手段と目的
西新宿の高層ビル群――。
新宿中央公園を見下ろす一室、大きなガラス面に向かって男は立っている。
彼の右手にある扉から三回、乾いた音が部屋に響いた。
「お見えになりました」
女性に案内された客人は山高帽を脱ぎ、無言のままソファーへ静かに座った。
左手には黒い革の手袋を嵌めている。
外を眺めていた男も歩み寄り、向かい合うように腰を下ろす。
先に口を開いたのは客人の方だった。
「この度は国立蹴球場の設計施工、受注が決まったそうで。おめでとうございます」
にこやかな笑みと共にゆっくりと頭を下げた。
洗練された身なりといい、物腰の柔らかさといい、一介のサラリーマンではないことがうかがえる。
「ありがとうございます。総予算が五百億円を超える大プロジェクトですからね。我が社にとっても非常に大きい」
満面の笑みを浮かべた男が、言葉を続けた。
「それで、特に問題は?」
「はい、ご心配には及びません。このようなコンペではプレゼンに係る比重が大きいとされていますが、先方は妨害工作だったとは気付いていないでしょう。被害も出ていないので事件化されておりませ――」
「ああ、そこまで。私が詳しく聞く必要は……」
「確かに。その方がお互いのため、ですね」
客人はもう一度頭を下げると音もなく立ち上がり、扉へと向かって歩を進める。
「それでは」
扉を開けようとした手を止め、男の方に振り返った。
「あの津島という男、三十代前半とまだ若いですが非常に能力が高く、人柄も申し分ありません。あのような人材、御社にとっても有用かと」
「あなたが言うのなら間違いないのでしょう。お任せします」
「承りました」
軽い会釈が扉の陰へ緩やかに消えていった。
―了―
貧乏くじ男、東奔西走 流々(るる) @ballgag
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