第五節 バッドエンド? いや、バットエンドだ

♂ バットはあれです。雄の生き物の皆さんね、えっとですね、持ってますよ。言わせないでください。


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 翌日。

 新生活始まって三日目。

 もういっそこのまま世界に終末を迎えればいいのにと思いながらも、重い体を起こす。

 いろいろ準備を終えて、家を出ると、伊織が待っているのが見えた。

 赤星は今日、影で俺を観察するらしい。

 ま、やるか。

 筋肉モンスターと伊織、どっちを選ぶのは言うまでもないだろう。

 母さん、ごめんさない、僕、今日で魂を売ちゃうの。


 「どうしました? 元気なさそうな顔して」


 「いや、なんでもない」


 伊織は上体を前に傾げ、上目遣いで覗いてきた。

 性別を考えなければ、かわいい仕草だ。

 性別を考えなければ。

 あれ? それって、性別を考えなければ、俺も告白するのに拒まないってこと?

 どうせやるなら、苦痛なき終わり方が望ましいなぁ。

 よし、決めた。

 これから伊織は女の子だ。そうしよう。


 「あの、伊織さん」


 「はい、翔くん」


 俺に合わせて、伊織も微笑んで丁寧に言ってきた。


 「あのさ、今日だけど、放課後だね。た、た……たい、体育館裏で待ってくれて、いい?」


 「えっ」


 俺の言葉を聞くと、伊織はきょとんとした様子で小首を傾げた。

 そして、二秒。

 意味を理解したのか、そっと足を止めた。


 「そ、それって……!」


 かわいい顔も、一瞬に赤く染まる。

 同時に、俺もこの事件の終わりと、人生のある意味の終わりが来たと悟った。


 その日、俺は授業に集中することなく、ただぼーと教壇を眺めるだけだった。

 途中で赤星が連絡して来たらしいが、それを構う気分じゃなかった。

 決意したとはいえ、完全に受け入れるのに時間は必須だ。

 伊織の反応から見れば、確実にイケるだろう。

 イケないことなのに、イケる。

 いや、考えまい。


 そう、伊織は女の子だ。

 あの棒があっても女の子だ。

 そもそも、棒があれば女の子じゃないって誰が決めた?

 考えてみれば納得できる、伊織は女の子だ。

 ただちょっと特殊の装備を装着しているだけだ。

 むしろ体の一パーセントがあるかどうかの部位で、体全体の性別を決めるのがおかしい。

 よし、彼じゃない。彼女だ。


 あれこれ考えると、ついに下校のベルが鳴ってしまった。

 俺は伊織より早く教室から出て、体育館裏に直行する。


 この学校の体育館裏に、一本の桜の木がある。

 告白の名所、とは言わない。

 なぜなら、ここは男子校だ。

 生徒同士の告白イベントなんて、滅多にないのだ。

 だが、その桜の木は今日、告白シーンの役割をしてもらう。


 背を幹に預け、体育館から見られないように待つ。

 顔を見ると、決心が揺らぐのだ。

 今は冷静だ。

 冷静さを保つんだ。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、ってそうじゃなくて!


 と、自分にツッコミを入れたとき。

 足跡が近付いてきたのが聞こえた。

 まずい! 心の準備がまだ!

 ええい、まあよ。


 「待って。あそこで話を聞いてほしいんだ」


 足跡がぴたっと止まった。

 よし、このまま話を続けるんだ。

 なーに、相手は伊織だ。

 拒絶されるなんてありえん。

 大胆に行こう。


 「俺さ、実はずっと前からお前のことを見ているんだ。ずっと言えないけどね」


 そう、そう!

 よくやってくれたじゃない!

 やー、原稿を書いて、練習までした甲斐があったよ。

 ていうか、さっきの声イケボすぎじゃね? 苦笑混じりなんてマジやばくね?

 俺の声だと信じられねぇわ。


 「元々はさ、この気持ちは伝わらないと思ってた。けど、高校に入って、バラバラになっちゃったらどうしようって、ずっと悩んでたさ」


 「……」


 「だから、一緒の学校に入ったって聞いたとき、俺は、嬉しくて、こう、なんというか、嬉しくてしょうがないんだ」


 ここまでは順調だ。

 まさかこんな告白っぽいことを言えるなんて、俺、天才かもしれんな。

 後は原稿のように最後まで言えばオッケーだ。

 イケる。

 事件は解決したも同然だ。


 「でも、嬉しいと同時に、思ったんだ。もし、本当にバラバラになったらどうしようって。ああなったら、俺はきっと、後悔するだろう。なぜ本当の気持ちを言わずに隠したって。そして、君の傍に俺の代わりの人物がいたら、俺はきっと、悲しいだろう」


 さあ、ラストダンスだ。

 後一押し。

 決めセリフを言い出す。それですべては終わる。

 だが俺は慢心すまい。

 成功の確率を高めるために、最後は、彼女の視覚を、聴覚を、触覚を同時に刺激を与えるんだ。


 「だから、俺は決めたんだ。俺の気持ちを、言わなければならない。君に言わなきゃいけないんだ!」


 そう。

 後は桜の木から出て、桜吹雪の中で、彼女を抱き締めるんだ。

 同時に、最後の一言を告げるのだ!


