終章 エリアとシュラ

Ⅻ 王と皇 (1)

 サーファルド城上空の竜と竜による決戦、そして新国王エリア・カアラ・サーファルド即位より十年の月日が流れた。エリアの外交交渉による他大陸との関係強化と、エリアを献身的に支えるアリス・イアソ・サーファルドによる内政強化――国民の声を取り入れる政策――により、国はサードレアン時代に劣らぬ程の安定した豊かさを保っていた。今日はエリア即位より丁度十年というとても記念すべき日であり、新しく国全体で始めた農業が遂に豊作を迎えたことによる収穫祭と併せて行うというお触れが出された。

 国民たちはこの日に限っては仕事をすることを免除され、皆サーファルドの城下町に集まって祭りの準備を始めていた。


 「おおい、もうちょいテントを引っ張ってくれよ」

 「もう少しこっちに装飾を増やした方が良いんじゃないか?」


 人々は笑顔で祭事の準備を行っている。出来る限り国民が笑顔でいて欲しいというエリアの願いに、アリスがそれなら、と提案したものが国民主体で催事を進めるというものだった。これは功を成しており、毎年何かしらの形で大きくサーファルドという国は盛り上がりを見せている。

 そんな中、町の人々の足をすり抜けるように赤い影が通っていった。木製の踏み台を三周して載っている人を戸惑わせるなど、赤い影は悪戯染みたことを素早い動きで行っていた。


 「こおら、捕まえたぞ悪ガキ!」


 宿屋の親父がその赤い影をむんずと捕まえて持ち上げた。そこにいたのはまだ小さな赤い鱗を持つ火竜であった。


 「げっ、捕まっちまったか」

 「あんまり人を惑わすもんじゃない。いくら踏み台があまり高いものじゃないからってな」


 宿屋の親父がそう言うと、子どもの火竜は人懐っこい笑顔を見せた。


 「お祭りごとは無礼講だろ?俺はそう火皇様に教わったぜ」


 火竜の子の言葉に、宿屋の親父は頭を抱えていた。

 この十年の間で、かつて人と竜がともに暮らしていた時代、とまではいかないが、両種族の関係性は、かなり距離が近付いていた。竜たちは少しずつ里を離れ近隣のサーファルドに遊びに来たり、新鮮な野菜を届けに来たりしてくれている。人間の方も竜たちの里を訪れ、貰った食材を調理したり、簡単な裁縫を施したカーテンなどのインテリアめいたものを送ったりしている。これが竜たちのトレンドにもなっていた。

 これほどまでに人間と竜たちの関係が近付いたのは人間の王と竜族の皇たちとの連携が深まったからに他ならない。エリアとシュラ双方による話し合い以降、他大陸の竜たちも近くの国との関係を深めていっている。竜たちは、土皇エピタスが人間との関係復興を持ち出したことがきっかけとなったようだ。

 

 城のバルコニーからエリアは城下を眺めていた。国民一人一人が声を掛け合い、手を取り合い一つの目標に向かっている。その光景がとても美しく、誇らしいものであることを実感していた。

 風が吹いて、十年前より伸びたエリアの髪が靡く。かつてはショートカットだったエリアだったが、今ではセミロング程度まで髪を伸ばしていた。


 「エリア、準備は出来たの?」


 部屋の外から聞こえてきたのはノックの音とアリスの声だった。エリアは「どうぞ」とだけ告げると、ギィと音を立ててアリスが中に入ってきた。


 「エリア、着替えていないじゃない」


 呆れた顔を見せるアリスは、エリアとは対照的にバッサリと四年前に髪を切った。今では肩にもかからない位の長さとなっている。

 エリアは動きやすい部屋着なのに対して、アリスは普段は好き好んで着ないような王族の儀礼服を纏っており、セレビアの首飾りが良く映えていた。


 「姉さんが着替えるの早すぎるんじゃないの?まだ収穫祭は始まらないでしょ」


 エリアがそう言うと、アリスはわざとらしくため息を吐く。


 「これ着替えるの結構時間掛かるのよ。あのメイド長に頼んだけれど、これの着付けに三時間もかかったわ」

 「そんなにかからないと思うよ?私のときは三十分くらいだったし」


 エリアの着付けに掛かってくれたのは、あの十年前に働き始めた、現在のメイド長ではなく、ベテランのメイドであったが。


 「姉さんは普段そういう服着ないから、相手も困ったんじゃないの?」


 エリアは悪戯っぽく言う。メイド長が不器用なのもあるが、アリスがこの手の服を出来るだけ着ないようにしているのは事実だ。逆にエリアが他国に赴くことが多いため、ほとんど正装でいるときしかない。


 「何でもいいでしょ」


 膨れた顔をしてアリスは言った。

 

 アリスはエリアの隣に立ち、ともにバルコニーから城下を眺めていた。


 「ねえ、エリア」


 アリスが声を掛けると、エリアは首を傾げた。


 「この国に住む人々は幸せだと思う?」

 「幸せかぁ」


 エリアは視線を一度空に向けるが、その後少し微笑みながらアリスに視線を向ける。


 「幸せであって欲しいと思うし、そうなるように頑張っているよね」


 エリアの回答に、思わずアリスは苦笑した。この十年間の間で自分の犯した罪は少しでも償っているのか、という意味を含んだ質問だったが、確かにエリアの言う言葉が正しいのかもしれないな、という笑みもあった。

 すると再び、エリアの部屋をノックする音が聞こえた。


 「はい?」


 エリアが部屋に入るように促すと、現れたのは杖を突く、すっかり腰の曲がったバルドであった。


 「バルド、どうしたの?」


 エリアが尋ねると、バルドは一枚の張り紙を突き出した。


 「見てくだされ、エリア様」


 そう言って差し出した紙には「求む、強者。サーファルド収穫祭同時開催。力自慢大会」と書かれていた。


 「えっと、優勝すると……エリア国王陛下との謁見の権利?」


 エリアとアリスが驚いた顔をすると、バルドは皺くちゃの笑顔を見せた。

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