第3話 敬語

「えぇ〜?世奈にはタメ語なの?なんで!?」

「こっちが聞きたいよ」

「車…ラテは?」

「外」

「あら、車庫に入れてあげないの?」

「私は運転手出来ないし…」


車庫には入れてもらおうとした、したけれど。


 あの後、車____ラテは、自分のことをペチャクチャと話し始めた。このままじゃ日が暮れそうだし、こっそりと抜けてきたのだ。


「でも、ラテは人間と自分は同じだって言ってた」

「…性格があるってこと?なるほど〜、私みたいのはタイプじゃないのね」

「…落ち込まないで」

「落ち込んでない!」


 最近、歳を気にし始めたくせに。テレビの録画が、美容と恋愛でいっぱいなくせに。


「AIが搭載されてるってことは…頭がいいってことだよね。なら、ラテに勉強教えてもらいなよ」

「…っラテに?」


カフェラテを吹き出しそうになり、少し咳き込む。


「来年から大学でしょ?志望校、決まってないようだし」

「…なんで知ってるの」

「私はアナタの保護者だからね」

「……勉強してくる」


 カフェラテを少し残して、私は階段を上がり自室へ向かった。


今は冬休み。大学受験があるからと、今年は宿題が少なめだ。


だから、特に何も手をつけていない。もうすぐ年越し。そろそろやらないとヤバイ。


全く勉強していないのを裏づけるように、机は傷一つついていない。


「…はぁ」


いざやろうとすると、なぜこんなにもやるきが出ないんだろう。


 ふと、窓からラテの青いボディが見えた。


ーAIに教えてもらいなよー


「……ダメもとで、行ってみるか」






「ラテ」

『何?』


 私は何も言わず、宿題の本を差し出した。


『数学?』

「これ…教えて」

『世奈、高三なの?…中学生に見えた』


ラテは、039と書かれたナンバープレートを光らせながら話す。


『今、ムスッてしたね』

「っ…」


いつも周りから、全く表情が変わらないって言われるのに。


『僕には、たくさんの機械がついててね。人の表情を、繊細に読み取ることが出来るんだ』


怖すぎる、この車。


『今、怖いって思った?』


返品したい。


『そのくらいなら、僕でも教えられるよ』

「…本当?」

『本当。助手席座って』


ラテの言う通り、助手席に座る。


『ダッシュボードのすぐ近くに、細い長方形みたいなのあるでしょ?そこを軽く押してみて』

「これ…?」


それらしき物を押してみると、勢いよく板が飛び出してきた。


大きさは、教室の机くらいだ。


『画面見てて』


画面は棒から切り替わり、数学の文字が出てきた。


『どこが分からないの?』

「え…えっと……余弦定理」

『余弦定理は、一つの角と二つの長さが分かっている時に使えるんだ。例えば____』






「…なるほど」


 ラテに数学を教えてもらって一時間。余弦定理どころか、一、二年の分からないところも分かるようになってきた。


「世奈、どこ〜?夕飯出来たよ!」


ベル姉の声で、もう日が暮れていることに気がついた。


『今日はここまでだね』

「…ラテ、ありがとう」

『どういたしまして』




 家に戻ると、机には山盛りになった唐揚げがあった。


「今日は豪華だね」

「新しい家族が来たから、そのお祝いよ」

「家族?」

「…ラテのこと」


車は、家族なんだろうか。でも私には、それを聞く勇気がない。


あの事故から、人に何かを聞くのが怖くなってしまった。一言目は出ても、二言目が出ない。


でも、ベル姉は特別だ。


事故に遭ったと分かると、周りの人はすごく気を遣ってくれる。


でもそれが、かえって気遣いが見えてしまって、申訳なくなるのだ。


でも、ベル姉は持ち前のフレンドリーさで、いつも明るく接してくれた。


そのおかげか私は、ベル姉にだけは普通に話すことが出来るし、多少表情も出るようになった。


 

 次の日。ベル姉は、ここから自転車で数分のところにある市役所で働いている。


主に、移住してくる外国人を相手にしているという。


「昼ご飯は、お弁当作ってあるからね。ちゃんと、勉強すること。ラテ、監視よろしくね」

『お任せください』


ベル姉は振り向かずに手を振って、市役所へ向かった。


『…昨日の続き、する?』

「……じゃあ、する」


今日もラテに数学と英語を少し教えてもらった。


さすがAIだけあって、英語の発音がネイティブだった。


『もうすぐお昼だね』

「…うん」

『世奈は、志望大学とかあるの?』

「……一応」

『どこ?』

「……明葉めいば大学」

『明葉大学…?東京の?』

「そう…夢、あるから」


 私は、小説家になりたかった。昔から絵を書くよりも、ゲームをするよりも、物語を作りたいと思っていた。


その夢は、今も健在だ。


『明葉大学…あ、小説家になりたいのか』


いつの間にか、画面は明葉大学の写真に切り替わっていた。


「でも…厳しそうだし」

『…ドライブしない?』

「…え」


 私が驚くのと同時に、クルマのエンジンがかかった。


『長めの休憩にしよう、運転席に移って』

「でも、ベル姉に怒られる…」

『夕方までに帰ってこればいい』

「…でも」

『ね?』


一度でも、優等生男子だと思った自分を殴りたい。ただのヤンキー男子だ。


でも、それにのる私も…私だ。


 運転席に移り、シートベルトをつける。


『ハンドル握って』

「…私、免許持ってない」

『添えるだけでいい。僕が運転するから』


恐る恐るハンドルに手を添える。


すると、ラテがゆっくりと前に走り出した。足元を見ると、勝手にアクセルが踏まれている。ハンドルも勝手に回っていく。


「…すごい」

『車乗るの久しぶり?』

「…10年ぶり、かなっ」


ラテは、さらにスピードを上げた。



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My Car 戦争 加藤真依子 @natiitabashi

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