第二節 男子校に、男の娘ありて

 男子校。

 それは、男子を対象にする学校。

 ウィキペディア先生もそう言っている。

 つまり、そこの生徒は男子しかいないし、先生など教職員を除いたら男子しかいない、男子以外はありえない雄の巣窟。

 ……のはずだった。


 素直に聞こう。

 男子校は何ぞや。

 揺れるスカート、柔らかい声、細い体。

 何より、この女子特有のいい匂い。

 そんなものに充満される空間の中、俺一人が世界に取り残されたと感じる。


 一体何があった?

 俺昨日の夜、元の世界に似たような異世界に転移でもされたのか?

 それとも俺の知らないところで、何らかの変革が行われたのか?

 わからない、解せぬ、理解に苦しむ。

 いやだって、

 周囲の生徒、半分は女子に見えるぞ。


 別に女子と一緒じゃ嫌なわけじゃないよ? むしろ女子と同じクラスなら大歓迎ですよ。ウエルカムですよ。

 けどさ、なんというか。

 その人達は彼女らではなく、彼らだから、困るんだ。

 ある意味ではマッチョマンよりも恐ろしい存在だぞ!

 一度魂を売ればもうまともにいられないぐらいやばいぞ!


 なぜ男だとわかってるって?

 そりゃあ、聞いたからよ。


 あの、すんません、えっとですね、あなたの性別についてですね、ぜひ教えて頂きたいんですが、よろしければって一人一人。

 そこで彼らはなんと返事してきたかわかる?

 あら、男ですよ。見れば分かるじゃないですか、変なのってくすくす笑いながら返事してきたんだぞ!

 危うく惚れちゃうところなんだぞ!

 そもそも見れば分からないから聞いてるのに、なぜ皆が当然のような顔ができるの?

 ねー、誰か教えてくれ! 頼む、三十円あげるから。


 「翔は、始業式終わってから、ずっと男の娘に声を掛けてますね。ちょっとヤキモチ焼いちゃいます」


 それになぜか、伊織はご機嫌斜めだ。

 おかしい、男子に声を掛けただけなのに。


 「い、いや、一応確認したいじゃないか。いろいろと、ね」


 「確認も何も、ここは男子校ですよ。女子がいるわけないじゃないですか」


 そう! そこ! 女子がいるわけないのに、それ以上にありえないものがいるのが問題!

 そしてこの状況を怪しむのは俺一人だけなのはもはやピンチレベル!

 今すぐ国に対処を求めようと報告すべき!


 と、頭を抱えるところに。

 一人の女子が勢いよく突っ込んできた。

 食パンをくわえながら。

 やばい避けない!

 ていうかあれ女子じゃないしたぶんだけど男子だし!

 なんでよりにもよってここでこんなお約束が起こ――


 「翔危ない!」


 一瞬。

 視線さえ追いつけない一瞬。

 伊織は俺の前に出た。

 まるで命の危機から守ろうとするように。

 いや、ぶつかりかけるだけなんだけど。


 「ふん!」


 突っ込んできた男の娘の手を掴んで、

 その勢いを利用して、

 美しいフォームで、

 男の娘を地面に容赦なく叩き付けた。


 空手できるんだ。知らなかった。


 「い、痛っァア! 急に何すんのよ!」


 「ごめんなさい。突然突っ込んできたので、翔に性欲でも抱いたらどうしようかと思ったら、つい……」


 「は? 翔?」


 「はい、こちらの素敵なお方です」


 「なんで私はそんなのに性欲を抱かなきゃなんないの? お前頭大丈夫!?」


 「女の子を翔に近付かせないのは私の使命ですから」


 「男なんだけど」


 「類女性も同じです」


 類女性って。

 類人猿の親戚か何かか?

 いや、それより。


 「い、伊織さんや」


 「はい、男ですよ」


 「そんなもん聞いてねぇよ!」


 「あれ? だって、私は男だと知ってから、平均三十秒ぐらい一度聞きますから、てっきり」


 「すんげぇショックを受けたからな!」


 と、バカじゃないのと悪口を叩きながら去っていく女……男子生徒をよそに、俺は伊織に問題を投げる。

 彼女の言葉から察した違和感。

 そこから導き出した、無視できない推測。


 「いいか、聞くぞ。ちゃんと答えろよ」


 「はい、もちろんです」


 「伊織、お前さっき、女の子を翔に近付かせないのは私の使命ですからって言ってなかった?」


 「言いましたね。あ、しかしそれはあくまで義務であり使命ですから、感謝の言葉はいりませんよ。どうしてもというなら、こ、行動でですね……」


 「それって」


 伊織の発言を無視し、先に進む。

 いや本当、大事なことだから。


 「俺は幼稚園に入ってから、ずっと女性に嫌われてきたのは、五十パーセントは伊織のせい?」


 「百パーセントは私のおかげですね」


 なんてこった!

 裏切り者はすぐ傍にいったのだ!

 伊織は男、この男子校に男の娘がいっぱいいると知った今なら、もう何も怖くないと思ったら。

 まさかまたショックを受けたとは。

 ギネス世界記録はこういう類のものを扱っていないのかな。


 「もう、翔ったら、そんな顔しなくても離れたりはしませんよ」


 いや、そうじゃなくてね。

 絶望の顔をしているけど、そうじゃなくてね。


 「さ、行きましょ。同じクラスですから、これからも、よろしくお願いしますね」


 本っ当にかわいい笑顔で、伊織はそう言うと、俺の手を引いて前に走り出した。

 あっ、これ、青春っぽい!

 伊織は男だと知らなかった俺なら、そう思ったところだろう。

 だが、今の俺は、もう考えることを諦めた。

 ……この状況について、もう何も考えたくないから。

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