それでもこの冷えた手が

野森ちえこ

どうかしあわせに

「ふあぁ……つめたーい、気持ちいいー」


 やっぱりつめたいのか。そうか。そうなんだろうな、きっと。でもそれを気持ちいいと言ってしまうおまえはどうかと思うぞ。てか、熱あるよな。顔赤いし。目とろんとしてるし。


「んー、この手、わたしにくださーい」


 大学の後輩である女の子はベッドに寝転がったまま、両手でおれの青白い手をにぎりしめて頬ずりしている。もうおれのからだでは人の体温を感じられないのだとはっきりわかる。


「……手だけ? さすがにそれは無理だ」


 たぶん。


「つーかさ、おまえなんで……おれにさわれんの?」

「さぁ……わたしが先輩のこと好きだからじゃないですかぁ?」

「…………は!?」


 待て。待て待て待て待て――。


 そういうことはおまえ……生きてるうちに言ってほしかったぞ。


「もう、なんで死んじゃったんですかああぁーー!!」


 そんなこと言われてもなぁ……。おれだって死にたくて死んだわけじゃねえし。いきなり二トントラックにつっこんでこられたらどうしようもねえだろ。


「せっかく、今年こそ告白しようと思ってたのにぃっ……!!」


 そうだったのか……。


「って……お、おい、泣くなよ」

「もうこのさい幽霊でもいいから、ずっとそばにいてくださいぃ……」

「……とりあえず、寝ろ。熱あんだろ? な?」

「そういえば、先輩……なんでわたしの部屋にいるんですかぁ?」


 ――おれも、おまえが好きだったから……なんて、さすがに幽霊の分際で口にはできない。死ぬ前に言っとけって話だ。


「……たまたまだ。いいから、寝ろ」

「わたしが寝てるあいだにいなくなりませんか?」

「…………」

「もう、黙っていなくならないって約束してくださいぃ。先輩が迷ってるなら、ちゃんと成仏できるように、わたしがお手伝いしますからぁ……。だから、黙っていなくならないって約束してくださいいぃぃ……。約束してくれないなら寝ないし、泣きますよぉ?」

「……もう泣いてんじゃん」

「もっと泣きます。えんえん泣きます」


 なんだそのクソかわいい脅迫は。


「……そんながっちり手ぇつかまれてたら、どこにも行けねえよ」

「へへっ。じゃあ、絶対はなしません」


 もう彼女と生きることはできないけれど、それでもこの冷えた手が彼女の心とからだを楽にしてくれるなら、もう少しだけこうしていよう。


 大丈夫。ぐっすり眠ったなら、熱に浮かされて見た夢だと、目がさめた時には忘れてる。


 ――おやすみ。どうか、しあわせに。



【完】


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それでもこの冷えた手が 野森ちえこ @nono_chie

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