ショートメール

【西船橋駅 11:15】


 階段を駆け下りて、ホームにいた千葉行きの電車へ飛び乗った。

 車内アナウンスで怒られるかもしれない。


(確か、船橋で乗り換えだって言ってたよな……)


 一駅しかないから、まずは呼吸を整える。

 運動不足が応えていて、ふくらはぎがりそうになっていた。




【船橋駅 11:17】


 電車から降りて向かいの番線を見ると、ちょうど上りの各駅停車が入ってきた。


(快速は隣のホームか)


 コンコースに上がり、案内表示を見上げて……あった。十一時二十二分発、君津行きの快速――あまり時間がない。


 肩に掛けた布製のトートバッグが歩くたびに揺れている。


(五百万って、こんなに小さく収まってしまうんだな)


 昨日まで、一億を減額するのに四苦八苦しながら算段していたのを、ふと思い出した。


(とりあえず、坂崎さんには連絡しておかないと)


 スマホを取り出し、通話しようとしたところに快速電車が入って来たので、ひとまず乗り込む。




【船橋~津田沼間 11:23】


 車内の座席はほぼ埋まって、立っている人もちらほら見える。

 乗降口の脇に立ち、あらためてスマホを取り出して坂崎さんへLINEしようとした時だった。


 ピロリロリン、ピロリロリン。


 場違いな音が車内に響き渡る。

 一斉に視線を浴びながら、慌ててガラケーを取り出した。間違いなく、こいつが鳴ったはずだ。

 使い慣れていない画面を見ると、メールのマークが表示されている。


(音も切っておかなきゃ)


 マナーモードに変えてからメールを開いてみた。

 ショートメールが一通届いている。


『外部への連絡は一切するな。もし、そんな素振りが見えたら、警察に通報したと判断する。人質は無事に帰らないと思え』


 顔を上げ、辺りを見回す。


(俺を見張ってるのか!?)


 さっき、音を鳴らしたせいで、こちらを見ている人が数人いるが、この中に犯人の仲間がいるのだろうか。

 スマホをそっとバッグへ戻した。




【稲毛駅 11:32】


 乗り換えの確認もスマホが使えないとなると不便だ。

 車内に貼ってある路線図の下まで移動する。


(蘇我で乗り換えか……)


 見上げながらも、背中に視線を感じてしまう。


 彼――あのお父さんは、今どんな思いでいるんだろう。

 自分の手で取り返すつもりでいたのに、何の関係もない俺に委ねることになって……。

 結婚もしていない俺でも、彼の想いは分かるつもり。

 ただ待つだけの両親の下へ、無事に息子さんを返してあげたい。




【稲毛~千葉間 11:34】


 蘇我につくまで少し時間がある。


(プレゼンは大丈夫だろうか)


 資料は別便で届くから問題ないはず。

 今は、自分にそう言い聞かせるしかない。


 それにしても――。

 なんでこんな面倒な方法を採ったんだろう?

 俺が断って通報したら、それまでなのに。

 余程お人よしに見えたのか、彼が通報なんて絶対にさせないだろうと見込んでいたのか。

 多少のリスクを冒しても、警察が動いているかを確認するにはベターと判断したんだろうな、きっと。


 俺を見張っている奴が少なくとも一人、子どもを見てる奴もいるはずだから複数犯は間違いない。

 要求している金額が少なく感じるのも、内々に処理できる程度の額、ということかもしれない。


 この犯人たち、ヤバいほど手馴れている気がする。




【本千葉駅 11:42】


 車両の扉が閉まる直前、胸ポケットのガラケーが震えた。


『次の蘇我駅で乗り換えろ』


 ご丁寧に、乗換案内が送られてきた。

 奴らにしてみれば、金が届かないのが一番困るからだろう。




【蘇我駅 11:46】


 コンコースには『十一時四十九分発 外房線快速 上総一ノ宮行き』の文字が表示されていた。

 ここでも発車が迫っているので、急いで階段を下りる。


 既に停まっていた電車へ乗り込み、空いている席を見つけて腰を下ろした。

 それとなく廻りに目を配ったけれど、見覚えのある乗客を見つけることは出来ない。

 ホームで電子音が鳴り、扉が閉まった。




誉田ほんだ土気とけ間 12:00】


 少しずつ乗客も減り、空席もちらほら見える。

 平日のこの時間に房総の終着駅まで移動させるのは、やはり警察による尾行の有無を確認することが目的だろう。

 人が多ければ尾行も紛れやすいが、この状況だと目立ってしまう。

 恐らく、特急に乗り込んでからが金の受け渡しとなるはずだ。


(でも、一体どうやって?)


 特急は停車数も少なく、駅を出たらになってしまう。

 車内での受け渡しは考えにくい。

 最近の車両は洗面所も含めて窓が開かないはずだから、映画『天国と地獄』のような投げ落とす方法も出来ない。


 ただ、このバッグの大きさ……A4版程度で口にはチャックもついている。

 重過ぎず、放り投げるにはもってこいだ。




【大網駅 12:08】


 相対式のホームへ電車が入っていく。

 扉が締まるアナウンスを聞いていたら、斜め前に座っていた男性が慌てて立ち上がり、間一髪のタイミングで降りていった。

 どうやら居眠りをしていたらしい。


 電車は何事もなかったかのように次の駅へと向かっている。


(ひょっとして、これか!?)


 車窓から流れる景色に目をやりながら、一つの方法を思い浮かべていた。




【茂原駅 12:21】


 あと十分ほどで終点の上総一ノ宮に着く。

 そろそろ連絡が来る頃だろうと思っていたら、やはりショートメールが来た。


『十二時三十四分発の東京行き、特急わかしお十二号の自由席に乗れ。この電車は十二時三十分に着く。時間はないぞ』


 今度は到着時刻まで教えてくれている。

 特急券を買わなきゃいけないし、走ってでも乗り遅れるなということか。


(いよいよ本番だな)


 座席に座ったまま、ふくらはぎのストレッチを始めた。

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