Ⅻ 王と皇 (3)

 「何で私との謁見が目玉になるの?そんな権利が欲しくて力自慢大会に人なんて来るのかな」


 不思議そうに首を傾げるエリアとは対照的に、ジッと紙を見つめていたアリスは「あ」と声を上げた。


 「バルド、心配なのは分かるけどねぇ」


 アリスはそう言って苦笑いをした。バルドも「面目ない」と言いながら、顔はやはり笑っている。

 アリスが紙の下の部分を指差した。エリアはその指差す部分をジッと見つめる。


 「なになに?」


 そこには小さく「実質お見合い」などと書かれていた。


 「え、お見合いって」


 エリアの顔が少し赤くなった。


 「エリア様。流石に私も、そろそろその時かと思っておりまして」


 急にバルドがかしこまって言った。


 「世継ぎの事もお考え下さい。陛下」


 真面目な表情をするバルドに対して、エリアは少し頬を膨らませる。


 「そんなこと言って、早く結婚しろって言うんだよね」


 そうエリアが言うと、アリスは笑いをこらえた。バルドは自分の額をピシャリと叩いて、「バレましたか」とだけ言った。


 「そんな予定なんて立っていません。ほら、バルドは早く仕事に戻って」


 エリアがそう言うと、バルドはお辞儀をしてから部屋を後にした。


 「全くもう、バルドは」


 困ったようにエリアが言うと、面白い事を思い付いた、という表情をアリスが見せた。


 「そういえば、エリア。確かこの前好きな人がいるって言ってなかったっけ?確か十年前のシュラとの旅の中で出会ったっていう」


 アリスがそう言うと、エリアの顔が一層赤くなった。そして睨みつけるようにアリスを見る。


 「姉さん」


 エリアの怒った表情にアリスは笑みを見せた。


 「冗談よ」


 そう言ってアリスは手のひらをひらひらさせる。


 「十年前の旅、と言えばさ」


 アリスは思いついたように話を変えた。エリアは「ん?」と相槌を打つ。


 「確か、チコちゃん、だっけ?ブラシャルの」

 「ああ、うん」


 エリアは頷いた。エリアが王になってから五年間、エリアは国民に協力を仰ぐと同時に、他国の助けを借りながら遥か海の向こうにあるブラシャルを探していた。そして丁度五年前にブラシャルを見つけ出し、エリア自ら赴き、当時とは違う長老との対談に至った。


 「あの時は、他の国の王様との会談よりも緊張したかな」


 エリアは笑いながら、当時のことを思い出した。まずは五年前に乙女の儀の生贄となったチコの弔いをしたいとエリアは申し出た。同時に、この五年間同じ儀を行いこの世を去った者も含めて、と提案した。

 それを断るわけではなかったが、ブラシャルの現長老はあまり面白くなかったようで、早く済ませろと言った。黙祷を終えるとエリアは長老にこの乙女の儀という政を廃止出来ないかと持ち掛けた。それがいかにこのブラシャルの人にとって無礼なことであるかは承知していたが、想像以上の怒りを長老は見せた。

 山神への生贄という文化のために年端もいかない少年少女の命を脅かすのは間違っているのでは、他の方法もあるのではとエリアは持ちかけたが、長老は聞く耳持たず、そんなことをしたらこのブラシャルの民が山神様の怒りを買ってしまうとの一点張りだった。そして何も成果を得られぬままエリアは一度ブラシャルを離れることにした。

 そして、その次の年もエリアはブラシャルを訪れてまた、チコのように希望を抱く少女の命を奪うような結果以外もあるはずだと説いた。チコの名前が出た時に数人の島民がエリアを見て、懐かしそうな目で見ていたことがエリアは印象に残った。しかしこの年もブラシャルの長老は首を縦に振らなかった。

 その次の年にエリアは一つの提案をもってブラシャルに足を運んだ。それは人型に模した人形で生贄を行うというものだった。それを聞いた長老は愚かにも程があると一蹴しようとしたが、エリアの必死の説得に一度だけ人形を使って乙女の儀を行うこととした。この時長老は、来年不作、凶作が起きた時には次の乙女の儀の生贄になってもらう、とエリアを脅したが、エリアはその言葉には屈しなかった。

 次の年にブラシャルに来ると、長老は血相を変えてペコペコと頭を下げた。どうやらこの年も無事に豊作を迎え、島民と話し合った結果、山神様へのお供えはこれにしようという話になったのだという。特に娘が生まれたばかりの親たちから熱烈にお願いされたとのことだった。誰も自分の娘を生贄になんて出したくないはずだ。また、あとで知った話だが、本当はこの年の生贄は長老の孫の予定だったらしい。