 「俺は」


 うまく行くのだ!

 決めてやる!

 よし翔、決めてこい!


 「君のことがす――」


 「スパシーバ」


 「えっ?」


 ろ、ロシア語?

 ていうかこれ、ロシア人じゃね?

 あ……ちょっと待って。

 状況確認をさせてもらおう。


 俺は確かに伊織とここで待ち会わせるように約束した。

 けどここ、伊織の姿が見当たらない。

 つまり、俺の渾身の告白を聞いたのは、目の前の者達だ。

 なるほどね。


 で、人違いはわかった。

 問題は、相手は俺の言うことは彼らに対するものだと思い込んだらしい。

 顔を赤くして、嬉しくも恥ずかしそうな様子からはっきりとわかる。


 いや、別に類女性なら大丈夫だよ?

 ほら、伊織に告白すると決めたし、今の俺はある意味無敵と言ってもいい。

 でもさ、こういう意味の無敵じゃないんだ。

 うーん、はい。はっきり言おう。

 俺の渾身の告白を聞いたのは、筋肉の化け物だ。

 少なく二十人があろう、マッチョマンの集団だ。


 「オー、アイアムハッピー」


 「そんじゃ、一緒に遊びに行こうぜ、ハニー」


 「オレ♂もキミ♂のことをずっと見てきたんだ」


 「アレ♂もコレ♂もしてくれるよな。今更、嘘だなんて言わせないぜ」


 「気持ちはわかりました。では、一緒に新世界に行きましょ」


 迫ってきたムキムキとした光景。

 それは、心の奥底の恐怖を蘇る。


 「――い、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の意識は、そこで途絶えた。



     ♂



 翌日。

 俺はベッドから体を起こすと、一枚の紙切れが目に入った。

 赤星からのメッセージだ。

 内容はとても短い。


 【事件は一応解決したことになったと言えなくもないかもしれないけど】


 それだけだ。

 あいまいな口調は気になるが。

 解決は解決だ。

 俺の努力は無駄じゃないということだ。

 昨日のあの後、大切なものを失った気がするが、思い出せない。

 思い出したくない気持ちが強く感じるだけだ。


 でも、解決したか。

 これでいいんだ。

 これで、俺の普通の高校生活が始まるんだ。

 女の子がないけど。

 類女性がないだけでありがたく思える。

 これは、贅沢を言わないことだろう。


 そんな想いを抱えながら、俺は支度を終え、家を出る。

 今日もまた、伊織が迎えてくれるんだろう。

 昨日の告白は失敗に終わったけど、事件は解決したって赤星が言ったんだ。

 なら、告白が失敗したのはむしろ好都合だ。

 これからもいい幼馴染でいよう。

 少なくとも、俺はそう思う。

 そう……思ってた。


 「オー、ブラザー、今日は元気? あなたのイオリが迎えてきたぜ。さー、一緒に学校に行こうや! いやイっちゃおうや」


 「……………」


 目の前に立つのは、マッチョマンになってしまった伊織だ。

 いや、イオリか。

 行こうっつーても、逝こうって気分だ。


 ああ、そういや、赤星が言ってたな。

 伊織は事実を変える力があるって。

 つまり、昨日、彼女は俺がマッチョマンの群れに告白したシーンを見た。

 それで俺の趣味を勘違いして、それに合わせようと無意識に力を発動したんだな。

 赤星はあんなあいまいな口調でメッセージをくれたわけだ。


 「さー、どうした翔。恥ずかしがらないで、腕でも組もうじゃないか」


 試験に合格して、晴れて高校生。

 桜が舞い、新学期、新生活の始まり!

 なんて、嬉しくてわくわくした気持ちには全然なれなかった。


 なぜだって?

 そりゃそうだろう。

 いろいろ受けてみたが、合格したのは男の娘がいっぱいいる学校だけ。

 しかも、それをようやく解決したと思ったら、こんなことになったんだから。


 「ヨー、翔だぞ」


 「翔が来たぜ」


 「パーリィの始まりだぜ」


 俺は、筋肉モンスターが充満する学校の前に、再び気を失った。

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男子校に入ったら彼女も彼女らも皆彼でした 白木九柊 @sakakishuusuke

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