第三節 赤星が言う
翌日。
寝起きの気分は最悪だった。
できればこのまま眠り続けたい。
具体的に言えば三年ぐらい眠り続けたい。そう、卒業までだ。
今日も学校と思ったら気が重くて仕方がない。
あ、そういや、同じ学校だから、今日も伊織が迎えてくるね。
早くしなきゃ。
妙な性別になってしまったようだけど、友達は友達だ。
俺の女子にモテない原因でもあるけど、友達は友達だ。
ぼんやりと思いながら、支度を終え朝食を済ませると家を出る。
そして、そこに彼j……彼が立っていた。
伊織じゃない、彼だ。
名前は知らないが、一度会ったことがある。
そう。
昨日食パンを咥えて突っ込んできて伊織に地面に叩きつけられた人だ。
美しい赤い長髪。
宝石のような赤い瞳。
細い体に白い肌。
身長が俺の肩ぐらいか。
火の妖精というべきか、そんな感じがする人だ。
しかし、いいスタイルとは裏腹に、全体的に不機嫌ですと言っているような雰囲気。
明らかに俺を見下す顔。
刺々しい視線。
外見は炎をイメージさせるが、その中身は氷かもしれない。
なんだろう。俺は何かしたというのだ。
「えっと、すいません。昨日伊織があんなことを……」
「そんなことどうでもいいだろう」
あ、すげぇ怒ってる……!
どうしよう。ここで伊織を待って、俺の家の前でバトルでもするつもりか。
平和な街は戦場と化かすのか。
そして俺は戦争を止める唯一の人で、最終的にヒロイン二人のバトルを止めることをきっかけにハーレムライフを――だから男だし!
「何を考えているようだけど、脳みそが足りないなら無理すんな。みっともない」
などと考えると、ひどいことを言われた。
泣いていい?
泣くぞ?
よし、泣いてやろう!
「お、俺は――」
「ああ、そうだ。教えてやるけど、お前の男、今日来ないよ」
俺の男?
な、何その忌々しい響き!
ていうか、え? 男って伊織のことか?
えっ? 来ないって、どういうこと?
もうやっちゃったの? 今から俺もやられちゃうの?
さ、させんぞ! 俺は――
「だから、脳みそが足りないなら余計に考えるな」
「こ、これでも難関校に受かったからね!?」
「あっそ。すごいすごい」
涙目になった俺に、あっけなく言ってきた。
視線さえ逸らされた。
さっきからいじめられっぱなしだけど、やはり昨日のことを根に持っているだろうか。
「まあいい、とりあえず知ってることを教えてやる。ボクも時間がないんでね」
ボクっ娘だ!
いや、男だけど。
「言っとくけど、こんなのになってしまったから、妥協してボクを使っただけだ。元々は自分のことを俺で言っていた」
「そっか。ってえええぇ!? お、おまッ」
「は? 何驚いてんだ?」
「いや、だってお前――」
こ、こいつ、さっきの話を聞くと。
こんなんのになってしまったの一言を聞くと――
「お前、男の娘状態がおかしいって自覚、持っているのか……⁉」
「当たり前だろうが。それでもお前も女のふりにさせてやろうか」
「いや、それは遠慮して頂ければかと……」
至って不機嫌な態度で見下ろしながら、彼は話を先に進めた。
「とりあえず、順を追って説明するけど、一度しか言わないから、ちゃんと聞け」
「あ、はい」
「まずは自己紹介。ボクは赤星。どう呼ぶか好きにしろ」
赤星か。
好きにしろと言ったから、お言葉甘えて赤星たんとか呼んだら面白そうだ。
いや、好きにしろと言っても、変な呼び方をしても何もしないと言っていない。
たんと言ったら、
危なかった。危うく死ぬところだった。
「それから、二点。一つ、今日伊織ってやつは来ない。彼女にお前はすでに学校に向かったと言ったんだから」
え? それで伊織信じたの?
「もう一つ、お前昨日学校で見たあれ、伊織の仕業よ」
「ほうほう」
そっか。伊織の仕業か。
ってえぇぇぇ!
「伊織の仕業!? どどどどいうこと!?」
「うっせ黙れ! 説明するから」
詳し話を問おうと近寄る俺を嫌悪な表情で押しのける。
やっぱ嫌われているな。
ひくっ。
「単刀直入に言う。伊織には世界を変える力を持っているんだ。学校に男の娘ばかりのも彼の仕業だ」
世界を変える力?
