貧乏くじ男、東奔西走
大福がちゃ丸。
貧乏くじを引いた男
「あぁ! もう!」
ボクは、放課後の教室で掃き掃除をしながら、ブツブツともんくを言っている。
何で、教室の居残り掃除なんてさせられているか、と言うと。
「悪かったって、ドーナツおごるからさ、機嫌なおしてよマルコ」
なんて事を言っている、太りぎみの友達、トニーノのせいだ。
ボクが一緒に学校に行こうとトニーノの家に着いても、グスグスと寝坊をしていた。
トニーノのおばさんが、申し訳なさそうにしてたから、あの時は我慢したけど。
掃除だけじゃなく、教材の荷物運びとかもさせられたし。
掃除がやっと終わって家に帰ったら、今度は母さんが「手が離せないから」とか言ってきて、買い物をさせられたり、買い物の途中でアニータに会って、色々とうるさかったり。
結局、一日中なんやかんや色々やらされた。
あ、そうそう、ボクと一緒に登校していたアニータは、「待ってられないわ」と言って先に登校したので遅刻していない。
「なんて事があってさ、昨日は来れなかったんだ」
学校であった事を話ながら、トニオ爺さんが入れてくれた、温かいココアを飲む。
パチパチと暖炉で薪が爆ぜ、トニオ爺さんの家に中は暖かかった。
「そりゃ、貧乏くじじゃったな」
ワハハと笑いながら、愉快そうに目を細めるトニオ爺さん。
トニオ爺さんは、「ほら吹きトニオ爺さん」なんて言われているけど、ボクはトニオ爺さんの話を聞くのが大好きだ。
「ふむ、貧乏くじと言えばな、こんな話がある」
トニオ爺さんは、ラム酒を一口、口に含むと話し出した。
「これはな、昔、酒場で友達に聞いた本当の話だ」
**********
「クソたれが!」
暗いトラックの中で、俺は悪態をつく。
上からの依頼で、この寒い夜中に、辛気くさき寂れた漁村に向かっているのだ。
俺達の組織に荷物運びなんぞ頼む奴なんて、ロクなもんじゃねぇのはわかっている、表に出せないいわく付きのモンだ。
何かの拍子にサツにパクられても、俺らは切り捨てられて終わりだ。
下っぱの俺達は、上からの命令に逆らえない、「はい、ありがとうございます」てなもんだ。
「そんなに毒ずくなよ、幸せが逃げるぜぇ~」
隣に座って飲んだくれているデブ野郎が、ヘラヘラとクソ下らねぇ事をほざきやがる、おかげでさらにイライラしてきた。
よりによって、今回の相棒がクソデブ野郎だと。
大体、何時間転がしてると思ってやがる! 飲んだくれやがって、俺はお前の運転手じゃねぇ!
俺は、空いている手でクソデブの顔面を殴り付けて黙らせると、またアクセルを踏み込んだ。
俺達が約束の場所に着いたのは真夜中過ぎ、漁村特有の磯の香りが漂ってくる。
まぁ、怪しいモンを運ぶにはいい時間だ。
湿った夜霧が漂いう、街灯も少ない薄暗い倉庫の入り口近くにトラックを付けると、倉庫の中から数人の人影が出て来る。
この漁村の人間だろうか? 猫背のように背中を丸め、帽子をかぶりマフラーで顔を隠している、目だけを出しているが、皆ギョロギョロとした大きな目をしている。
そしてもう一人。
こんな漁村に似つかわしくない、山高帽子で燕尾服、浅黒い肌に片眼鏡を掛け立派な口髭を生やした黒づくめの男がいた。
見た目は異国の紳士その物なのだが、胡散臭さがにじみ出ている。
この男が、依頼人なんだろう。
胡散臭い男は、トラックから降りてきた俺達を見ると、話しかけてきた。
「ふむ、時間はホボあっておりますな、よろしいでしょう」
喋り方が胡散臭い。
「どうも」
俺はワザと短く返事をする、胡散臭い男は特に気にする様でもない。
「運んでもらう品物はこちらになりますな」
男は軽く倉庫の方に顔を向ける、倉庫の中から男たちが一つの箱を運んできて荷台に積みこんでいる。
木箱ではない、よく物語にあるような宝箱? のような形をした一抱えぐらいある大きさの箱だ。
「アレだけなのかい? こんなでかい車で来なくてよかったかもな」
「アレだけですな、くれぐれも慎重に、決して中を見ないように、ではよろしく頼みましたぞ」
そう言って、胡散臭い男たちは夜霧の中に姿を消していった。
俺は、荷台のホロをまくり上げ明かりを当てて中を確認する、しっかりとロープで止められている箱が見える、留め金は掛けてあるが鍵はかかっていないようだ。
「おい!早くいこうぜ」
助手席で飲んだくれているクソデブが、ブヒブヒわめいていやがる。
「チッ」
軽く舌打ちすると、俺はトラックに乗り込んだ。
可笑しなことが起きだしたのは、山沿いの道に入ってからだ。
隣のクソデブが、妙なことを言い出した。
「おい、おいってばよ、変な音が聞こえねぇか?」
「あぁ? てめぇの耳が腐ってんだろ」
「そうじゃねぇよ! 荷台から聞こえてくんだよ! 聞こえねぇのかよ! ほら!」
耳を澄ますと確かに何か聞こえる気がする、道が悪いのとオンボロトラックのせいで、ガタガタギシギシと雑音がするが、それとは別に、まるで鳥や虫の鳴き声のような何かが聞こえてくる、酔っぱらいの戯言だと思っていたんだが、これは……。
俺はトラックを止め、安物のランタンに火を点け、荷台を見に行くことにした。
ガロガロと安っぽいエンジン音が寒く暗い山道に響く、興味をひかれたのかクソデブも降りてきて、一緒に荷台を覗き込んだ。
何とも言えない嫌な臭いがした。
それに、確かに何か音が聞こえる。
クソデブが、荷台のホロを開けて中を覗き込む。
「! あ! おい!」
俺は声を上げたが、それより早くクソデブが荷台に上がる、あのブヨブヨの体でそんなに早く動けるのかと思うくらいだ。
そして、あいつは箱に手を掛けた。
「おい! やめろ!」
荷物に手を出すのなんざ、重大な契約違反、やっちゃいけない事だ。
止めようとしたが遅かった。
留め金をはずし、あいつは箱の蓋を開けてしまった。
荷台に、何とも言えない悪臭があふれる。
「何だこりゃ……重油……か?」
あいつが、そうつぶやいたのが最後の言葉になった。
黒いナニカが箱から出て、アイツの体が飲み込まれてしまった。
箱から出たナニカは、闇から生まれたような黒色で、光に照らし出された表面は玉虫色に光っている、そいつはまるで生きている……いや、生きているのだろう、粘液状のそいつは、煮え立つ湯のように表面に無数の目を浮かせている。
そのナニカは「テケリ・リ、テケリ・リ」と鳴き声を上げながら、グネグネと体を動かすたびに、ナニカに包まれたあいつの体は小さくなっていく。
体が動かない、膝が笑う、目の前で人が何か得体のしれないモノに食われちまったんだ、当然だろ? 逃げ出したいのに頭もうまく働かない。
あいつを食い終わったのか、ナニカが俺の方に向ってこようとしている。
「う、うあああぁああぁぁあ!!!!」
とっさに、手に持っていたランタンを投げつける。
ランタンのガラスが割れ漏れたオイルに火が付き、「テケリ・リ! テケリ・リ!」と声を上げ暴れまわる。
ナニカは火だるまになりトラックのホロに火が燃え移っていく。
俺は、慌ててトラックから離れた、燃料に引火でもしたら俺も危ない。
十分距離をとって、燃えていくトラックを見ていると。
「ほうほう、これはどうしたものですかな」
急に俺の背後から声をかけてきたヤツが居る、驚いて後ろを振り向くと、漁村に居たあの山高帽の胡散臭い野郎が居た。
「これは私が頼んだ荷物はダメになりましたなぁ、依頼した方としては賠償でもしてもらわないとですかなぁ」
片メガネを燃え盛る炎で光らせながら、胡散臭い男は俺につぶやく。
「……なぁ、あんた、どうして……いや、どうやってここに来た」
そうだ、何故ここに居る、どうやってここに来た。
ニヤリと笑う胡散臭い男の顔は、人のマネをしている何か得体のしれない怪物のように見えた。
俺は、その顔を見てその場から逃げ出した。
どこをどうしたかわからないが、気が付いた時はどこかの病院だった、倒れていた俺は担ぎ込まれたそうだ。
それからの俺は、所在がわからないように身を隠し暮らしている。
風のうわさで俺が仕事を請け負っていた組織が壊滅したのも知った、俺はそれでも、もう表の世界には出て行く気がしない。
あの胡散臭い、気味の悪い、人のマネをした、何だかわからないモノには、二度と会いたくないからだ。
**********
「はぁ~、何だか怖い話だね」
ココアをすすりながら、トニオ爺さんの話の感想を言う。
悪い人に頼まれて、訳の分からない悪いモノを運んじゃった、悪い人の話かなぁ。
それにしても、山高帽の怪しい人は何だろう? 人じゃないのかなぁ?
「まぁ、神様に顔向けできない事はするなってこったな」
ラム酒をチビリと飲んでトニオ爺さんが言う。
「若いうちはそれなりに働いたが、歳を取ってからは、こうやってラム酒でも飲んでのんびりしてるのが一番だわい」
暖炉の薪がパチリと爆ぜる温かい部屋の中、ボクとトニオ爺さんは何事もない小さな幸せに、ココアとラム酒で乾杯し笑い合ったんだ。
貧乏くじ男、東奔西走 大福がちゃ丸。 @gatyamaru
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