第四節 男よ、勇気を持って話しかけよ
さて、
目的は男の娘を男性に戻すこと。
解決方法について、赤星からの提案が一つ。
俺は男子校でも大丈夫、女性などいなくても気にしないことを伊織にわからせることだ。
そもそも、こうなった原因は俺が文句を言い続けたことにある。
そんな俺の願いを叶えようと、伊織が無意識に能力を発動したのだ。
なら、解決しようとしたら、根本的な問題に手をつけるほうが合理的だ。
やることが決まれば、残りは行動に移すだけだ。
よし行くぞ! やったる!
【朝授業前】
「準備はいいね。いいか、普通の男子と仲良くするところを見せるのよ」
「ああ、もちろん!」
教室の外で赤星と最後の打ち合わせを軽く済ませ、教室に入る。
目標は普通の男子生徒。
目的は仲良くして、伊織に見せること。
大丈夫大丈夫、アニメの背景でお喋りしているモブ、あれと同じぐらい適当にすればいいと赤星も言ってた。
大丈夫だぞ! 俺はやるぞ!
まずは気軽に挨拶!
「ヘーブラザー、元気ないね~、放課後でハッピーなパーリィでも行ってみよーぜ♂」
「えっ、えっと、何を言ってるんだ?」
むむ?
ちょっとドン引きされたような……
だ、大丈夫、会話はこうして成立しているじゃないか!
情熱が足りないだけさ、情熱が!
こう……言葉だけじゃなく、行動で示すことで仲を深めれば……
「つっめたいなー、照れないで一緒に楽しもうぜ」
「な……ッ! や、やめろぉぉ! 抱きつくなぁぁぁ!」
「逃げるなよー、だいじょーぶ、痛くさせないーのっ!」
「だ、だれか助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」
肩を組んで声のアクセントを要所要所狙って強くしてみたが、なぜか逃げられた。
あ、ちょっ、なんでだ!?
俺ってそんなに怖いのか?
人畜無害タイプだと思うけど、何がそんなに怖いの?
ちょっと傷つくかも……。
「あ、赤星……!」
「だっせー顔、近寄るな。キモイ」
「お前がやれっつったからやってるだけだよ……」
「だからキモイから泣くなって! は……とにかくだ。次からはそんなに攻撃的じゃなくて、普通に親切に関係を深めろ」
アドバイスはありがたいんだけど、距離を取りながら言わないでくんない?
――任務失敗。
【休み時間】
「……今度はしくじるなよ」
「わかってるって」
「逃げられそうなら顔を隠せ、わかるな」
「なんで問題は俺の顔にあるような言い方すんの!?」
「……」
「お願い、無言のまま目を逸らさないで! 申し訳なさそうに俯かないで!」
顔の問題か!? 本当に問題は顔にあるのか!?
俺の顔ってそんなにホラーだったのか⁉
「どうしようもないことはいいから、早く行け!」
どうしようもないって、顔のことじゃないよね?
頼む、答えてくれ!
うう……なんか納得がいかない……。
でも、これ以上ここにいると赤星が怒りそうだし、行くしかないか。
やることはさっきと一緒。
目標は普通の男子生徒。
目的は仲良くして、伊織に見せること。
ただ、さっきのことを踏まえて、いきなりなれなれしく近付かず、親切に接していく。
よーし、やるぞ!
確かこの人名前は……
「あ、あの、優くん、ですよね」
「えっ? あ、はい」
「ちょっと、話があるの。あの、その……」
うう……。
話があるといったら、普通は何を言うだろうか。
なれなれしくしないと、親切にといっても、具体的にどうすればいいかわからないなぁ。
あえて自分の態度を変えるのも難しいものだ。
ああ、どうしよう。実際に話さなければこんな問題があると気付かなかったけど、実戦で気付いたところでどうすればいいかわかるはずないじゃん!
ここはやはり、問題を少し先に飛ばすとすっか! 考える時間さえあればどうとでもなるさ!
「あ、あのね。聞いてほしいの。ほ、放課後、体育館裏に来てくださいっ!」
「は? えっと、ちょっと時間がないというかなんというか。俺、そういう趣味ないから……。うん」
……
……
……
「何をしてんの?」
赤星のもとに戻ると、真っ先に言われたのはこの言葉である。
ひ、ひどい!
何をしてるもなにも、お前がやれって言ってることをやってるだけじゃねぇか!
「お、俺だって精一杯なんだよ!」
「精一杯、失敗の可能性を広げるね。お疲れって言ってやったほうがいいか」
冷たい、本っ当に冷たい目で見下ろされた。
やばい、このままじゃ、俺はゴミじゃないかと疑うかもしれない。
「は……もういい。次は別に普通の男じゃなくてもいいからちゃんとやれ」
――任務失敗。
【お昼休み】
次の標的のところに行くとき、なぜか事前の打ち合わせをしてくれなかった。
本当に俺をゴミと思っているか、赤星にずいぶんと距離を取られた気がする。
か、悲しくなんかないぞ!
俺ぁ男だからね!
とにかくだ。
やることを確認しよう。
目標は男の娘。
目的は男の娘を男に対する態度で接することで、別に男の娘じゃなく、普通の男のままでもいいと伊織に気付かせる。
今度こそ……!
