第156話 漁師と釣り人

「なぁ、ヨーコ・・・どう思う?」

 と、藪から棒に訊いてきた源ちゃん。

「ん?なによ急に。」

「いやぁなぁ、釣り人の相手すんのは難しいなぁって話。」

 お客を乗せての釣り船事業が、不定期だが始まっている。

「いつも漁でやってる感じで、釣れそうなところへ案内すればいいんじゃないの?」

「あぁ、そうなんだけどなぁ・・・そうじゃねぇみてぇなんだ。」

「・・・は?」

「あ~、だから・・・漁師ってのは、数釣るのが仕事だろ?少しでも多く、良い型の魚を揚げたい。」

「えぇ、そうよねぇ。」

「だぁ・・・釣り人ってのは『量より質』っていうか・・・あれだ、釣れるまでの過程を楽しみたいんだそうだ。」

「う~ん、そうだろうね。」

「あぁ。だから、ってのも面白くないらしいんだよな。」

「あ、なに?『入れ食いだと釣り堀みたいでつまんない』とか言われた?」

「ん・・・あぁ。」

 釣れなきゃ釣れないで文句言われるし、大変よね。

「なぁ。だからって、わざわざ難しいポイント行って『釣れないのはお前の腕が悪い』なんて言う訳に行かないだろ?」

「ふふっ、そんなことしたら大炎上よ。」

「な。その客の力量に合わせてポイント選ぶってことやんなきゃいけねぇのかなぁ・・・なんて思ってな。どう思う?」

 釣れるまでの過程を楽しみに来ている人に、どうやってその楽しみを提供できるか・・・そんなの人それぞれよ。

「お客さんに訊いたら?」

「は?『今日はどのコースにいたしましょう』ってか?」

「ふふふ、そんな形式ばった感じじゃなくってさぁ。う~ん、それとなく『今日は数狙う?それとも大物?』とか聞いてみるとかさぁ。」

「あぁ、そうな・・・なかなか難しい提案だなぁ。」

 最近特にに磨きのかかってきた源ちゃんじゃ難しいか・・・。

「う~ん、やっぱりお客さんとのみたいな人が必要よね。」

「あぁ。」

 今のメンツは源ちゃんの他、仲買さんや他の漁師が手伝いで入るだけ。「釣る喜び」を提供するには、ちょっと心許ない。

「ねぇ。早いうちに引き込んじゃった方が良いんじゃない?」

「あぁ?アイツか?」

 そう。「太公望」という愛称がいまいち定着しないあの子。

「えぇ。『いずれは』って気持ちがあるんだから、今すぐだってそんなに変わんないわよ?」

「あ、あのなぁ・・・アイツはアイツで、ホテルだか旅館だかに就職するつもりなんだろ?それを邪魔できるかよ。」

「ん~、そこんとこをさぁ、向こうにも話して休みを合わせるとかしてもらってさぁ、『二足のわらじ』を履けるように配慮してもらうとか・・・なんとかできそうなもんじゃない?」

「あのなぁ、新入りにそこまで許すとこがあると思うか?そうでなくっても『五年くらいで辞める』とか言ってるのに。」

 確かに。そんなわがままを許してくれる職場に出会えるとは、にわかには思えない。

「あ~、そうね・・・。」

「だろ?まだアイツを引き込むわけにはいかねぇ。」

「う~ん・・・ならさぁ。いっそのこと鈴木ちゃんとこに弟子入りさせたら?」

「はぁっ?」

「考えてもみてごらんよ。この漁協が鈴木ちゃんと晴子さんの二人で回ってるのって奇跡的だと思わない?」

「あぁ・・・だけどよぉ。」

「ね。あそこなら事務仕事も学べるし接客業の一面もあるし、鈴木ちゃんは観光業の資格も持ってるんだからそういうイベントごとも経験できるし・・・何より、空いた時間には釣りし放題だし。」

「あぁ・・・んん、そうだな。」

 鈴木ちゃんの負担を減らしたい・・・というのは、言葉にはしないけど港のみんなの共通認識。

「アイツが、なんて言うかな?」

「ん~。まぁ、悪くない提案だと思うけどね。」

「あぁ・・・今度、話してみる。」

 一人の青年の人生を左右することだから、あまり他人が口出しすることじゃないのは分かっているのだけど、彼は港にとっても「逸材」だし、彼の方にも「その気」があるのだから、この「えん」が鮮度を保っているうちに形にしてしまいたい。

「・・・で、なに作ってんだ?」

「あ、これ?う~ん、さつま揚げ?」

「ん、なんだ?ハッキリしねぇなぁ。」

「んふふ。魚のすり身におからを混ぜて揚げたら美味しいかなぁ・・・って、やってみてるんだけど。本格的なさつま揚げとは違うからねぇ、なんて呼んだら良いものかと。」

「あ?いいんじゃねぇか『さつま揚げ』で。」

「ふふふ、良いかっ。」

「あぁ。いいと思うぞ。」

「揚げたら食べる?」

「おぃ、ここまできて『おあずけ』はねぇだろ。」

「んふっ、それもそうね。じゃ、ちょっと待っててねぇ。」

 油の中で、ジュワ~っと良い音を立てている。むふふ。


「最近アイツ・・・俺のこと『にいさん』って呼ぶんだよなぁ。」

「え?いいんじゃない?尊敬する先輩のこと『兄さん』って呼ぶのは、よくあることよ。」

「あぁ、だけどよぉ・・・アイツ・・・。」

「・・・ん?」

「アイツ、美冴の事狙ってのかなぁ?」

「は?なに・・・そんな心配してんの?」

「んぁ~、心配って訳じゃなぇけど・・・なぁ。」

 まぁ、展開が気になる二人ではあるわね。

「んふふ、まぁなるようになるわよ。」

「も~、他人事だなぁ。」

「それより源ちゃんの方はどうなの?」

 真輝ちゃんとの仲、進展してるのかしら。

「あ、あ~・・・・あぁ。」

「なぁに、ハッキリしないわねぇ。」

「あ、あぁ。」

「ふふ、まぁ気長に待つわよ。」

「あぁ・・・。」

 初心うぶでぶっきらぼうで、嘘はつかない。将来有望、期待の漁師。

「で、どう?美味しい?」

「あ?ん・・・あぁ。」

 でも、舌は当てにならない。

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ヨーコは今日もハマにいる。 八木☆健太郎 @Ken-Yagi

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