第9話 怪説・本能寺の変-転生《起》完
信長の疑心暗鬼が招いた混乱に翻弄される光秀の姿がそこにあった。
家康は、目を閉じ感慨深く、口を開いた。
「自分が手をくださなくてもイエズス会が信長を始末する。勢力争いが勃発する。光秀は悩んでおったのか…。警護手薄の二度とない暗殺の機会か…」
「そこに、家康様の暗殺命令が下った。その時、光秀の心は決まったはず。イエズス会に討たせるより、信長傘下の謀反であれば、上手くすれば、勢力図を継承し、維持できると。そこで光秀はある者を通して、家康様を本能寺から遠ざけさせた、と言うことです」
「何と、私を信長様から救ったのは光秀と申すか」
「さようで御座います。ゆえに、奇襲からも逃げられ、事前に伊賀者を手配することができ、伊賀越えもできた。その結果、こうして家康様を三河国までご無事にお連れ申すことができた、と言うことです」
「信じがたい、信じぬぞ、信長様が私を…」
「家康様は、三河国を中心に勢力を拡大されております。長宗我部元親が、受けた仕打ちは、家康様にも、及んだことでしょう。 将来、力を付ける者は味方に取り込む。いつ裏切られるか不安なら、潰せるときに潰しておく。それが信長様でしょう」
「そのようなこと…」
「天下を取ろうとする者は、隙あらばでしょう。家康様も口には出さぬとも天下人は夢に思われるはず。それを信長様は、敵とみなされるのですよ」
「信長様にとって、私は敵か…」
「事実、お命を狙われたでは、御座いませんか」
「…」
「このこと、他言無用でお願い致します。混乱必定ですので」
「わ、分かっておるわ。このようなこと、誰に、言えるか」
徳川家康は、混乱の極みを味わっていた。主君と慕い、亡き後を追う程に思っていた信長が、自分を葬ろうとしていた。主君の敵と命を狙った光秀が、自分を救った。
その光秀がある者に通じていた。ある者とは、誰なのか、知りたい気持ちより、同様の方が強かった。問たくなる気持ちをぐっと抑えたのだった。
家康は気持ちを抑制した。ここまで話す服部半蔵が、ある者と、言うには時期早々か、隠密にしておく必要があるからであろうと容易に理解できたからだ。
信じられるのは自ら築いた勢力圏だ、と家康は自分に言い聞かせていた。下克上はある。ましてや、他の勢力圏下に入れば、いつ何時、今回のように裏切られるか分からなかったからだ。
服部半蔵は、この日を皮切りに光秀が恩人で、信長が敵であったことを、さりげなく幾多に渡って家康に刷り込んでいった。家康は本来、さみしがり屋で、臆病者。それを、情報や裏付け、信頼関係で補っていた。石橋を叩いて渡る。それが、徳川家康だった。半蔵は、命懸けで自分を助けてくれた、謂わば命の恩人。半蔵の忠誠心は、家康にとって心強かった。そんな半蔵の言葉だからこそ、家康自身も耳に入ってきていた。少なくても、半蔵は自分の為に動いてくれている。情報網も持っている。信頼できる男であるという気持ちは、日増しに高まっていた。
半蔵の報告を受け、越後忠兵衛も動いた。忠兵衛は、思案していた。光秀の処遇だ。武士でもない、商人でもない、利害関係が生じにくく、また、自活することなく、人目にもつかない場所…それは、灯台もと暗しの場所にあった。先方に話を持ちかけると、これが思いのほか、好感を持って受諾された。
越後忠兵衛は、温泉地の別荘にいた。
「如何ですかな、隠居生活は」
「ほんに、そなたの言葉には、剣があるな」
「あはははは。まぁ、気になさるな」
「それで、嫁入り先ならぬ、婿入り先でも見つかったか」
「ほぉー中々、言うようになりましたな」
「そなたの病に侵されただけだ、気にするな」
「よい、よい。それでよい」
忠兵衛は、憑き物が取れたような光秀を感慨深く、見ていた。
「要件とは、お察しのとおり、婿入り場所とはいきませぬが、新たな生き場所が見つかったのですよ」
「それで、何処へ行けと言うのだ」
「驚きなさるな、天台宗総本山の比叡山で御座りまするよ」
「なんと、比叡山とな。本能寺の近くではないか」
「そうなんですよ、いろいろ考えて、木を隠すなら森の中、と申しますからな」
「出家せよと言うのか」
「まぁ、そう言うことになりますかな。隠れキリシタンの光秀はんには酷なはなしですかな」
「いや、そのような気遣いは、要らぬは」
「あらまぁ、キリシタンであることをお認めになりましたね」
「この場に及んでは、そんなこと、どうでも良いは」
「僧侶は仮の姿。飽くまでも、家康の懐刀になって頂きます」
「そんなことが、できるのか」
「できるか、できないかは、あなた努力次第。根回しは半蔵はんが、粘り強く仕掛けてくれてますよって」
「努力とは、別人になりきると言うことか」
「なりきる?なるんです。まぁ、ええわ。努力とは、密教、神道、道教、陰陽師、風水学などに精通して頂きます。宗教人ではなく、知識人であれ、と言うことです」
「一応聞いておくが、相手は快く、受け入れてくれるのか」
「それが、歓迎されましてなぁ。延暦寺を焼いたとされる信長を討った光秀様と聞いて、それはもう」
「そうか、反感贔屓か。まぁ、よい、歓迎して頂けるなら、有り難いことよ」
「そこで、いつまでも光秀の名を使うわけには参りません。そこで、お布施をた~んとお支払いして天台宗総本山の住職より有難~いお名前を預かって参りました。その名は、慈眼大師南光坊天海と申します」
「大層な名だな…、南光坊天海か、うん、気に入った」
「天海さんのお力を発揮して頂くのは、まだまだ、先の話になりましょう。それまでは、光秀はんの過去を隠蔽し、光秀はんに関するもので利用できるものは、無許可ですべて利用させて貰います」
「好きにせい。光秀はもうおらん。遠慮はいらぬは」
「その言葉、お忘れなきように、天海殿」
ここに、後に黒衣の宰相・南光坊天海と呼ばれる謎多き人物が、誕生した。
怪僧・天海(明智は三度死ぬ)起編投了
引き続き、怪僧・天海(明智は三度死ぬ)承編をお楽しみください。
裏アカ歴史奇行・怪僧・天海(明智は三度死ぬ)《起》九話完 龍玄 @amuro117ryugen
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