんて喋ってもないし、なんとも思ってなかったろ。

それに、なに友達面してるの?手のひら返しもいいところだ。

教室でどこのグループに属することなく、本を読んだり、小説書いたり、影が薄かった弓矢。

いつ友達になったんだよ。テレビカメラの前ではしゃいでんじゃねえよ。

イライラする。

記者の人が弓矢に何かを聞いている。弓矢が俺の方を指差して、記者の人達に何かを伝えている。

すると、記者とカメラマンは、俺の方へ来て、

「津川君、弓矢君の親友なんだって?自分の親友がプロ作家になって、どう思った?やっぱり驚いた?」

ああ、弓矢は俺の事を親友と紹介したのか。そう思っていてくれてたんだ。

ドロドロとした感情が湧き上がるのがわかる。

「そうですね。小説を読むのがずっと好きで、趣味で書いてたりしてましたが、プロになるなんて思ってもみなかったです!すごいですよね!自分の事のように嬉しいです!」

記者の人達が求めているであろう言葉を吐き出す。イライラする。

このイライラは自分に対して、そして…。

俺は嘘つきだ。

この教室内で、一番喜んでない、祝福してないのは、俺なのだから…。

俺は弓矢の親友に相応しくないんだ…。


───────


「まーた本読んでる」

と、田中弓矢の頭を痛くない程度に叩く。

「別にいいだろ。誰にも迷惑かけてないんだから」

そう言いながらも、本から視線を逸らさずに、叩かれた部分の髪の毛を少し直す仕草をする。

いつも、本ばっか読んでいる弓矢も、朝セットして来たヘアスタイルを崩されるのは嫌なんだなと、少しだけ高校生らしい部分を垣間見る。

教室の中は、昼休みという事もあり、学生らしく騒がしい。

その中で、同級生のうるさい喋り声や笑い声が邪魔にならないのだろうか?

そんな事を思いながら、弓矢の事を見る。

まるで自分だけしかいないような雰囲気を出しつつ、本を読むのに没頭する。自分の世界に入り込んだら、雑音なんて聞こえないんだろうな。

俺は絶対こんなうるさい中では本は読めない。というか、読まない。

活字の本は苦手だ。漫画がいい。

「そういえば、この前投稿したって言ってた結果どうだったん?」

弓矢は自分で書いた小説を、雑誌の新人小説家コンテスト的なのに書いて投稿してみたよと教えてくれていた。

本から視線をズラして、教室の天井を見上げながら、溜息がちに

「カスリもしなかった。佳作さえも」

という残念な結果に終わっていたみたいだった。

「まあ、そんなもんじゃね?まだ学生なんだからさ。他にもっと面白いのを書いてる人がいるって事でしょ?プロ目指してる人なんて星の数ほどいるんだし、まあ、そう落ち込むなよ(笑)」