伊織が?
嫌だこの子、マンガ読みすぎじゃないか。
真剣なことを話していると思ったが、なんだ。ただの廚二病患者か。
なるほどね。それならやけに威圧的な態度も納得できる。
ここは一丁付き合ってやろうじゃないか。
「な、なんだと、世界を変える力だと(棒読み)」
「……舐めてんの?」
「えっ。あ、いや。なんかすんません」
すんげぇ殺気……!
殺気がなんなんのかいまいちわかっていない俺でも、肌で感じた氷のようなあれが殺気だとわかるほどだ。
ただものじゃないぞ、こいつは。
「信じてくれるのもくれないのもお前の自由だけど、よく考えろ。昨日学校で見た状態。あれは普通だと思っているのか? それでもイベントだと思っているのか? まさかあれは異常事態じゃないと思っていないよね」
思ってないよ?
受け入れかけたのは確かなんだけど。
でも、冷静に考えれば赤星の言ってることもわかる。
男の娘なんて、アニメや漫画には出てくるけど、リアルであんな完成度の高い、女より女らしい男の娘がいるなど、それも男子校の半分も占めるなど、おかしい。
異常事態と言っていい。
あまりにもふざけた状況だから実感できないが、周囲のものはあんな状態を異常だと思わない中、俺と赤星だけが違和感を感じているなど。
非日常的な何かに巻き込まれたと思ったほうが自然だろう。
だがそれでも、気になることがある。
「それって、伊織と何の関係が? 世界を変える力って言ったけど」
「薄々感づいたと思うが、伊織の気持ちは、世界に変化をもたらす。彼自身は気付いていないらしいけどね。で、今度の事件だけど、お前が原因だ」
「お、俺!?」
「お前が男子校に受けてからずっと伊織に愚痴を聞かせるから、彼は何とかしようとしたんだ。けど、あくまで無意識で発動した力、大勢の性別を変えることができず、最後はこんな中途半端の状態になったのよ」
ちょっと、信じがたい話。
俺の疑問も分かるのか、赤星は大きくため息一つついて、説明を続けていく。
「考えてみろ。お前はいつも発情期の猿みたいに女に近付こうとしたのに、嫌われたばかりだ。伊織の妨害もあったとはいえ、それほどの数の女性だ。中に一人もお前のことを嫌がらない人がいないのはおかしい」
「だよね! おっかしいだよね! 絶対におかしいだよね!」
自分も笑っているか泣いているかわからない声が出た。
仕方ないだろう。そんなことをあっさりと言われたんだから。
「だが、それは伊織の力によるものなら、説明もつく。理解したか。伊織が望むことは、どんな形であろうと、ある程度には叶われる。今のボクの状態もそうね」
俺の心の叫びに耳を傾けず、赤星は話を続けた。
「これで状況は理解したか」
「理解した……と思う」
「なら、もう一度聞く」
相変わらず見下ろす形で、俺に視線を向けてくる。
見られるだけで火傷しそうな錯覚を覚えるほど、赤い瞳。
すごいプレッシャー。
「ボクに協力して、この状況を変えるか、男の娘にメロメロされるか、選べ!」
なん……だと!
俺、このままだと、男の娘にメロメロされるのか。
魂を売り、性別など知らんの勢いであれやこれをするのか。
いや、逆に言えば、人としての何かを諦めたらあこやこれもできるというわけなのだが……ああ! ダメだ! 悪魔のささやきに耳を貸すな!
悪魔退散!
「き、きききょ、きょう、きょー、――今日はいい天気ですね~」
「は?」
なぜだ! なぜ協力すると言い出せなかった!
もう俺は女じゃなくても、女に見えるならそれでいい羽目になったというのか!
「言っとくけど、メロメロはされるけど、お前は相変わらず嫌われるぞ。類女性でも許さないって伊織昨日言っただろう」
「微力ながら協力させて頂きます」
違うよ?
歪んだ世界を正すために決心がついただけなのよ?
決して男に振られるのは嫌だからじゃないよ?
振られるのは嫌だけどさ。違うよ?
そんなの認めないよ?
こうして、俺は赤星と事件の解決に取り掛かることになった。
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