第154話 油で煮る料理

「え~・・・っと、オリーブオイルにニンニクと塩と・・・あぁ、ハーブのたぐいか・・・うん、よし。」

 発祥はスペインらしいけど、今じゃ世界中で食べられてる料理よね。

「あとは、器をどうしようかなぁ・・・ん~、グラタン皿か・・・ん、まぁいいかこれで。」

 アヒージョ。源ちゃんが「キノコでやって美味いんだから、サザエでも美味いはずだ。」なんて言い出して作る羽目になった。まぁ「キノコでやって美味いんだから・・・」の理論はよく分からないけど、「アワビ茸」なんてのがあるくらいだからこれらは似ているのかもしれない。

「ぅん~・・・こんな感じかなぁ。」

 よく分からないから、取り敢えずブツ切りにしてオイルにひたひたにしてグリルに突っ込んだ。

「うん、良しとしようっ。」

 本場のなんて分からないもの。


「また、ハイカラなものを・・・。」

 良いところに居合わせた編集さん。今日は先生の所へ資料を届けた帰り。

「んふふ。ね、らしくないわよね。」

「あぁ、いえ。そういう訳では・・・バルのような雰囲気があってよろしいかと・・・。」

「ふふ。まぁ、食べてみて。よく分かんないから、ただぶっこんじゃったんだけどさぁ。」

「あぁ、はい。でも、よろしいのでしょうか?私がいただいてしまって・・・。」

「あ~、良いの良いのっ。分かんないヤツに食わすより、いろいろ知ってる人の意見の方が参考になるから。」

 当の源ちゃんは、言うだけ言ったらどこか行ってしまった。まぁいい。あとで冷めたのを食わしてやるだ。

「はぁ・・・では、いただきます。」

「熱いわ、よ・・・んふふ、ね。」

 上向いてハフハフしている編集さん。こんな姿、前にも見た気がするのだけど・・・もしかして、楽しんでる?

「ん・・・はぁっ・・・ふぅう・・・ん。はぁ、美味しいです。サザエのアヒージョなんて初めていただきましたが、これは良い発見をしました。」

「あら、それなら良かった・・・ねぇ、火の入り具合とか塩加減とかどう?」

「あ、はい。塩加減はちょうど良いと思いますが、そうですねぇ・・・うん。もっと生っぽくってももっと火が入ってても、それはそれで美味しいと思います。」

「うぅん、なるほど。もう少し早めに出して、時間による変化を楽しんでもらう・・・って具合でいいかしらね。」

「えぇ。素敵です。」

「んふふ、ありがと。」

 面と向かって「素敵です」なんて言われると、なんか照れるわね。私に対して言われた訳じゃ無いのに。

「ね、ねぇ。そっちの内臓の方はどう?一緒に入れてしまったんだけど。」

「あ、はい・・・。」

 やっぱりそれも一口で入れて、ハフハフからの・・・苦い顔。

「あれ・・・ダメ?」

「んん・・・ん、あの・・・好きな人は好きだと思います。」

 と、お茶に手が伸びる。

「あらぁ、そうか~。」

「苦みが・・・倍増している気が・・・。」

「あぁ、なるほどねぇ。その辺は好き好きか・・・。」

 そもそも味見もせずに出してる時点でどうかと・・・。

「おぉ~い、出来たか~。」

 なんて偉そうな口調で帰ってきた源ちゃん。編集さんの姿を認めるなり・・・。

「おぉ、来てたのかい。どう、食べてみた?」

 なんて言いながら、いつもの席に腰を下ろした。

「え、えぇ。とても貴重な体験をさせていただきました。」

「ほら、源ちゃんも食べてごらんなさいよ。言い出しっぺが食べてみないんじゃ話が進まないから。」

「お、おう。」

 まだ熱いのを一口に放り込む。

「あ・・・っこ・・・ん・・・ふん。なんだぁ、結構イケるな。なぁ。」

「えぇ。こちらの内臓の方もどうぞ。」

 編集さんが勧める。目をキラキラと輝かせて。

「お、おう・・・よっと・・・はふっ・・・ほ・・・ん、ん~っ?く~、苦ぇ~っ。」

「んふふふ・・・。」

 ご満悦。どうやら楽しんでいただけているようで。

「苦ぇなコレ~。なんだぁ、こんなんなっちまうのか?ってか、分かってて食わせた?」

「ふふふふ・・・。」

「まぁまぁまぁ、好きな人は好きだろうと思ってさぁ。どう、源ちゃん?ダメ?」

「あ?あ~・・・まぁ、好きな人は好きなんだろうなぁ。あ~、もう口直し。」

 あらためて身の方を一口に。

「はふ・・・ふっ・・・ん。うん、こっちは美味い。」

「ふふ、やっぱり内臓は入れない方が良さそうね。」

「あぁ。そうしてくれ。」

「あ~、あとさぁ、器。それじゃぁ大きすぎよねぇ。」

「あぁ、パーティーならあれだけど、ひとりじゃなぁ。器・・・うん、なんか用意するわ。」

「え、源ちゃんがっ?」

「あぁ。一応だからな。」

「え~・・・不安。」

「な、なんだよぉ。俺だってそれくらいのセンスは・・・ってか、普通のを買ってくりゃいいんだろ?なにも奇をてらったもんなんか考えてねぇよぉ。」

「ホントかなぁ~?」

 いつかの「木彫りのくまさん」が忘れられない。

「んだよも~、信用がねぇなぁ。」

「それはそうよぉ。ねぇ。」

「んふふふ。」

「な、なんだよ二人して。」

 こんな感じに、源ちゃんの養殖事業は牛歩の歩みながら進んではいるのでした。


「くぅ~・・・っ。」

 夕暮れ時の、棟梁の晩酌。

「この苦みが堪んないねぇ~っ。」

「そ、そう?なら、良かった・・・。」

 好きな人は好きなようです。

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