そんな真剣に取り合わないように、さりげなく現実を叩きつけてみた。

学生の内に、何かプロになったり、芸能人になったり、アイドルになったり、そんな人間はごく一部の天才だけだ。

それぐらいの現実は俺にでもわかる。

付き合いの長い俺から見ても、弓矢は天才じゃない。そうあってたまるか。いや、そう思いたかったのかもしれない。

「結構自信あったんだよ今回は。審査員の感性が合わなかっただけ。次は絶対に行けるヤツ書いてるから」

既に次の投稿作を執筆していると言い放つ。

スポーツでも、勉強でも、遊びのゲームでも、自信なさ気にしているのに、自身が書いている小説に関しては、凄い自己評価が高い。

誰でも人に誇れるものが、一つはあるって言うけど、弓矢にとってそれは、小説なんだ。

「津川だって、絶対に負けたくないものってあるでしょ?」

返す言葉が見つからずに、前髪を指で弄る。

俺には…何もない。

人に誇れるものなんてない。

「そういえば、この前書いたやつ、データで送ったじゃん。読んでくれた?」

「あー、読んでないな」


───────


弓矢とは、中学からの友達だった。

引っ込み思案で、本ばかり読んでいる根暗なヤツ。

そんな印象だった。

髪の毛は綺麗に整えてあり、メガネをかけて、身長も低く、運動神経も低い。

顔は悪くはないけど、良くもない。普通だ。

なんで仲良くなったかなんて、お互いに覚えてない。

俺は髪の毛を茶髪に染めて、ワックスをつけて、アクセサリーをつけて、周りの奴らと溶け込むために必死だった。

人の目を気にして、どこか無理をしていたんだろうと思う。

お互いに行きたい高校があるわけではなかったので、近くて偏差値的にも行けそうな高校へ進学した。

1年の時も同じクラス、2年生になっても同じクラス。

そして、弓矢のスタンスは変わらない。

髪にワックスを少しだけつけるくらいの変化。

毎日、本を読んでは、読み終わると、また新しいのを買って来て読んでいた。

側で一番見て来た。

自分の作品を書くために、本を読んでいた事を、後になって知った。

ただの本好きではなかった。

自分の夢、目標のためにやっていた事だった。

俺は何もやってなかった。勉強もスポーツも無難にこなせてはいたけど、これっていうものに熱中することはなかった。

他の友達と流行の物を追うくらいしかしてなかった。

高校2年の頃に、薄々は気づき始めていた。

学生生活を楽しんでいるのは、俺の方だけど、意味あるものとは思えなかった。

弓矢は学生らしい学生生活を送ってないけど、意味ある時間を過ごしていたようにみえた。

少しずつズレを感じていた。

俺と弓矢の差を。


───────


そんなズレが、形となって現れたのは、高校2年の冬

そろそろ進路を固めないといけない頃に、部屋に居た俺に、一本の電話が入った。

LINE電話。発信者は弓矢だった。

「電話なんて珍しいじゃん。どうしたん?」

凄く息が荒々しく、興奮しているような様子だったのが、電話越しにもわかった。

「…と、とった」

「ん?何が?」

「とった…」

「だから何が?」

「大賞とった…」

「…………」

言葉にできなかった。

我に帰り、家に来いと言って電話を切った。

心臓がヘヴィメタルバンドのドラムのようにドコドコと鳴っていた。

嫌な事に気付いた。この鼓動は、嬉しいからじゃないことを気づいていた。

なんで……?

なんで?って思う自分がなんで?

喜びの感情ではなく、湧き上がる感情は、嫉妬と妬みだった。

弓矢が息を切らしながら、俺の部屋へと入ってきた。

コンテスト発表のページを俺に見せてきた。


大賞作品

【明日の降る街】

作者・弓矢


確かに俺の目の前の雑誌のページにそう書いてあった。

言葉を発せずにいる俺に、弓矢は呼吸を整えて、

「大賞だよ!!やっっっったあああああああああ!!!!」

そう今まで見たこともない喜びようと笑顔で抱きついてきた。

ここで言うべき言葉は、「おめでとう!

これでプロじゃん!」と言うべきなのに、言葉が出ない。

湧き上がる感情は、酷く醜いものだった。

作り笑顔で

「おめでとう」

の一言を絞り出した。

「ありがとー!!!やったよ!!これでプロ作家になれる!!」

そう。大賞を取った作品は、書籍化され、賞金と、出版社から担当がつき、次回作も書籍化される特典が付いているのだ。

しかも、現役高校生が取ったという事は、それなりに話題にも上がる。

直木賞までとはいかないものの、それなりに大きいコンテストの大賞。

賞金も高校生からすれば、大金。

「津川ー!!ずっと応援してくれてありがとー!!!!」

一度も心の底から応援なんてしなかった自分に、言葉の刃がこれでもかと突き刺さる。

ザクザクと。刺さり過ぎて、原型を留められない程に。

この瞬間から、ずっと感じていたズレは、もう2度と戻らない溝になっていた。


───────


「そうですね。小説を読むのがずっと好きで、趣味で書いてたりしてましたが、プロになるなんて思ってもみなかったです!すごいですよね!自分の事のように嬉しいです!」

テレビの画面から自分のインタビューが流れていた。

「弓矢君の作品はもう読んだの?」

「いえ、まだ読んでませんが、これから読みます!」

そこで、俺のインタビューは終わっていた。

弓矢の小説は読めなかった。

いや、読まなかった。

書籍化され、現役高校生ということで、世間からも注目を浴びた弓矢は時の人となった。

クラスや学校中からヒーロー扱いに変わった。

そんな中、本が一般流通する前に、先に俺のために1冊プレゼントしてくれた。

「読んだら感想聞かせてね!」

そう嬉しそうに、友達である自分に、渡してくれた。

結果、読まなかったと言ったけど、今も読んでない。いや、読めない。

だって、貰ったその日に、コンビニのゴミ箱に捨てたから。

俺はその日から、弓矢との関係を絶った。


───────


【3年後】


季節は冬。痛む。

昔の事を思い出して、胸の辺りが痛む。

あれから、弓矢の本は大ヒットした。

俺はそれから弓矢と距離を置くようになった。

他の友達とつるんで、一切の干渉をしなくなった。

LINEの返事もしなくなった。

3年に上がると、別のクラスになり、より俺は弓矢から離れていった。

今、俺は大学2年生。

歩いて通えた高校とは打って変わって、家からかなり遠い大学を受験して入った。

さすがに家からは遠かったので、一人暮らしをしている。

なんて事のない、普通の大学生活を送っている。

弓矢は、知り合いに聞いた…いや、雑誌やワイドショーでも聞こえてきたから、知ってはいるけど、大学に進学したらしい。

現役高校生作家から、現役大学生作家に肩書きが変わっていた。

俺は、弓矢をどうしたかったのだろう?

きっと、怖かったんだ。

自分の手から離れていくのが。

ずっと、自分の手の届く籠の中にいてほしかった。

自分が優位な立ち位置でいたかった。

なんて傲慢で、自分勝手で、酷い考えなのだろう?

デビュー作の一発屋になってしまえと何度思ったことか…。

でも、弓矢は高校卒業と同時に2作目を発表。こちらもヒットした。

弓矢は、真のプロの小説家になれたのだ。

俺は…何にもなれてない。

友人の成功を喜べない、祝えない、醜い人間性を改めて突きつけられる結果になった。

哀れで、救いようのない、屑の中の屑野郎だったんだ。

今でも、ワイドショーのインタビューで、弓矢を見かける事がある。

少し大人びて、ヘアスタイルやファッションにも気を使っていた。

だけど、弓矢が映るたびに、電源を消していた。

ネットのニュースも見ないようにしていた。

それは、彼に対しての後ろめたさからくるものなのか、それとも、まだ認めたくないのか…。

認めたくないって、俺が認めたところでどうこうなるわけではないのに…。

どちらにしても最悪な人間だ。

穢れて汚れて、醜く、醜悪な人間だったんだな…自分は。


───────


ベランダに出て、タバコを吸う。

タバコを吸う時に、一緒に冬の冷たい空気も肺に入ってくる。

寒いなあ。体も心も…。

確か、ネットニュースの見出しで、弓矢が3作目を発表したと見たな。タイトルも内容も見てないけど。

また、ベストセラーになるのかな?

どうでもいいか。

肺に溜まったタバコの煙と、寒さからの白い息が、一緒に口から出て、交わり消えていく。

俺は、自分の醜さを知った高校2年の冬。

弓矢は、自分の才能を開花させた高校2年の冬。

こんなにも違うものなんだな。

もう、同じ世界の人間とは思えないよ。

どんなに自分の醜さを自覚しても、もう弓矢には会わせる顔がない。

遅かれ早かれ、こういうふうになっていたのかな?

そんな柄にもなく黄昏ていると、ピンポーンというインターフォンの音が部屋にこだまする。

タバコを灰皿に擦り付け、煙を消してから、部屋の中に入りインターフォンの画面を見る。

「宅急便です」

「あ、はーい。今開けます」

Amazonかな?でも注文なんかしたっけ?まあ、いいや。

とりあえず、サインを済まして荷物を宅配のお兄さんから受け取った。

玄関から部屋に戻り、椅子に腰掛けて、差出人の名前を見て、思わず目を見開いた。


【田中弓矢】


確かにそう書いてある。

何度見返しても、そう書いてある。

住所はおそらく、弓矢が今住んでいる場所なのだろう。

実家の住所ではなかった。

彼も一人暮らしをしているのだろうか?

この住所だと、大学は…。

というか、なんで俺の住所を知っているのだろうか?

高校の時の同級生から聞いたのだろうか?

なんで今更、こっちから避けていたのに、弓矢は荷物なんて寄越したのだろう?

…こんなにも弓矢の事を考えたのは久しぶりだった。

なんか…懐かしいな…。

少しだけ感傷に浸りながら、両手で抱えられる程の小さなダンボールを開ける。

こんなに心臓の鼓動が早くなったのは、大学受験の発表の時以来かな…。

ダンボールを開けたら、クッション材が敷き詰めてあった。

割れ物注意とは書いてなかったけど、一体何が入ってるのか?

クッション材をかき分けていくと、1冊の本があった。

すぐにわかった。

弓矢の本だ。

きっと、ネットニュースで見た、新作の本だ。

タイトルは…


【本当の友】


本を手に取る。

ハードカバーの本。

表の帯に書いてある言葉が


『17歳でデビューした天才、弓矢渾身の新作!!』


と書いてあった。

そっか。弓矢は天才だったんだ。

本の裏の帯を見た。

その書いてある文字を見た瞬間、俺と弓矢の間にあった時計の秒針が少しずつ進んだ気がした。

「…………あ……」

ポロポロと涙が出ていたのに、少し後になって気づいた。

そっか…。泣いているんだな俺…。

そっか…。……そっか…………。

涙で視界が悪いのに、俺は初めて、弓矢の、友人の弓矢の本を初めて読もうとしていた。


『大切な友人へ届いて欲しい』

そういう気持ちで書きました。

弓矢


───────


「どうだった新作?」

「うーん、難しくてよくわかんね」




END

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