雨降りステップ

すぐり

雨降りステップ

 誰かの涙の音で目が覚める。

 鈍い朝日が漏れるカーテンを開き、ゆっくりと見上げた空には重く垂れ込む鉛色の雲。

 朝日よりも明るく光るテレビでは、今日もキャスターが雨天の報せを読み上げている。

 『折角の日曜日ですが、今日も一日雨模様です。お出かけの際は、雨具をお忘れないように』

 まるで雨が皆の楽しみを奪うかのように、悪者であるかのように――。

 雨天時の注意を続ける声を背に、テレビの電源を消し大きく背伸びをする。人工的な音の無くなった暗い部屋に、窓を叩きつけるくぐもった雨音だけが反響していた。

 ――コツン、トン、コン、カン。

 静かに目を閉じると、鈍く心地良い音に包まれ、小さな波紋のように広がる雨音が私の意識と交わっては解けて消える。結ぶことのできないリボンのように、私の気持ちを、想いをすり抜けていく。

 ――タン、タタン、カン、タッ。

 窓の外に流れる水滴。

 滲む虹色に彩られた通り道。

 逆さまに映る街並み。

 折角の日曜日。雨降り。憂鬱。テレビから聞こえていた声を頭の中で反芻する。

 憂鬱だなんてそんなことはない。

 ほら、こんなにも世界は輝いている。


 部屋中を跳ねる雨音に背中を押されながら、ベランダに干したままの、湿った純白のレインコートを羽織り、外へと飛び出す。

 玄関の扉を開けると、フワッと漂う雨の匂いに誘われるまま、一歩また一歩と歩みを進め、下を向きながら行き交う人々の間を、私は空を見て通り抜ける。足元しか見ない人々は、誰も私には目を向けず横を過ぎていく。雨に色を洗い落された私は透明人間。

 誰かの水溜まりを踏む音。

 雨音が錆びた空き缶を跳ね、トタン屋根を叩き、葉の上で弾けては、私にぶつかって流れ落ちていく。空から降るティアドロップの音符をかき集め、一つも同じ音がない世界を、右へ左へとスキップしながら。

 小さな水溜まりを飛び越え、右、右、左、右、水溜まりを避ける脚も自然と踊りだす。

 そして、道端に咲く花を見つけては立ち止まり、水面に反射する影を見つけては立ち止まる。

 葉っぱから零れそうな水滴は、どこまでも透明で、遠くまで未来まで見えそうだ。透明な私の、不透明な未来はどこまで見えているのかな。

 三角、四角でもなく、丸く揺れる水面に想いを寄せ、空を見上げる。

 鉛色の雲の切れ目から覗く茜色の光が、止むことの無い雨粒に反射し輝いていた。

 ほら、あんなにも未来は輝いている。

 

 レインコートのフードを外し、空を仰ぐ。髪が濡れても、足元が濡れても気にはしない、雨音に合わせて小さくステップを踏みながら、いつもよりちょっとだけ特別な今日を大切にしよう。

 嫌われ者になった世界を私は愛している。

 嫌われ者になっても私は世界を愛している。

 雨は世界の涙だというのなら、私はその中で笑ってあげる。

 私は貴方を受け入れる。

 ――タン、カン、タ、タン。

 ――コトン、カン、トン。

 ――パシャ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨降りステップ すぐり @cassis_shino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