「やぁ、一緒に男同士の会話をしましょうか」
「うん? いいですけど、急にどうしました?」
「いや、別に。あ、その大胸筋、すごいですね。普段はどうやって鍛えたのですか」
「えっ?」
「ちょっと触って見てもいい?」
「ゃ……や――ッ! 変態ッ!」
「ぷほッ!」
な、なに?
殴られた!?
殴られて、教室の外に飛ばされたの!?
す、凄まじい……。
「あのパンチ、絶対世界を狙えるぜ……」
「世界を狙えるのはお前の脳だ。なに? なんで胸を触ろうとしてんの? バカなの?」
「おおお男同士のつもりで接触してみただけだよ!」
「ああ、いい、もういい。やってらんないったら」
――任務失敗。
【放課後】
俺は一人歩くところで、声を掛けられた。
相手は、外国人っぽいマッチョマン。
「オー! ブラザー、キミが
「えっ? そうですけど、どなたですか」
一応制服を着ているが、なんというか、高校ではなくアメリカのジムを背景とするゲームでラスボスをやるほうが相応しい人だ。
だって、制服が苦しそうに見えるもん。
今でも裂きそうに見えるもん。
「オレはだれだって? ハハハ、キミと
「い、いやー、ちょっと時間がないというかなんというか。俺、そういう趣味じゃないんだ」
「オー、恥ずかしがり屋め。一日中あんなに情熱的なのに、カワイイね。ダイジョウブだぜ。オレが物理的に手取り足取り教エテヤルゼ」
「え? あっ、ちょ、こ、こっちこないでー! や、やめぇ、やめろぉぉぉぉぉ!」
や、やばい!
貞操が奪われるぅぅぅ!
こ、こいつニヤニヤしてるのになんて力!
全然逆らえな――
「ふんッ!」
この状況を死際だと認識しているだからか。
俺の目にはそれがスローモーションに見える。
数十メートル離れたところで、ジャンプ一つで肉薄してくる赤星。
上履きを履いたまま回り蹴りを放つ赤星。
何かイケないものが見えそうなまでにひらめくスカート。
マッチョマンの横顔に直撃し、凹ませる華奢な足。
「ぐぅぅぅぅぅ――ぅぅぁぁぁぁぁぁあああああ――」とやけに長引いた声を上げながら、顔が凹んでいくマッチョマン。
スローモーションが解除された同時に、勢いよく飛ばされたマッチョマンと、きれいな弧を描いた赤星の脚が視界を過る。
と、抵抗してみたが強引に連れられ、最後は赤星がマッチョマンの顔に回し蹴りを食らわせたおかげで助かった。
――(マッチョマンが)任務失敗(してよかった)。
そんなんこんなんで、一日が過ぎた。
俺は夕日の中で項垂れて、赤星に呆れたような目で見下ろされている。
「お前、空回りってそんなに楽しい?」
「楽しいわけないだろう!?」
「あっそ、つまり単なるバカだね」
バカってなによバカって!
と、言い返したいんだが、ちょっと自信がなくなってきた。
「はぁ、とりあえず、このままじゃダメだね。男の娘はともかく、男性のクラスメイトもうまくやれないなんて、予想外だ」
「なんか、すいません」
「……ボクに謝るより、親に謝ったほうがいいじゃないか」
「それってどういう意味!?」
「……」
「ちょっと返事して!」
俺の存在は親に謝らなければならないものなの!?
泣くぞ! 本当に泣くぞ!
「まーそう焦るな。まだ手が残ってる」
俺の涙目をないものにし、赤星は遠くの景色に目をやり、次の案を言い出した。
なーんだ。別の案があったら最初から言――
「お前、伊織に告白しろ」
……わなきゃいいのに。
あー知らなーい、俺、何も聞こえなかったー。
耳を塞いでるからなにも聞こえなかったー!
「できなきゃさっきの筋肉を十人連れてお前ちんに行くから」
「水山翔、只今参ります! ミッションスタ――トッ!」
脅かされ、すぐ敬礼して飛び出そう……んなわけねぇだろうが!
「えっと、ちょっと待って。本当にやるの?」
「伊織はお前が好きだから、お前が告白したら能力の作動対象は別のことになるんだよ。そもそも、お前がうまくやれなかったからだろうが。最初から解決してくれればこんな羽目にならなくてすむのに」
「俺のせい!? 俺のせいなの!? おかしいだろう!」
「うっせ。お前のせいも何も、お前がいなきゃこんな状況にはならなかったのよ」
ぐ……そう言われると。
確かに、伊織は俺の願いを叶えようとしたから、今の事態になった。
や、でもでも、伊織ってあんなんでも、男性だよ?
男の娘という、女性に見える男性だよ?
告白したら、俺の人生もこの事態と一緒に終わりそうな気がするけど、それって絶対気のせいじゃないって、俺だってちゃんとわかってるよ?
確かに俺の引き起こした事態だけどさー、なんかこう、他の解決策が……
「もしもし? あ、はい。筋肉モンスター十匹。えっ? おまけ五匹くれるの? じゃそれで、うん、侵略性があればあるほど、あとは」
赤星は携帯の向こうに何やら恐ろしい注文をしている。
「待てぇぇぇ! やる、やるから、告しちゃうから、止めてくれぇぇ!」
「えー」
「がっかりした顔すんな!」
かくして、俺は伊織に告白することになってしまったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます