31. 発端

 さて……ややこしくなってきてるみたいだし、話を整理させてもらうぜ?


 お前さん達は既に死を迎えたがそれぞれ強い未練がある。……そんでもって、気が付いたらこの訳が分からない空間にいた。

 ここまではいいかい?


 俺が誰かって? ま、それはおいおい分かっていくだろうさ。今は……そうさな。「レニー」って名前だけ覚えてくれりゃいい。

 なぁに、怯えるこたねぇ。お前さん達と同じく、この空間に活路を見出して飛び込んだ亡者だ。仲良くしようじゃねぇか。


 ……それはそうとして、お前さんの「名前」は何だい? 言ってみな。




 ***



 そこまで聞いて、「俺」の意識は途絶えた。

 ぐちゃぐちゃになった記憶が悲鳴を上げる。




 名前? ナマエ?

「俺」は、誰だ?





 骨と化した指が目に入る。

「俺」は……「私」は、「ロジャー・ハリス」だったか。

 かつての旧友が何を企んでいようが、「私」は敗北するわけにはいかない。断じて、「私」の存在を消させるわけにはいかない。





 違う。この身体は「僕」のものだ。「キース・サリンジャー」として、「僕たち」には真実を追求する義務がある。

 協力してくれないか。「僕」が果たして何者であったって、正義を貫くことに意味があるんだ。そうだろう?





 ──なんだって、いいでしょう?





 暗闇の中、人の形すら成さない影が嗤う。

 血溜まりに沈んだ「誰か」を指さして、「何か」は語る。




 可哀想なお人形さん。

 自分を見失った愚かな亡霊。


 僕たち、私たち、俺たちと同じモノ。

 こっちにおいで。一緒に怨んで嘆いて、大きくなり続けよう。


 そうすれば、許してあげるよ。




 甘美な響きが「誰か」を誘う。

 その先にあるのは「死」? いいや、もっと楽で、魅力的な「終着点」。


 どうして、苦しんでいたんだっけ。

 いったい、何に縋りついていたんだっけ。




 ──兄さん




 ああ、そうだ。「俺」は……


 あの日、自分の身体がどうなってるか見て、ようやく終わると思った。

 あいつらがどんな顔するだろうって思ったら、そこそこ愉快ですらあった。


 俺は──


 家族が嫌いだ。人間が嫌いだ。世の中が嫌いだ。神なんてものがいるならそいつも嫌いだ。何もかも嫌いだ。

 だけど、


「ロー兄さん……!!!」


 人じゃなくなった俺に抱きついて泣く、まだ13歳の弟に、心の底から申し訳なく思った。


 俺はたくさん嫌いだったけど、


「……ただいま」


 その居場所きょうだいだけは、好きだった。

 大っ嫌いな世界の中で、たった一つ、それだけ好きだった。




 ***




 いつの間にか、見覚えのある部屋に立っていた。

 ああ、そうだ。見覚えのある部屋だ。

 ロッドがいる。ロブがいる。いつかと同じ、懐かしい光景。失われたはずの、過去の続きがそこにある。


「……行くべきだと思う。メール見せてもらったけど、僕には何かを伝えたがってるように見えるし」


 ロブが、神妙な顔をして語る。

 張りぼての「兄」が、言葉を紡ぐ。「ロー兄さん」として、言うべき言葉を、「必要とされている」言葉を、空虚な偶像が語る。


「ロッド、キースくんは大事なお友達なんだよね?」

「……一番メールしてたし、一番勇気くれたのはあいつ」

「じゃあ、俺とロブで行ってくるから、ロッドはここで待機しててくれる?」


 当たり前のように、求められた日常を演じる。

 ……それが欲しかったんだろ、ロブ。

 終わらせたくなかったんだろ。先に、進みたくなかったんだろ。分かるよ、俺だってそうだ。


「で、でも怖いな。俺は幽霊苦手だし」

「……僕がついてる」

「……無理は、すんなよ」


 ロッド、お前は、安寧に沈んでいたかったんだろ。

 停滞した時間の中にいたかったんだろ。世界が怖いから、閉じこもっていたかったんだろ。

 それも、分かるよ、俺だってそうだ。


「じゃあ、僕は準備してくる。……兄さんも来て」

「あっ、うん。またね、ロッド!」


 ……ああ。この「先」に進めば、きっと、もう戻れない。

 停滞した、継ぎ接ぎの「日常」が終わる。


「……俺は……」


 立ち去る間際、ロッドの声に、一瞬だけ振り返る。


「……ここらで、ちゃんとしないとかもな」


 溢れ出しそうな感情が、声にならない。

 ズタズタに切り裂かれた「俺」自身は、もう言葉を操れない。


 楽になりたい。でも、死にたくない。

 この関係は負担だ。でも、離れたくない。

 終わらせたい。でも、消えたくない。


 ブレーキの音が脳裏に響く。記憶が俺を過去に引き戻す。線路に押し付けられた身体は、動かせない。……迫り来る「死」から逃げられない。

 激痛と、血みどろの地面と、手足に絡みつく「何か」……




 ああ、声が、聞こえる。




 ──みんな、同じだよ。

 ──君と、同じだよ。

 ──死にたくなかった。消えたくなかった。




 ──だから、「同じ」になって欲しかった。

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愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ― 譚月遊生季 @under_moon

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