第155話 甘い醬油で

「まいど~。」

 と、入ってきたのは酒屋さん。こう見えても『ハマ屋』は居酒屋だったりもするから、こうして毎日のように届けてもらわないと追いつかない。

「・・・はい、それとコレ。例のヤツね。」

「あ~、ごめんねぇ、なんだか無理言っちゃって。」

「ぃやぁ~、いいのいいの。こういう注文だってウチは大歓迎だからっ。じゃぁまたねぇ。」

「ありがとね~。」

 酒屋だけど、醤油やみりんといった調味料も扱っている。先代からの付き合いというのもあるし、私の実験好きな性格もあって「試しに一本」なんて注文にも応えてくれている。

「ふふ~ん。さぁて、どんなかなぁ?」

 まぁ、その「試しに一本」がというのが、悩ましいところではあるのだけどね。


 そんな訳で、九州の方では一般的な「甘い醤油」が届いた。


「ん・・・ぅ~ん、うん。」

 結構・・・ちゃんと甘い。

「ん・・・ほう。」

 その奥に旨味のようなものがある。見たところのようなものは入っていないけど、この甘みが醤油の持つ旨味を存分に引き出している・・・ということなのかもしれない。

「うん・・・これ一本で充分なんじゃない?」

 いつも使っている醤油ダレを、この一本が代用してくれそうだ。

「うんうん・・・よ~し、やってみるか。」

 前々から思ってたのよねぇ。醤油に甘みを足して煮付けるなら最初から甘い醤油を使えばいいんじゃないか・・・って。特に水分の多い魚なら、他に何も足さずに美味しく仕上がってくれるんじゃないか、って。

「さぁさぁカワハギちゃん、いくわよ。」

 皮剥いでお腹を出したカワハギを鍋に入れ、この甘い醤油でひたひたにしたら弱火にかける。

「・・・なんか、不安になってきたわねぇ。」

 何もしない・・・というのも、なかなか勇気が要る。

「ぅん、まぁよし。じゃぁ、他に何か・・・。」

 甘い醤油が合いそうな料理を・・・。

「ん?あれは、なんだっけ?唐揚げに甘辛いタレを・・・韓国だっけ?台湾だっけ?」

 なんかそんなのが流行った時期があったわよね。

「ん~・・・なら、最初から甘い醤油に漬けて・・・うん、よしっ。」

 今日はタイミングよくマゴチがいる。コイツも出るとこ出たら高級魚なのになぁ。

 ブツ切りにして醤油に漬け・・・。

「ん、なんかピリッと来るものが欲しいわねぇ・・・う~ん。」

 七味。

「うん、これでいいわ。」

 しばらく漬けておく。あとは揚げる時に片栗粉付ければよし。

「うん、もう一つくらいなにか・・・。」

 煮て揚げたから、あとは焼きか・・・。

「ん?んふふ・・・~ん、ねぇ。」

 焼きおにぎり。

「ふっふっふ、いいんじゃない?」

 想像しただけでニヤけてくるって、どれだけ破壊力あるのよ。

「んふふ、良い感じに仕上がりそうじゃないか。ねぇ。」

 こうして想像してる時間って、幸せ。


「へぇ、甘い醤油ねぇ。」

 棟梁の晩酌に刺身三点盛り合わせ、そこに醤油が二種類。

「うん、ちょっと食べ比べてみて。他にも色々出るからね。」

「お~、楽しみだねぇ。」

 煮付け。カワハギはお昼に美味しく食べちゃったので、あらためてカサゴを煮た。

「ほぉ、いつものと変わらない感じだねぇ。」

「でしょ?この醤油一本でコレが出来ちゃうんだから、もうこれからはこれでやっちゃおうかと思っててねぇ。」

「あぁ、いいんじゃないか?しっかり美味いもんなぁ。うん、酒にも合う。」

「ふふふ、ね。じゃぁ、次は唐揚げねぇ。あ、もう一本?」

「あぁ、頼むよ。」

「へへへ、じゃぁせっかくだから、薩摩の芋焼酎なんてどう?」

「お~、良いねぇ。お願いするよ。」

「は~い、ちょっと待ってねぇ。」

 お湯割りなんかもいいけど、ひやでチビチビやるのもまた良い。

「はぁ~い、マゴチの唐揚げねぇ。ちょっと甘口でピリ辛な感じだからねぇ。」

「へぇ、いただきます。」

 カリッとした食感からの、甘辛いタレの染みた肉汁・・・いや、魚だから・・・なんだ?

「ほへぇ~、甘い唐揚げってのも美味いもんだねぇ。」

「ホント?イケる?」

「あぁ、この唐辛子の辛味もイイっ・・・くぅ~、焼酎合うっ。」

「ふふふ、それなら良かった。」

 普通の醤油ならショウガやニンニクの辛味が合うが、この甘い醤油だったらもっと直接的な辛さのある唐辛子の方が相性がいいだろうなぁと思った。してやったり。

「醤油ひとつで、こうも味わいが変わるもんなんだねぇ。」

「ね。侮れないわよね。これからいろいろ研究しなきゃいけないわ。」

「ふはは、ヨーコちゃんも楽しんでるねぇ。」

「え?えぇそりゃ・・・ふふっ、どうせ食べるんなら美味しく食べたいじゃない?」

「あぁ。それはそうだ。で?この香ばしい匂いは?」

「ふっふっふ・・・。」

「あ、まさか・・・?」

「や・き・お・に・・・。」

「あ~もう、お腹すいちゃう。早く出してっ。」

「ははは、そう焦らないの。ちゃんと焼けるまでねぇ。」

「はぁ~い・・・。」

 普段飲みつけない芋焼酎も、料理との相性でクイクイ進む。

「あまり飲みすぎないでよ~。」

「へ~い。ん・・・焼けた?」

「んふふ、もうちょっと待って。」

 育ち盛りの子供か・・・。


「んふふ~、一升瓶は多いかと思ったけど・・・このペースだと案外すぐなくなりそうね~。」

 きっと日本各地に「ご当地醤油」なんてのがあって、それぞれで違った風味や味わいを楽しませてくれるんでしょうね。なんだか片っ端から取り寄せて全部味わってみたい気分だけど・・・。

「んっ。そんな事やってたら、私おばぁちゃんになっちゃうわっ。」

 まぁ、そういう人生も悪くないなぁ・・・なんて思ったり。

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