第2話 試作品
「え?当たった?」
募集に応募して数週間後。
近所のお姉さん、ベルガーさん。通称、ベル
「本当に…その、試作品…当たったの?」
ベル姉は信じられないのか、俯いている私の顔を覗き込む。
ベル姉はアメリカ育ちのせいなのか、やたら距離感が近い。
私は椅子にもたれながら「う、うん…」と顎を引いて答えた。
「でも、
「…本当に当たるなんて……思わなかったから」
机に置かれたマグカップから湯気が立っているのを眺めながら言う。
ベル姉は向かい側の席に腰かけ、隣の部屋にある和室に目を向けた。
「不思議だなァ」
「…何が」
「いやァ?…ただ、もう世奈は車に乗らないと思ってたから」
ベル姉はきっと、和室にある小さな仏壇を見ているのだろう。
私の両親は、10年前事故で死んだ。
あっという間だった、瞬きくらいに。
「…車は…悪くないから」
・
数日後。
私の家に、試作品の車が届いた。
「では、ここにサインを」
「はい…はぁ、まさか私がサインすることになるとはねェ」
さすがに未成年のサインじゃいけないらしく、ベル姉にしてもらった。
今度、ケーキでも買いに行って渡さないと割に合わないな。
「…にしても、アンタ…ミニバン車にする必要あった?」
ベル姉は頭を掻きながら、強い口調でいう。
自分でもまさか、ミニバンが来るなんて思ってなかった。
せいぜい、軽自動車か大きくてもコンパクトカーだと思っていたのに。
「ベル姉…怒ってる?」
勝手に応募して、しかもそれが当たって、挙げ句の果には二人では大きすぎるミニバンが届く。
これは、いつも優しいベル姉でも怒るに決まってる。
私はしばらく、ベル姉の様子を伺っていた。
「そりゃ…怒るよ」
「っ…だよね…」
ベル姉は私に近づき、手を上げる。
これは叩かれるな…。
私は目を固く閉じ、全身に力を入れた。
でも、叩かれなかった。
目を開けると、ベル姉は私の隣にあった車のボンネットに手を置いていた。
「…怒ってたんじゃ、ないの…?」
「最初はね。…でも、世奈がまた車に興味を持ってくれたことが嬉しくて。それにこの車、私が昔乗ってた愛車にそっくり」
ベル姉はその愛車と再会したように、空よりも青いボディを撫でる。
「でも、管理は世奈がするんだよ。説明書しっかりと読むこと!」
「…こ、この量を…?」
ベル姉は国語辞典ほどある説明書を軽々と片手で持ち、私の頭に乗せる。
ずっしりとした説明書が首に負担をかけてしまいそうで、説明書を両手に持って車に乗せた。
仕方なく、説明書の一ページを開いてみた。でも、すぐに閉じてしまった。
最近度数を変えた眼鏡で見ても、見えないほど小さい。
「しょうがないなァ…初期設定だけ一緒にやりましょ」
「全部一緒にやろうよ…ベル姉、前は自動車エンジニアだったんだから」
ベル姉は肩をすくめたけど、その目はキラキラ輝いている。
私よりも、ベル姉の方が楽しみにいていたんじゃないか。
「世奈、100台限定だけあって色んな装備がついてるよ」
「例えば…?」
「AIって皆、同じ声じゃない?でもこの試作品皆、声が違うんだって。早く初期設定やろう!」
「…なんか、私よりも張り切ってない?」
「ふふっ、そんなことないって!」
絶対、嘘だ。
『初めまして』
「ワオッ!話したよ、今聞いた?」
「うん…」
さすが、AIだけあってよく通るいい声だ。優等生男子とかがよく似合いそう。
『私は試作品、
「私は、ベルガー!ベルガー・ダンジェ!で、こっちがアナタの主、
ベル姉は、車を初めた見た子どものようにはしゃいでいる。
『ベルガーさん、世奈さん。よろしくお願いします』
「さん、なんていらないよ!オープンにいこう?オープンに」
さすが、アメリカンウーマン。スキンシップのテクニックがすごい。
『…しかし初対面なので、いきな』
「主がそう言ってるのよ?」
主は私だ。さっきベル姉が言ってたじゃん。
『……わ、分かりました』
「敬語もなし!もっとフレンドリーにいきましょう!」
車も可哀相に。まさか、こんなグイグイくる人の元に来るなんて、思ってなかっただろう。
『…それはできません』
拒否されたよ、ベル姉。
「まぁ、所詮は車だしね…」
ちょっと落ち込んでるくせに。
車に拒否られて、ベル姉は「コーヒーを淹れてくる」と言って、家に入ってしまった。
「…人間みたい」
運転席のドアを開けて、席に座ってみる。
自動運転だけど、ちゃんとハンドルやアクセル、ブレーキはついていた。
『初めまして、世奈』
「っわ…!」
車が急に声をかけたせいで、ハンドルに膝をぶつけてしまった。
『あ、びっくりした…?ごめん』
「いや、別に…」
よく見ると、カーナビの画面にたくさんの細い棒があり、車が話すたびに棒が上へ跳ね上がっている。
確か、スペクトラムバーっていうんだっけ。
『世奈、僕に名前をつけてよ』
敬語はどうした、車よ。
「名前…急に言われても」
『僕も人間みたいに喜怒哀楽とか、性格とかあるんだ。だから、名前があると嬉しいんだけど』
実は、名前をつけるのが苦手だったりする。
小学生の時に、ザリガニを取って育てる授業があった。
取ってきたザリガニに名前をつけるんだけど、安直な名前しかつけられなかった。
ザリ、ガニ、エビ、赤、レッド、チョキ…。
最後なんて、ただのじゃんけんだ。
「世奈〜!前田のカフェオレにする〜?それとも、ネームのカフェラテにする〜?」
キッチンの窓を開けて、ベル姉が叫んでいる。
私は窓を開けて「ラテ」と答えた。でも、聞こえなかったのか、ベル姉は何度も聞いてくる。
「ネームのラテ!!」
「OK!」
ふぅとため息をつき、背もたれにもたれかかった。
『ラテ、いい名前。ありがとう』
「え!?ちょっと、今のは違うくて…」
車は嬉しそうに、画面を音符でいっぱいにしている。
もうこうなっては、どうしようも出来ない…。
「…ラテ、よろしく」
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