Ⅻ 王と皇 (2)
その絵描きは真っ白のキャンバスを片手に持ちながら、眠たそうに歩いていた。
「あんた、画家さんかい?」
不意に声を掛けられたので、あくびをしてから返事をした。
「ああ、そうだよ。描きたいものがあるんで、ちょっと別の大陸からここに来たんだ」
声を掛けた男はたまげた、とでも言いたげな顔をした。
「そんな、海を渡ってまで描きたいものなんて、一体なんだよ。まるっきり想像もつきやしないぜ」
言われた男は、被っている帽子を更に上から押し付け深々と被る。
「ここの女王様ってのを描きに来たんだよ。この国ではどんな催事でもしっかり王族も参加するって聞いてな。それにエリア国王即位より十年のタイミングだから、まず間違いなく出てくるだろうから」
そう言って画家は、ドカッとそこに座り込むと、筆を取り出して城を目掛けてアタリをつけるように絵筆越しに眺めている。
「エリア女王陛下を描いた絵は、俺の第二の代表作になるはずだ」
「へえ、代表作だなんて立派なもんだな。アンタの代表作ってのは?」
男が聞くと、画家は立ち上がり言った。
「多分知っていると思うぜ?十年前の絵なんだが、今じゃ王室が欲しいなんて言ってくるくらいだし」
画家――ガルファンク・シャゴット――は自信満々といった様子で言った。
「水鏡の竜っていう絵だよ」
その女性はジッと城を眺めていた。ここであの可愛らしい第二王女様が今の地位を得るまでは、あのサードレアンという男が王として国を束ねていたはずだ。
「あの青年が、ねえ」
ローラは、今から二十五年以上も前、当時まだ情けなくすら見えたサードレアンが自分を訪ねてきたことを思い出していた。
「確か、セレビアを半分にして欲しいだったかしら」
国宝石は大元の鉱石から発掘し、削って磨いていくものだが、当時二人の娘アリスとエリアの二人に「真実の愛」を渡すためにそのセレビアの塊を丁度半分にしたいが、それをエリアに渡すと言うと国の鍛冶屋にはあまりいい印象を与えないだろうという判断から、わざわざ海の向こうからローラに直接会いに来たのだ。あまりにも突拍子もない行動力に当時のローラも思わず笑ってしまった。
だから、あの石が十年前、エリアの首に掛かっているのを見て、思わず反応してしまったのだ。
「師匠!見てください、美味しそうな飴細工が売ってますよ」
嬉しそうに棒に刺さった飴細工を舐めるサリィを愛おしく見つめながら、すっかり髪の毛の割合の大半が白となり、生え際と少しだけが黒となってしまったローラは、毛先を撫でていた。
「そうね、とても美味しそう」
ローラは自分の死期が近付いていることに気付いている。今の自分に出来ることはサリィに錬金術を教え受け継いでもらう事だけだ。
「だけど、今だけは」
そう言って、ローラは眩しい空を見上げた。
「この力自慢大会ってのにエントリーしたいんだけど」
鎧をまとった青年は、サーファルド城の門番に声を掛けた。
「ああ、こいつは確かバルド殿が陛下には内緒で進めていた大会のことだったか」
「あ、そうそう」
鎧の青年は軽い様子で門番を指差した。
「会場はあっちの方にあるドーム状の建物じゃなかったかな。元々は別の用途で使うはずだったらしいんだが」
青年は横に視線を向ける。確かにそこには大きな建物があり、身体の逞しい力自慢らしき男たちがゾロゾロと歩みを進めていた。
「お、それっぽい!ありがとうね門番さん」
そう言うと、大きな剣を背負った鎧の青年は立ち去ろうとした。
「でも、なんだってそんな大会に出場するんだ?やはり腕試しか」
「あぁ、うん。それもあるにはあるんだけどね」
青年は、後頭部に手を置いて苦笑いをしていた。
「初恋の人と交わした約束を守りに来たというか、なんと言うか」
門番はフッと笑った。
「なるほど、いいねぇ。若いんだなアンタ」
しみじみと頷く門番だったがあることに気付いた。
「アンタ、初恋と大会とどんな関係があるって?」
門番がそう尋ねたが、青年はもうすでにそこから離れて、大会の受付列に並んでしまっていた。
不思議な奴も来るもんだ、と門番は今来た左頬に十字の傷を持つ青年のことを考えた。
「エリア姉ちゃんとの約束。その一歩」列に並びながらロカはそう呟いた。
「ほうら、早く早く」
キャロルはそう言ってファルサの腕を引っ張っている。当のファルサは情けなく息を切らしながら、フラフラと歩いて行った。
「不思議なもんだな、暗殺者やっていたころはもっと体力があったものだが」
そう強がりながらも、咳き込む亭主の姿を見て、キャロルは腰に手を当ててため息を吐いた。
「そんなんじゃ日が暮れちゃうよ」
「収穫祭は夕方からだったよな」
ファルサがそう言うと、キャロルはギロッと睨みつけた。
「ファルサ?今回のこの旅の目的は?」
恐ろしい迫力に身体をすくませているファルサには、暗殺者ニーシュとしての当時の面影は感じられなかった。
空白の十年間を互いの話で埋め、新たに沢山の思い出を作ろう。そう言ったのはキャロルだった。その提案にファルサも惹かれたので、二人で各大陸を周って思い出作りに励もう、という話になったのだ。そして、このサーファルドには思い出深い友が、王となって活躍していたはずだ。
「思い出作りと、久々にエリアの顔を拝むこと、だろ?」
ファルサの答えにキャロルは親指を立てた。
「そう、その通り、だから早く行きましょう。思い出は収穫祭だけで完結させるつもりはないわよ?」
鼻息を荒くしてそう言い放つキャロルに、ファルサは苦笑した。
「今日も平和のようだ」
かつての自分とは一番縁遠いその言葉を口に出来ることに、ファルサは少しだけ充実感を感じていた。
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