 

 目を閉じていたエリアはパッと目を開いた。あれがあの島にとって必ずしも正しかったのかは分からないが、それでもチコのように苦しい思いをする人が少なくなればいい、そう思った。


 「きっと、そのチコちゃんも……こうなって良かったと思っているよ」


 アリスが言うと、そうだろうな、という思いが湧いてくる。エリアは自分の選んだ道が正しいものだと、間違っていないものだと信じることにした。


 バルコニーに大きな風が吹いた。エリアはゆっくりと外の景色に目を向け、アリスは何事かと慌てて振り向いた。


 「よう」


 そこにいたのは赤き竜、今や火皇と呼ばれサーファルドも友好関係を築いている火竜の皇、シュラだった。


 「久しぶりだね、シュラ。五年ぶりくらいかな?」


 エリアは柔らかな微笑みを見せた。


 「多分それくらいじゃないか?お前は外との交流が多いから、あんまこの城にいないしな」


 シュラは呆れたようにそう言った。暗に働き過ぎだ、と言っている。しかしエリアにはあまり意味がない事と、自分が他人の事を言えるわけじゃないことは承知していた。


 「シュラ、どうしてここに?」


 アリスが驚いたように声を上げる。今日は特に火竜との話し合いの予定は無いはずだ。こんな城のバルコニーまで火皇が何故翼を広げているのだろうか。


 「こいつに呼ばれてな」


 こいつ、というのはエリアのことだった。


 「どういうこと、エリア」


 アリスが尋ねると、エリアは頬を掻いて答えた。


 「今日くらいしか……今日の収穫祭本番の前までくらいしか、まとまった時間取れそうになかったから」


 アリスは首を傾げる。言葉を繋いだのはシュラだった。


 「この前エリアから手紙が届いたんだ。一つだけやり残したことがある、それを見に行きたいって。それもご丁寧に今日の日付と時間、挙句にはここに来いって場所まで書いてな」

 「一体、何を見たいっていうのよ」


 アリスが不思議そうに尋ねる。するとエリアは腰に手を当てて言った。


 「シュラが、皇の路で最後に辿った場所。私が……行けなかった場所」


 エリアがそう言うと、シュラは納得したように頷いたが、すぐに「ん?」と声を発した。


 「確か話したことはあったと思ったが」

 「聞いてはいるけど、見に行きたいんだよ」


 シュラはため息を吐いた。こうなったエリアはそれを自分の目で見なければ納得しないだろう。


 「悪いけどアリス。こいつ借りてくぜ」


 シュラがアリスに声を掛けると、アリスは頭を抱えていた。


 「それは構わないけど。なるほどね、だからエリアは着替えていなかったのか」


 アリスがジッとエリアを睨むと、エリアは舌を出した。


 「まあ、良いわ。収穫祭の開催までには帰ってくるのよ?今日は国王即位十周年というお祝い事もあるのだから」


 エリアは大きく頷いた。


 「ありがとう。姉さん」


 そう言うと、エリアはバルコニーからシュラに向かって飛んだ。シュラはクルリと回転しエリアの重みを背中に感じる。


 「妹をよろしく、シュラ」


 アリスがそう言うと、シュラは親指を立てた。


 風を感じている。竜に乗って空を飛んだ時に流れる風は、とても心地よいものであったことをエリアは思い出していた。空から見る海は美しい。空から見る大地は、いかにこの世界が雄大であるかを思い出させてくれる。胸に付けているセレビアのペンダントが風に飛ばされそうになったので、手を伸ばしてギュッと握りしめてからエリアは声を発した。


 「ねえ、シュラ」

 「ん」


 エリアの言葉にシュラは返答した。


 「良い皇様になれた?」


 シュラはその問いには答えず、あえてエリアに問い返した。


 「お前は?エリア」


 すると、エリアは小さく微笑んだ。


 「シュラ、しばらく私を載せていないうちに遅くなったんじゃない?」


 エリアがからかうように言うと、シュラは声を上げて笑った。


 「俺が本気出しても、吐くんじゃないぞ?」


 そう言うと、シュラは大きく翼を広げ一段と速く空を駆ける。

 エリアは流れる風を感じながら、空を見上げ、眩しいお日様の光に目を細めた。


                                  

 ―fin―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エリアと竜 @himmel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