告白の練習相手になってほしいとかバカのアタマってどういう作りになってんの?

ラーさん

告白の練習相手になってくれとかバカのアタマってどういう作りになってんの?

「告白の練習をしたい」


「は?」


 田中のあまりにも出し抜けな頼み事に、あたしは眉根を寄せてこれ以上ないくらい怪訝な顔で聞き返した。

 放課後に用があるとあたしを校舎裏に呼び出した田中は、小学校時代から今の高校まで、ずっと同じ学校に通っている腐れ縁のクラスメイトだ。ムダにでかい図体をしたゲジゲジまゆ毛のむさ苦しい男である。正直、夏場とか近くにいて欲しくない男ランキングで上位入賞は間違いないレベルのむささだ。


「告白の練習をしたい」


「は?」


 そのむさい田中が繰り返す。あたしは同じ顔で聞き返す。これを三回繰り返すと、田中はらちがあかないと悟ったか、理由を話し始めた。


「いや、な。オレも思ったんだ。この高校生活、彼女なしに三年を過ごすなどあまりにも虚しいと。オレは高校生だ。ピチピチの十七才だ。飛び出せ青春なヤングメンだ。だから彼女の一人ぐらいいてもおかしくないだろう?」


「おかしいんじゃない?」


「……!」


 衝撃を受けてよろめく田中。こいつはむさいだけが取り柄の男じゃない。バカでもある。それもとびきりの。


「……相変わらず冷たい奴だな。だが、そんなドライな成沢だからこそ、オレの練習台にふさわしい。さあ、オレの告白を受けるのだ!」


 そして相乗効果としてウザイ。田中はあたしの反応なんて完全に無視して突っ走り始めた。おい、誰があたしに告白なんてしていいって言った?


「オレの墓石に名前を刻んでくれないか?」


 衝撃の告白。いや、別の意味で。


「……バカだバカだとは思っていたけれど、ここまでバカだとは思ってなかったわ」


「なん……だと?」


 あたしは眉間を押さえて首を振る。そのリアクションに驚愕を浮かべる田中。そのリアクションに憤りを覚えるあたし。


「結婚のプロポーズにしても重すぎるわっ!」


「墓石だけにな!」


 開口一声に放たれたあたしの鋭角なツッコミをボケで迎え撃つ田中。しかし頭をはたきに狙ったあたしのツッコミは瞬時に軌道を変えて、田中の迎撃を空振りに終わらせる。


「フェイントだと!?」


 大きく足を踏み込み身体を沈めるあたし。田中のボディはがら空きだ。呼気を整え、拳に力を集中させる。


「貴様の墓穴は一人用!」


 そして発勁。


「……暴力反対……」


 崩れ落ちる田中に背を向けて、あたしは言い捨てた。


「ツッコミは愛よ」


 とかじゃれあっている間にだいぶ日が傾いてきた。ああ、そういえば今日はミュージックスタジオにSAMURAI JAPANが出る日じゃない。こんなむさうざいバカの相手をして疲れた心は、SAMURAI JAPANのセンター、SAMURAI REDの紅生くれない飛鳥あすかさまの美顔で癒してもらうしかないわ。さ、目の保養、目の保養。


「待て」


 と、立ち去りかけたあたしの肩を、むさうざい田中のバカがつかんだ。げじまゆの下のつぶらな瞳に燃え上がるような熱視線が光っている。ちょ、マジうざいんですけど。


「一度、振られたぐらいで諦めるは男の恥! 何度でも挑戦するが男の度胸!」


 轟然と叫び上がるバカ。いや、それただの諦めの悪いストーカー予備軍。


「行くぞ成沢ぁぁぁっ!」


 そんなあたしの心の声なんてガン無視で田中が怒涛の告白攻撃で突っ込んでくる。うぎゃぁぁぁ、来るなぁぁぁっ!


「もっと身近な存在になりたい。返事はどれだけでも待つ」


「一生待ってろ!」


「キミめっちゃかわいいから、付き合ってやってもいいぜ!」


「じゃあ、お断りします」


「一年前から好きだったんだけど気づかなかった?」


「だから?」


「キミに愛されたい……」


「キミを愛したくない」


「オレのために味噌汁を作って……」


「三十年古い!」


「オレの子供を産んで……」


「通報!」


 日が暮れた。


「はぁはぁ……」


「はぁはぁ……手強いな成沢……。それでこそオレが練習相手として認めた女だ」


 夕闇の校舎の影で、あたしとバカが互いに息を切らしている。すでにミュージックスタジオの放送時間は過ぎ去った。どうしてこうなった?


「はぁはぁ……だいたいねぇ、はぁはぁ……あんたの告白はねぇ、はぁはぁ……全部ボール球の変化球なのよ」


「なん……だと?」


 さっきから並んだおぞましいセリフの数々を思い返してみる。どれもこれも鳥肌ものだったけど、共通するのはことごとくにヒネリを効かせようとして一層に腹立たしいセリフになっている点だった。これが練習でなかったら、ぶっちゃけこいつをひき肉にして産業廃棄物として最終処分場送りにしているところだ。


「もっとさ……はぁはぁ……、普通にさ……はぁはぁ……、ストレートに『好きです』とかでいいんじゃないの?」


 そう言ったあたしに向かいバカは信じられない言葉を返しやがった。バカのくせに。


「じゃあ、やってみてくれ」


「……は?」


「お手本という奴を見せてもらいたい」


 虚を突かれて戸惑うあたしをバカが腕組みして見下ろす。なんだこの展開。


「え、や」


「さあ!」


 このときのあたしはどうかしていた。振り返ってみるにどうしてこんな頭の悪い展開に乗せられてしまったのだろう。きっと告白合戦に疲れたあたしの脳みそは、このとき正常な思考をしてくれなかったのだ。そう、このときのあたしはうかうかとバカと同じ土俵に立ってしまったのだ。


「……好き……です」


 自分がなにを言っているのかもよくわからない状態であたしがごにょごにょとつぶやく。なんか知らないが顔が赤くなって目が泳いだ。なにこれ羞恥心? このバカ相手にこのあたしが? そこにバカの大声。


「声が小さい!」


 むっときたあたしは顔を上げてさっきよりもはっきりとした発声で言う。


「好きです」


 しかしバカは首を横に振る。そして両手を開き「来い」のポーズであたしを挑発する。


「もっとだ!」


 バカの挑発に乗ったこのときのあたしは超ド級のバカだった。


「好きです!」


「まだだ!」


「好きです!」


「まだまだ!」


「好きですっ!」


「届かん! 届かんぞォォォっ!」


 あたしは全身全霊で叫んでいた。 


「好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


「ばっちこーい!!」


 全身を震わせるバカ。感無量といった雰囲気に天を仰ぐバカ。その姿を見て、あたしは血の気の引く音とともに、自分の犯した取り返しのつかない過ちに気づいたのだった。


「お前の告白、オレのハートにがっちりビートを刻んだぜ。惚れたぜ、成沢。オレもお前が好きだー!」


「きゃー!」


 そんなこいつが今のあたしの旦那です。

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